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馬の背部痛での診断法と治療法の現状

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一般的に、馬の背部痛(Back pain)は、診断麻酔や画像診断が難しく、有用な注射療法や外科的治療が少ないことから、難治性や回帰性の経過を示す病態が多いことが知られています(棘突起衝突等の一部の疾患を除き)。ここでは、馬の背部痛における診断法や治療法の現状を調査した知見を紹介します。下記の研究は、2022年に米国で実施された調査研究であり、全米馬獣医師協会、および、全米獣医スポーツ医学リハビリ協会の会員(97名)に対して、馬の背部痛の診療に関する聞き取り調査が実施されました。

参考文献:
Marshall-Gibson ME, Durham MG, Seabaugh KA, Moorman VJ, Ferris DJ. Survey of equine veterinarians regarding primary equine back pain in the United States. Front Vet Sci. 2023 Jul 26;10:1224605.




馬の背部痛での臨床症状

この研究では、背部痛の罹患馬での初診時において、非常に多様な症状が認められることが分かりました。具体的には、四半数以上の罹患馬で認められる臨床症状として、過半数の獣医師が挙げていた臨床症状として、尻尾を振り回す、バニーホップ歩様、移行の難しさ、後肢の跛行、飛越スタイルの変化、ケツっ跳ねする、騎乗時に前進を躊躇する、騎乗時の制御の難しさ、駈歩手前の維持困難、内方姿勢の維持困難、背頂部の筋萎縮、障害飛越の拒絶、前進気勢の低下、駈歩手前を間違える、イライラしている、等が含まれました(下図の薄青色~橙色~灰色を含めた割合が50%以上であった症状)。

このため、馬の背部痛では、後肢跛行やバニーホップ歩様、背頂部の筋萎縮など、獣医師の視診や触診で判断ができる臨床症状だけでなく、騎乗時における馬の行動変化も見られることが分かりました(内方姿勢や駈歩手前の維持が困難になる、障害飛越の拒絶や飛び方の変化等)。つまり、馬の背部痛の診断では、騎乗した際の歩様を観察したり、馬主やライダーに対して、騎乗時の馬の行動を細かく稟告を取ることが、正確な診断のために重要であると考えられました。

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馬の背部痛での診断法

この研究では、馬の背部痛での主観的な診断手法として、過半数の獣医師が有益であると述べたものには、触診による圧痛(棘突起、背筋、仙骨突起)、背部可動域の検査、鞍装着の検査、屈曲試験、騎乗したときの歩様検査、神経学検査、等が含まれました(下図の青色と橙色を含めた割合が50%以上であった診断法)。このため、通常の歩様検査や触診の他にも、多くの獣医師が、ライダーが騎乗している状態での歩様検査も積極的に実施していることが読み取れました。

一般的に、馬の背部痛においては、四肢の疾患と異なり、診断麻酔で疼痛箇所を限局することの難易度が高く、また、日本においては、シンチグラフィーや大型レントゲン装置があまり普及していないため、背部組織を画像診断するのも難しいと言えます。一方、近年の研究では、馬の疼痛エソグラムという診断理論が提唱されてきており、騎乗時における馬の行動を細かく評価することで、馬体に存在する不症候レベルの痛みを評価できるという考え方が広がってきており、背部痛を診断するときにも、そのような診断法が有用になってくるのかもしれません。

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この研究では、馬の背部痛での客観的な診断手法として、過半数の獣医師が頻繁または時々実施していると述べたものには、四肢の診断麻酔、棘突起や椎体のX線検査、エコー検査、等が含まれました(下図の薄青色~橙色~黄色を含めた割合が50%以上であった診断法)。このため、馬の背部痛の診断を行なう多くの獣医師が、X線だけでなく、エコー検査による胸腰椎の画像診断が有用であること、および、診断麻酔によって四肢の疾患を除外診断することを重要視していると考えられました。

近年の研究では、腰椎の骨組織に起こり得る病変として、棘突起、椎間板、結節間関節、横突起間関節などにおける変性的病態が挙げられています。このうち、後者の二つは、X線での視認が困難であることから、エコー検査による診断の有用性が報告されています。一方、脊椎の腹側部に生じる病態においては、直腸検査でのエコー検査など、病変の下方からアプローチする手法でも診断能が高くないことが知られており、現時点での馬の診断技術の限界点と言えるのかもしれません(シンチグラフィーが整備されれば、ある程度の推定診断は可能)。

