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馬の分娩日の予測

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馬の繁殖シーズンに入ると、子馬の出産に立ち会いたいと考えているホースマンの方も多いかもしれません。馬の妊娠期間は約340日(おおよそ11ヶ月)ですが、実際には、これより数週間も前後することは起こり得ますので、色々な手法を駆使して、馬の分娩日を予測するのが有用になります。ここでは、そのような手法に関して、基本的なものを解説した知見を紹介します。

参考資料:
Heather Smith Thomas. How to Predict Foaling: The Horse, Topics, Horse Care. May 12th, 2020.
Jessica Artman. 11 Signs of Foaling in Horses – [Preparation for Labour]. MD Mad Barn: Horse health. Sept 30th, 2023.



馬体の変化

妊娠後期(250日以降)になると、母馬の体には幾つかの観察可能な変化が生じてきます。この変化の度合いは、特に初産の牝馬では微妙な場合もあり、分娩日を正確に絞り込むのには不向きです。しかし、母馬の身体的な変化を定期的に調べることで、出産に備えて馬体の準備が進んでいるかを判断することが推奨されています。

母馬の体に起こる変化としては、まず、乳腺の発達(乳房が徐々に大きくなってくる現象、下写真)が挙げられます。通常では、乳腺の発達は、分娩の2~3週間前に始まることが知られています。しかし、それよりも早いタイミングで起こった場合には、胎盤炎の疑いがあることから、速やかに獣医師に検査をしてもらうことが大切です。

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次に、分娩日の2~3日前になると、乳頭の先端にヤニが付くことが知られており(下写真)、これは少量の乳汁が分泌されて、それが乾燥して固まったものになります。一般的に、乳頭にヤニが付くと、約九割の母馬が、24~48時間以内に分娩を迎えることが知られています。このため、この変化を認めたときには、分娩に備えて馬房の整備などを行なうことが推奨されます。

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その他に見られる馬体の変化としては、外陰部の緩和と伸長、および、尾の周りの骨盤靭帯の緩和も挙げられます。また、胎児が子宮内で姿勢を変えて、産道に入る準備をしていると、母馬の腹部の形状が変化する(下写真)こともあります(子馬は、妊娠中は仰向けで、娩出時には腹ばいの姿勢になるため)。このため、妊娠後期に入った母馬は、毎日数回はチェックして、身体的な変化を見逃さないことが大切です。

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行動の変化

母馬の普段からの行動や習慣を知っていれば、分娩日が迫っているのを示す僅かな変化に気付くことが出来ます。一般的に、母馬が本格的な陣痛(第二段階)に入る1~4時間前に初期の陣痛(第一段階)の徴候を示し始めますが、この初期の陣痛が、丸一日以上に及ぶ馬もいます。具体的な、初期の陣痛の徴候としては以下が含まれます。

・落ち着かない態度や神経質な様子。
・普段よりも頻繁に寝起きする。
・前掻きしたり、尾を振ったりする。
・尾を持ち上げて周囲を見たり、横腹を咬んだりする。
・馬房内を歩き回る。
・発汗する。
・フレーメンをする。
・あくびしたり、普段とは違う口の仕草をする。
・少量の排尿や排便を頻繁にする。
・食欲が無くなったり、食べ残したりする。
・乳汁が滴ったり、流れ出たりする。


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このように、初期の陣痛の徴候には様々なものが含まれ、一部の馬主や飼養管理者にとっては、陣痛と疝痛との区別が難しいこともあります(陣痛も疝痛と同じく腹部の不快感を呈するため)。多くの母馬は、初期の子宮収縮と胎児の姿勢変化を経験すると、第一段階のあいだに疝痛に類似した徴候を示します。このため、第一段階では、飲水と排便が見られるかを監視することが重要であり、これらが正常であれば、疝痛ではなく、陣痛が始まっていると判断できます。

母馬の行動の変化を的確に認識するためには、その馬の普段からの行動を熟知している飼養管理者がモニタリングすることが大切になります。馬によっては、単に頭頚を挙上している時間が長くなるだけだったり、少しイライラしたり、他の馬たちから離れているだけ(集団放牧の場合)というケースもあるからです。

