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有棘縫合糸による馬の直腸裂傷の縫合

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一般的に、馬の直腸裂傷(Rectal tear)は、直腸検査や繁殖関連事故(交配や難産)によって発症し、憩室や蜂窩織炎(直腸の尾側部)、もしくは、感染性腹膜炎を続発することから(直腸の頭側部)、極めて深刻な疾患であることが知られています。直腸裂傷の病態は、粘膜/粘膜下層のみの裂傷(グレード1)、筋層のみの裂傷(グレード2)、奨膜層のみ無傷の裂傷(グレード3)、腸壁全層の裂傷(グレード4)に類別されますが、特に、グレード3~4の病態では、裂傷部の縫合閉鎖が重要になってきます。

ここでは、有棘縫合糸(Barbed suture)を用いて、グレード3の直腸裂傷の縫合閉鎖を行なった知見を紹介します。下記の研究では、2019~2021年にかけて、グレード3の直腸裂傷を発症した馬2頭に対して、有棘縫合糸を用いて、連続並置縫合による裂傷箇所の縫合閉鎖が実施され、その後の経過追跡が実施されました。この2症例は、いずれも、発症の30分以内に二次病院に搬入され、迅速に外科的処置が実施されていました。

参考文献:
Kamm JL. Rectal tear repair using barbed suture in the horse. J Am Vet Med Assoc. 2023 Sep 27;262(1):125-129.

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一般的に、有棘縫合糸とは、糸の表面に返し棘が付いていて、組織内を通過した糸が逆方向には戻らない(=緩まない)構造になっている縫合糸を指します。また、今回の研究では、一体型アンカー有棘縫合糸(Integral-anchor barbed suture)が用いられており(下図の上側、下図の下側が通常の有棘縫合糸)、丸みを帯びた大型の返し棘を付いていることで、縫合箇所の組織内により堅固に糸が保持され、縫合糸によるテンションが一定に分布されるという利点がありま(Stratafix Symmetric PDS Plus, size 1, 18" CT-1)[1,2]。

今回の2症例におけるグレード3の直腸裂傷は、いずれも、獣医師による直腸検査の際に発症(疝痛検査および繁殖検診)しており、一頭目は肛門から40cmの箇所(4cm長の裂傷)で、二頭目は肛門から25cmの箇所(8cm長の裂傷)に発症していました。裂傷箇所の縫合閉鎖は、盲目的な用手縫合(一頭目)、または、ステイ縫合糸で牽引して裂傷箇所を視認しながらの器具縫合(二頭目)が実施されました。施術は、鎮静と硬膜外麻酔にて実施され、薬物療法としては、抗生物質(ペニシリン+ゲンタマイシン)と抗炎症剤(フルニキシン)の静脈内投与が行なわれていました。

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今回の2症例では、縫合の五日後の内視鏡検査にて、閉鎖箇所の裂開が起きていないことが確認され(下写真)、その後は、四週間の運動制限(放牧のみ)が行なわれました。その後には、2頭とも良好な経過を示して、一頭目は総合馬術への騎乗に復帰し、二頭目は繁殖牝馬として使役され、発症の同年に種付け、翌年に問題無く出産を果たしたことが報告されています。両症例とも、合併症を起こすことなく、論文が執筆された時点(発症から二年後)では生存していました。

一般的に、有棘縫合糸による閉創では、返し棘によって糸が組織内に固定されることから、特に、深部箇所の直腸裂傷のように、片手のみで盲目的に用手縫合する際には、縫合操作の最中にも緩みが生じにくいため、堅固な閉創が可能になると考えられます。ただ、糸を通過させる位置や、糸に掛ける緊張をやり直すのは難しいため、より技術の習熟を要するというデメリットはあります。なお、縫合糸の値段は、通常の吸収糸よりも有棘縫合糸のほうが、約3〜5倍ほど高額になると言われています。

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この研究では、グレード4の結腸裂傷を呈した別の一頭にも、有棘縫合糸による縫合閉鎖(連続水平マットレス縫合)が実施されましたが、四日後に縫合部が裂開して安楽殺となっていました。このため、グレード4の病態に対しては、裂傷部の縫合だけでなく、糞便を迂回させる別の術式を併用する必要があることが再認識されました。具体的には、係蹄状に結腸を体外に出して人工肛門増設する手法が行なわれており[3]、また、肛門括約筋の切開と腹腔鏡でのステープル縫合により、グレード4の直腸裂傷を処置できたという知見もあります[4]。

一般的に、直腸の裂傷箇所を縫合する際には、創部までの距離に応じて、柄の長い把針器、または、用手にて縫合針の操作が行なわれます。また、直腸内で横方向への組織穿孔を容易にするため、デシャンプ針という器具が用いられることもありますが(下図)[5]、今回の研究で用いられた有棘縫合糸では、その径の太さから、デシャンプ針の穴には通過できないと推測されています。

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Photo courtesy of J Am Vet Med Assoc. 2023 Sep 27;262(1):125-129.

参考文献:
[1] Greenberg JA, Goldman RH. Barbed suture: a review of the technology and clinical uses in obstetrics and gynecology. Rev Obstet Gynecol. 2013;6(3-4):107-15.
[2] Pla-Marti V, Martín-Arevalo J, Moro-Valdezate D, et al. Triclosan-coated barbed sutures in elective laparoscopic colorectal cancer surgery: a propensity score matched cohort study. Surg Endosc. 2023 Jan;37(1):209-218.
[3] Watkins JP, Taylor TS, Schumacher J, et al. Rectal tears in the horse: an analysis of 35 cases. Equine Vet J. 1989 May;21(3):186-8.
[4] Stewart SG, Johnston JK, Parente EJ. Hand-assisted laparoscopic repair of a grade IV rectal tear in a postparturient mare. J Am Vet Med Assoc. 2014 Oct 1;245(7):816-20.
[5] Freeman D. Rectum and anus. In: Auer JA, Stick JA, Kummerle LM, Prange T, eds. Equine Surgery. 5th ed. Elsevier; 2019:632–639.


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