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この研究では、馬の背部痛における診断名として、非常に多様な疾患が存在しているという傾向が見られました。このうち、過半数の獣医師が、稀にしか遭遇しない(罹患馬の一割以下)と述べている疾患も多く、これには、脊椎症、筋挫傷、仙腸靭帯炎、棘突起骨折、腰部筋炎、椎間板損傷、横突起間関節炎、側神経圧迫、等が含まれました(下図の赤色~黒色~灰色を含めた割合が50%以上であった診断名)。これらの疾患のなかには、馬では確定診断が難しいものも含まれていますが(ヒトや犬猫と異なり、CTやMRIなどの三次元画像診断が困難であるため)、少なくとも、多様な運動器の疾患を鑑別診断リストに含めながら、馬の背部痛の診断を試みている実態が読み取れました。

この研究では、馬の背部痛の原因疾患として、最も頻繁に診断されていたのは棘突起衝突であると推測されましたが、その有病率としては、背部痛の馬の50%以上に及ぶと述べている獣医師から、10%以下に過ぎないと述べている獣医師まで様々である、という傾向が見られました(下図の橙色、緑色、黄色、赤色が、まんべんなく含まれているため)。一般的に、馬の棘突起が接触している状態は、健常馬の剖検でも頻繁に見られることから、X線画像で棘突起同士が衝突している所見に対して、どこまで有意性があるかの判断は、各々の獣医師で多様であると言えそうです。

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馬の背部痛での治療法

この研究では、馬の背部痛に対する治療法として、過半数の獣医師が頻繁に実施すると述べたものには、衝撃波治療、非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)の投与、整体治療、鍼灸治療、リハビリ運動療法、等が含まれました(下図の薄青色と橙色を合わせた割合が50%以上である治療法)。ただ、多くの治療法において、「時々実施する」と述べている獣医師の割合が多いという傾向が見られたことから、一口に背部痛と言っても、疼痛の出処に応じて様々な治療法を選んで実施している、という状況が見てとれました(下図のなかで、灰色の幅が広い治療法が多い)。

この研究では、馬の背部痛に対して、比較的にマイナーな治療法を試用している獣医師も多いという状況が見られました。例えば、頻繁に実施すると述べた獣医師が1/4以下である治療法としては、メソセラピー、プロロセラピー、破骨細胞抑制剤、ガバベクチンやメトカルバモールの投与、パルス電磁場治療(PEMF)、機能的電気刺激治療(FES)、等が含まれました。これらの治療のなかには、馬の背部痛への治療効果に関するエビデンスが不足しているものもあることから、難治性の病態に対して、試行錯誤しながら、多様な療法を試みている獣医師もいると推測されました。

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この研究では、馬の背部痛に対する治療法において、治療効果が不確定なものも多いという傾向が認められました。例えば、過半数の獣医師が、「時々治療効果あり」または「稀に治療効果あり」と述べているのは、全16種類の治療法のうち、実に13種類に及んでいました(下図で、灰色と黄色を合わせた割合が、不実施/非推奨を除いた部分の50%以上である治療法)。つまり、馬の背部痛に対しては、確実に効き目が出るかが不明瞭な治療法でも、複数のものを併行して実施したり、治療への反応性から診断の一助にしている症例もあると推測されます。

逆に、過半数の獣医師が、「常に治療効果あり」または「頻繁に治療効果あり」と述べているのは、局所関節注射、衝撃波治療、および、リハビリ運動療法の三種類のみとなっていました。このなかで、特に、リハビリ運動では、「常に治療効果あり」と述べている獣医師が二割以上に及ぶことが分かりました(全治療法のなかで最多)。このため、少なくとも、米国の馬臨床医の経験則に基づけば、馬の背部痛に対しては、医療的な処置を施すよりも、馬主やライダーによる日々のリハビリ運動を提案する方が、より治療効果が期待できると考えられていることが示唆されました。

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馬の背部痛について重要なこと

この研究は、米国の馬の臨床医に対する聞き取り調査であったため、前述のデータは全て、此処の回答をした獣医師の割合で示されており、必ずしも、それらの診断法や治療法が実施されている症例数とは相関していない、という限界点があります。また、上図で示されている治療効果に対しても、おおまかな範囲を選択して回答した獣医師の割合に過ぎず、実際の治療成功率をそのまま反映したものではない、という点にも留意すべきと言えます。今後は、此処の診断法における信頼性、および、此処の治療法の実施後における治療効果について、多症例のデータを客観的に解析していく必要があると言えます。

この研究では、上述の診断法と治療法の何れにおいても、非常に多様な手法が試みられており、それらによる診断能や治療効果に関しても、此処の獣医師によって、見解に大きな差異があることが示されています。今後は、様々な診断・治療による診療成績を蓄積して、その信頼性や有用性を解明していくことが大切だと言えそうです。

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Photo courtesy of Front Vet Sci. 2023 Jul 26;10:1224605.

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