また、そのような母馬の行動監視は、分娩の直前だけでなく、妊娠期間のあいだは常に行なうことが推奨されます。なぜなら、分娩時期でなくても、早産や流産においても、陣痛を示唆するような行動の変化が認められることが多いからです。

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分娩の監視装置

近年、馬の分野では、分娩の徴候を検知できる監視装置が使われるようになってきています(例:Foal-Alert、Birth Alert、Foal Alarm)。これらの装置は、頭絡に取り付けたり、陰部に縫い付けたりすることで、母馬が寝そべったり、陰唇が広がるのを検知して信号を発信して、警告を慣らしたり、電話で通知してくれるようになっています。

しかし、分娩の監視装置は、視覚的に観察することを完全に置き換えることは出来ない、という警鐘が鳴らされています。なぜなら、これらの監視装置が作動するのは、分娩の第二段階に入ってからであり、そこから胎児が娩出されるまで短時間しか掛からないことも多いため、監視装置からの通知を受けてから駆けつけても、実際の分娩に間に合わないことがあります。

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また、陰唇に縫い付ける装置では、難産を起こしてしまった場合には、それを検知できないこともあります。多くの難産のケースでは、産道内の子馬は、外陰部まで到達できないため、難産のプロセスのなかで、介助が必要な部分では、監視装置が検知できない可能性が高いと言われています。なお、頭絡に取り付ける装置では、寝起きの回数や心拍数を測定できるものもあり、これらは、疝痛の徴候を早期発見するのにも役立つかもしれません。

一方、近年では、監視カメラをウェブ経由で携帯電話に接続して、四六時中ずっと母馬を観察できるようになってきました(厩舎内にWiFiを設置しておけば使用可能)。この際には、暗視カメラを用いることが有用であり、馬房の照明を消していても馬房内を観察することが可能であるため、母馬の自然な昼夜のリズムや分娩のタイミングに干渉する心配がない、という利点があります。

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乳汁の生化学検査

馬の分娩日を予測する手法としては、乳汁の生化学検査も有用になります。その一つとしては、乳汁中のカルシウム、ナトリウム、および、カリウムの濃度を計測する手法があり、ナトリウムとカリウムのレベルが逆転すると、約24時間以内に分娩が起こることが知られています。その結果、分娩徴候を慎重に監視するタイミングを知ることが出来ます。

類似の検査としては、カルシウム濃度に主眼を置いた手法もあり、一般的に、乳汁中のカルシウムは、分娩日が近づくと濃縮されていくため、それを検知する機器が用いられています(例:Predict-A-Foal、FoalWatch)。この場合、乳汁中のカルシウム含有量が百万分の200単位を超えると、24時間以内に分娩する確率が約50%であり、48時間以内に分娩する確率は約85%、72時間以内に分娩する確率が約95%に達することが知られています。

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その他の検査としては、乳汁のpHを測定する手法もあります。一般的に、乳汁のpHと電解質の変化は相関することが報告されており、母馬が分娩日に近づくと、pHは徐々に下がっていき、乳汁のpHが6.5以下になると、24時間以内に分娩する確率が高いことが知られています。また、毎日pH測定を行なって、分娩直前の24時間で急激にpHが低下するのを検知することが推奨されています(この場合、pH値が0.1又は0.2毎に読み取れる製品が有用)。

ただ、上記の乳汁の生化学検査の測定値は、個体差が大きく、例えば、分娩日の五日前までカルシウムが非常に高い濃度を示す個体もあると言われています。また、母馬の乳腺の発達が不十分であったり、難産などの高リスクの分娩では、測定値が攪乱されやすいことも知られています。さらに、妊娠期間中に胎盤炎の治療を受けたり、ストレスに弱い母馬の場合にも、乳汁検査による分娩予測が外れやすいという知見もあります。

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馬の分娩日の予測において重要なこと

一般的に、母馬の妊娠期間には多様性があり、分娩の徴候を見逃さないよう慎重に行動観察を行なうことが大切になります。このため、普段の母馬の行動、習慣、クセ等を十分に知っておき、微妙な徴候の変化に気付けることが重要になってきます。その上で、上記のような監視装置や乳汁検査を併用することで、より信頼性の高い分娩日の予測が可能になってくると言えます。

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Photo courtesy of MD Mad Barn: Horse health. Sept 30th, 2023.

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