fc2ブログ
RSS

英国の馬における抗生物質投与の推移

20240124_Blog_Topic334_AntibtcUsge14EqPrctc10yrPrid20120221_Pict1.jpg

近年のヒト医療では、抗生物質への耐性を獲得した細菌(Bacterial antimicrobial resistance)が深刻な問題になってきています。このため、2019年には、耐性菌による死者数が世界で495万人に上っており[1]、この数は、2050年には年間1,000万人に達すると予測されています[2]。第二次世界大戦での死者が、六年間で約五千万人であったことを考えると、ある意味では、耐性菌によるヒトの感染症は、戦争よりも大きな人類の脅威になりうると言えます。

耐性菌の発生を抑えるためには、ヒト医療だけでなく、獣医療における「抗生物質の責任ある使用(Antibiotic stewardship)」が重要となってきます。特に、牛馬豚などの大動物では、ヒトよりも体重が大きく、生きている年数(飼養期間)が短いため、抗生物質の総使用量が非常に多くなることから、耐性菌を生み出しやすいという問題があります。このため、下記の研究では、電子カルテによる医療記録の解析を介して、十年間にわたる英国での馬の医療における、抗生物質の使用状況が調査されました。

参考文献:
Tallon RE, Whitt B, Bladon BM. Antibiotic usage in 14 equine practices over a 10-year period (2012-2021). Equine Vet J. 2023 Aug 16. doi: 10.1111/evj.13988. Online ahead of print.

20240124_Blog_Topic334_AntibtcUsge14EqPrctc10yrPrid20120221_Pict2.jpg

この研究では、英国の14箇所の馬病院での医療記録を、2012〜2021年にかけて、電子カルテソフト(Eclipse®︎)を用いて集積・解析することで(十年間で計107,977頭)、十年前の数値(中央値)と比較した増減度合いが評価されました。

結果としては、馬に使用された抗生物質の重量は54.25mg/kgであり、過去十年間で23%の減少(60.27→46.32mg/kg)となっていました(馬の体重当たりにおける抗生物質の総重量として計算)。このうち、ヒト医療において重要な抗生物質(ヒトの重症患者の生死に関わる重要性から優先されるべき抗生物質:HPCIA)に限って言えば、使用された重量は0.67mg/kgであり、過去十年間で65%の減少(1.71→0.59mg/kg)となっていました。

この研究では、抗生物質での馬の治療回数は1.52回/頭/年であり、過去十年間で10%の減少に留まっていました(1.70→1.52回/頭/年)。このうち、HPCIAの抗生物質に限ると、治療回数は0.12回/頭/年で、過去十年間で59%の減少(0.27→0.11 回/頭/年)となっていました。

20240124_Blog_Topic334_AntibtcUsge14EqPrctc10yrPrid20120221_Pict3.jpg

現在、英国での馬飼養頭数は726,000頭であり、過去十年間で15%増加していると言われています。一方で、馬に対する抗生物質投与の重量や回数は、過去十年間で10〜23%も減少しており、特に、ヒト医療で重要性の高い抗生物質(HPCIA)に関しては、馬に対する投与の重量や回数が、59〜65%も減少されていました。このため、英国の馬医療では、近年の「抗生物質の責任ある使用」の考え方に則って、抗生物質の投与量や投与回数が適切に統制されてきている状況が読み取れた、という考察がなされています。

この研究では、抗生物質の投与量を検証する目安として、体重あたりの抗生物質の重量が指標とされていますが、薬剤の種類によっては、体重あたりの処方重量が異なるため、必ずしも、抗生物質投与の増減を正確に表していない可能性もあると考察されています。このため、投与回数のデータを併せて解析したり、使用薬剤の種類、および、此処の薬剤が占める割合なども検証する必要があると言えます。一方、今回の研究データには、局所肢灌流や滑膜内投与による使用量(筋注や静注よりも投与総量を抑えられる)も含まれていましたが、外傷薬や目薬などを介した抗生物質投与のデータは含まれていない、という点も指摘されています。

