馬の病気:細菌性肺炎
馬の呼吸器病 - 2015年07月30日 (木)

細菌性肺炎(Bacterial pneumonia)について。
成馬の細菌性肺炎の原因菌としては、ストレプトコッカス属菌(Streptococcus zooepidemicus)が最も頻繁に分離され、パスツレラ属菌(Pasteurella spp)、アクチノバシラス属菌(Actinobacillus spp)、クレブシェラ属菌(Klebsiella spp)、大腸菌(Escherichia coli)などが続きます。また、嫌気性菌(Anaerobic bacteria)である、バクテロイデス属菌(Bacteroides spp)、クロストリディウム属菌(Clostridium spp)、ペプトストレプトコッカス属菌(Peptostreptococcus spp)等も、肺炎発症馬の約三分の一から分離されます。肺の細菌叢形成(Lung colonization)は呼吸器防御機能の低下(Compromised pulmonary defense mechanism)、または多量の細菌曝露(Massive bacterial exposure)によって起こり、長距離輸送(Long-distance transportation)、高強度運動(High-intensity exercise)、上部気道のウイルス感染(Upper respiratory viral infection)などが危険因子(Risk factors)として挙げられています。
初期病態の細菌性肺炎では不症候性を呈する場合が多く、軽度の運動不耐性(Mild exercise intolerance)、プアパフォーマンス、運動直後の発咳(Coughing)と鼻汁排出(Nasal discharge)などが見られる事もあります。病態の進行に伴って、発熱(Fever)、食欲不振(Anorexia)、抑欝(Depression)、鼻汁排出、発咳、体重減少(Weight loss)、頻呼吸(Tachypnea)、呼吸困難(Respiratory distress)などの症状を示し、腐敗性口臭(Foul-smelling halitosis)を呈した症例では嫌気性菌感染を疑います。
細菌性肺炎の聴診では、病変部における(特に腹側胸部)、吸気性(Inspiratory)または呼気性(Expiratory)の湿性ラ音(Crackles)と喘鳴音(Wheezes)を確認します。軽度の硬化(Mild consolidation)を生じた部位では気管支音(Bronchial sound)が増加しますが、重度の硬化(Severe consolidation)、広範囲の膿瘍形成(Extensive abscess formation)、胸膜滲出液(Pleural effusion)を生じた部位では肺音が消失します。血液検査では、白血球増加症(Leukocytosis)、好中球増加症(Neutrophilia)、フィブリノーゲン増加症(Hyperfibrinogenemia)、グロブリン増加症(Hyperglobulinemia)などが見られ、特にフィブリノーゲン濃度の経時的測定(Sequential measurement)は、治療終了時期の決定に有用な指標となります。
細菌性肺炎の細胞診断(Cytology)と細菌培養(Bacterial culture)に際しては、気管気管支吸引液(Tracheobronchial aspiration)の方が肺全域からの浸出液を含むため、気管支肺胞洗浄液(Bronchoalveolar lavage)よりも有用である事が知られています。細菌性肺炎症例の吸引液では、核融解(Karyolysis)と細胞質空胞形成(Cytoplasmic vacuolization)を生じた多量の好中球が観察されます。胸部超音波検査(Thoracic ultrasonography)では、肺辺縁の変則性(Irregularity)と胸膜腔液の貯留などを診断します。胸部X線検査(Thoracic radiography)では、不規則性混濁像(Irregular opacity)、心臓尾側シルエットの不明瞭化(Obscured cardiac caudal silhouette)、空気気管支造影像(Air bronchogram)などが見られます。
細菌性肺炎の治療としては、抗生物質の全身投与(Systemic administration of antibiotics)が行われ、細菌培養と抗生物質の感受性試験(Susceptibility test)によって、使用薬を選択することが基本とされます。試験結果が判明するまでの初期治療では、原因菌の可能性が高いS. zooepidemicusに効くペニシリン、アンピシリン、セフチオファーに、グラム陰性菌に効くジェンタマイシン、エンロフロキサシンを組み合わせた投薬が推奨されます。嫌気性菌感染が疑われる症例では、メトロニダゾール(経口もしくは経直腸投与)も併用されます。クロラムフェニコールは好気性および嫌気性菌に対して良好な感受性を示しますが、薬物の扱いに際しての人体への悪影響を考慮して、メトロニダゾール治療に不応性の、重篤な嫌気性菌感染症例にのみ使用すべきであると提唱されています。退院後に抗生物質治療の継続を要する場合には、経口薬(トリメトプリムやスルファジアジン)への切り替えが行われます(感受性試験が確認されている場合)。
細菌性肺炎の治療に際して、気化抗生物質(Aerosolized antimicrobial agents)は、高い呼吸器内薬物濃度を達成でき、全身投与に伴う副作用の減少にも有効ですが、市販されているジェンタマイシンとセフチオファーの気化薬では、原因菌である可能性の高いS. zooepidemicusに対する殺菌能を期待できない点が問題となります。多くの症例において、抗生物質療法と併行して、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与や補液療法(Fluid therapy)も施されます。
細菌性肺炎の予後は一般に良好で、八~九割の治癒率が示されていますが、嫌気性菌の感染が確認された症例では、有意に予後が悪化するという報告もあります。
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