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馬の開腹術での長期的予後と馬主満足度

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馬の疝痛治療での開腹術は、侵襲性や合併症の危険も大きく、施術を判断する際には、術後にパフォーマンスを維持できるか否かも、重要な判断要因であると言えます。

そこで、下記の研究では、疝痛馬の開腹術後における長期的な予後、および、馬主の満足度を評価するため、米国のワシントン州立大学の獣医病院にて、2014〜2021年にかけて、消化器疾患の治療のために開腹術が実施された馬における、退院後の一年間以上にわたる経過追跡が行なわれました。

参考文献:
Matthews LB, Sanz M, Sellon DC. Long-term outcome after colic surgery: retrospective study of 106 horses in the USA (2014-2021). Front Vet Sci. 2023 Oct 4;10:1235198.

この研究では、開腹術が適応された185頭の疝痛馬のうち、術中に安楽殺となった症例を除いた場合、麻酔覚醒率は72%(134/185頭)でしたが、そのうち、術後の入院中に斃死または安楽殺となった症例を除くと、短期生存率は79%(106/134頭)となっていました。そして、退院後に長期の経過追跡ができた71頭のうち、開腹術後に一年以上の生存を果たしていた疝痛馬は61頭(長期生存率は86%)に達していました。このため、開腹術後の入院中に合併症を起こさず(もしくは合併症が治癒して)、退院できた疝痛馬では、その後は比較的に良好な予後を呈して、一年以上の生存を果たす馬の割合が高いことが示唆されました。

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この研究では、疝痛のタイプ別に長期生存率を見ると、大腸疾患(89%)と小腸疾患(88%)では同程度であり、また、絞扼性疾患(92%)と非絞扼性疾患(88%)との間にも明瞭な差異は認められませんでした。しかし、開腹術での術式を見てみると、腸管の切除吻合術を施した場合(75%)では、それ以外の場合(91%)に比べて、生存率が大きく減少しており、さらに、腸管の切開術または切除吻合術を施した場合(87%)でも、それ以外の場合(96%)に比較して、生存率が低下する傾向が認められました。このため、腸管への侵襲性や腹腔汚染のリスクが大きい開腹術の術式では、術後の生存率の低下に繋がる可能性があると推測されましたが、サンプル数が少なかったため、これらの要素は、統計的に有意な危険因子には至っていませんでした。

この研究では、品種別に長期生存率を見ると、ウォームブラッド種(80%)の方が、他の品種(93%)よりも、かなり低いことが分かりました。また、年齢別に見ると、五歳以下の症例(75%)では、六〜十五歳(95%)や、十六歳以上(88%)よりも明瞭に低くなっていました。ただ、このような事象が生じた理由については、明確には結論付けられていませんでした。一方、性別を見てみると、騸馬(89%)、牡馬(90%)、牝馬(90%)のあいだで顕著な差異は認められませんでした。なお、これらの要素は何れも、統計的に有意な危険因子にはなっていませんでした。

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この研究では、開腹術後に退院した馬のうち、退院後に発生した合併症としては、術創感染(8.7%)や腹壁ヘルニア(5.8%)が多いことが分かり、次いで、蹄葉炎(4.3%)、発熱(2.9%)となっていました。やはり、馬の開腹術では、術創に関連した合併症が多いことが示されています。また、退院後に疝痛を再発した馬の割合は31%に及んでおり、このうち、複数回の疝痛を起こした馬も14%に達していました。そして、退院後に死亡した12頭のうち、死因不明であった三頭を除くと、疝痛の再発が死因に繋がっていた馬の割合は78%(7/9頭)に上っていました(このうち一頭は、退院の五日後に再開腹術となり安楽殺)。

この研究では、長期的な経過追跡ができて、かつ、術後の稟告が得られた馬のうち(馬主変更が無かった馬)、開腹術後に騎乗使役に復帰していた疝痛馬の割合は72%(44/61頭)に達していました。なお、退院馬のうち、術前に騎乗使役されていた馬の割合は83%(59/71頭)であり、開腹術の前後で有意差はありませんでした。また、開腹術後に騎乗使役されていなかった馬のうち、開腹術の合併症が理由であった馬は6%(1/17頭)に過ぎなかったことが報告されています。このため、開腹術後に退院できた疝痛馬では、術後に騎乗能力を維持できる馬の割合が高いことが示唆されました。

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この研究では、長期的な経過追跡ができた症例の馬主に対して、開腹術に関する満足度が聞き取り調査されました。その結果、殆どの馬主が、開腹術に対して満足していたというデータが示されおり、五段階スコアの満足度のうち(1=不満足、2=やや不満足、3=中立、4=やや満足、5=満足)、馬主の92%がスコア4と回答しており、残りの8%がスコア5となっていました。そして、「次の機会にも開腹術を選択するか?」という問いに対しては、常に選択するという回答が75%、費用が許せば選択するが22%に及んでおり、選択しないという回答は3% となっていました。なお、選択しないと回答した馬主では、いずれも所有馬は長期生存を果たしていましたが、腹膜炎や術創感染の合併症を起こしていました。

この研究の限界点としては、サンプル数が少なかったため、特定の疾患、症状、術式などが、合併症のリスクや生存率の低さと相関するか否かを評価するには、解析力が不十分であったことが推測されます。また、退院した馬のうち、長期的な経過追跡ができなかった馬が約1/3に及んでいたため、長期的な生存率が過大評価されていた可能性があると考えられます(退院後に斃死や安楽殺した場合には、聞き取り調査に協力しないケースが多くなり易いと予測されるため)。なお、今回の研究では、開腹術となった疝痛馬の年齢は、中央値で12歳であり(範囲1〜29歳)、また、品種としては、クォーターホースが41%を占めていました。そして、二次病院への搬入に要する距離は、中央値で194kmとなっていました(範囲9〜1,294km)。

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