20240124_Blog_Topic334_AntibtcUsge14EqPrctc10yrPrid20120221_Pict4.jpg

この研究では、英国の食肉動物(牛・豚・鶏等)に対する抗生物質の投与重量は、過去十年間で55%も減少(66→30mg/kg)していることが報告されており、馬での減少度合い(23%減少)や、現時点での馬に対する投与重量(46.32mg/kg)よりも少なくなっていました。ただ、2014〜2018年の五年間にかけての調査では、馬に対する抗生物質の投与重量も、50%の減少になっていたことが報告されています[3]。一方で、英国の小動物に対する抗生物質の投与重量は、犬では65.5mg/kgで、猫では32.9mg/kgであり、ヒトと犬猫との接触度合いの大きさを鑑みると、小動物に対する抗生物質の責任ある使用、および、頻繁な細菌培養検査による耐性菌の監視などが重要であると提唱されています。

この研究では、10万頭以上の馬における抗生物質の使用状況が、十年間にわたって調査されており、英国における獣医療の電子カルテ化によって可能になった研究であると言えます。今後は、日本においても、獣医療領域に電子カルテが普及していくと推測されますが、電子化すること自体が目的となってしまうことなく、そのデータを有効に活用し、今回の研究のような情報の集積と解析を推し進めていくことで、「抗生物質の責任ある使用」の状況を検証していくことが重要だと言えそうです。

20240124_Blog_Topic334_AntibtcUsge14EqPrctc10yrPrid20120221_Pict5.jpg

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.

参考文献:
[1] Antimicrobial Resistance Collaborators. Global burden of bacterial antimicrobial resistance in 2019: a systematic analysis. Lancet. 2022 Feb 12;399(10325):629-655.
[2] O'Neill J. The review on antimicrobial resistance. Tackling drug resistant infections globally: Final report and recommendations. 2016 Available from amr-review.org [accessed 4 April 2023].
[3] Mair TS, Parkin TD. Audit of antimicrobial use in eleven equine practices over a five-year period (2014-2018). Equine Vet Educ. 2022;34:404-408.

関連記事:
・麻酔中の馬での抗生物質の動態
・馬に対するセフチオフルの使い方
・抗生物質による馬の下痢症
・馬の開放骨折における抗生物質治療
関連記事
このエントリーのタグ: 薬物療法 ヒトと馬

プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: アラフィフ
住所: 北関東
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

質問、御意見、記事の要望等は下記まで
E-mail: rowdyponies@gmail.com

最新記事

ブログメニュー

馬の話題カテゴリー

馬の病気の話題
・蹄葉炎, 切腱術
・ナビキュラー症候群
・蹄病一般, 装蹄
・腱靭帯疾患
・背部/腰部/仙腸部疾患
・プアパフォーマンス
・消化器疾患一般
・胃潰瘍
・虚血再灌流障害
・呼吸器の医療
・神経疾患, 神経学検査
・クッシング病
・繁殖疾患と繁殖学
・皮膚病の医療
・眼科疾患, 眼科治療
・歯科疾患, 歯科治療
・寄生虫病
・高齢馬の医療
・子馬の病気や管理法
・子馬/若齢馬の長期的影響
・突然死
・症例シリーズ

馬の医療の話題
・疝痛の検査
・経鼻チューブ
・腹水検査
・疝痛の予防
・疝痛の手術判断と予後予測
・開腹術の手技や合併症
・疝痛の外科的処置
・疝痛の獣医療での地域差
・跛行検査, 画像診断
・関節鏡
・去勢, 泌尿生殖器
・抗生物質
・局所肢灌流
・COX-2限定阻害薬
・破骨細胞抑制剤
・ショックウェーブ
・パーグ治療
・馬のハンドリング, 投薬
・バイオマーカー
・麻酔
・整形外科
・キャスト, ピンキャスト
・再生医療
・先端医療
・良い死(Euthanasia)
・馬の獣医療一般

馬の一般的話題
・馬の飼養管理一般
・飼養管理での病気/怪我の予防
・馬学一般
・ウマ社会の話題
・獣医学一般, 日常
・馬の飼料
・跛行と運動
・調馬索
・サク癖
・馬の行動学や悪癖
・ハミや馬具
・輸送
・怪我や事故の予防,対処法
・ホースマンの怪我と事故
・競馬での事故死や骨折
・馬とヒト, 伝染病, 馬動物学

馬の診療シリーズ

サイト内タグ一覧

FC2カウンター

リンク

カレンダー

03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

推薦図書

月別アーカイブ

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

カテゴリ

全記事表示リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
27位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
2位
アクセスランキングを見る>>

FC2ブログランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR