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馬の病気:運動誘発性肺出血

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運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage: EIPH)について。

強度運動(Pervasive exercise)に起因する肺出血は、平地レースのサラブレッド、ハーネスレースのスタンダードブレッド、バレルレースのクォーターホース、ポロ競技のポニーなどに好発します。肺胞毛細血管(Alveolar capillary)の破裂は壁内圧上昇(Increased transmural pressure)によって起こると考えられており、心拍出量亢進に伴う毛細血管内圧上昇(安静時:+25mmHg → 運動時:+90mmHg)と、吸気量増加に伴う肺胞内圧減少(安静時:-5.3mmHg → 運動時:-64mmHg)の両方が作用しています。このため、上部気道の通過障害(Upper airway obstruction)を起こした馬では、胸内陰圧の上昇によって、肺出血の発症要因になったり、もしくは病態悪化につながる事があると仮説されています。また、EIPHは、特に尾背側肺域において重度に発症するため、前肢踏着による衝撃が、胸腔が狭くなる尾背側に集中し、加えて、頭側へ押し出された消化管に圧迫される形で、壁内圧上昇に関与すると考えられています。

運動誘発性肺出血の症状としては、競走後に両側性の鼻出血(Epistaxis)を呈しますが、軽度の病態では内視鏡検査(Endoscopy)によってのみ発見される症例も多く見られます。この場合には、レース後に嚥下する仕草が通常より多く観察される事もありますが、発咳(Coughing)の頻度はあまり変わりません。プアパフォーマンスに対するEIPHの関与については、相反する報告があり、その因果関係については論議(Controversy)があります。EIPH発症と競走能力には相関が無かったという報告、レース順位が上位であると(1~3位)EIPHの重篤度が低かったという報告、逆にレース順位が上位であると(1~2位)EIPHの危険(オッズ比)が高くなったという報告などがあります。

一般的に、安静時には正常で、強度運動後に鼻出血を呈する症例では、EIPHであると推定診断(Presumptive diagnosis)をしてよい場合が多いですが、確定診断(Definitive diagnosis)は内視鏡検査で下され、気管および気管支部の出血所見に応じてグレード1~4の類別システムが用いられます。レース後30分以内では、肺胞出血部から血液が気管支まで到達していない可能性もあるため、レース後1~2時間後に内視鏡検査を実施することが推奨されています。気管支肺胞洗浄液(Bronchoalveolar lavage: BAL)を用いての細胞診断(Cytologic examination)では、EIPH発症の1~3週間後においても、多量の赤血球またはヘモグロビンを含む大食細胞が観察されます。一般的に、BAL中の赤血球数は肺出血量と比例すると考えられますが、肺全域からの浸出液を含むわけではないので、BAL中赤血球数をEIPH重篤度の定量的指標(Quantitative parameter)として利用するという診断法に関しては賛否両論があります。胸部X線検査(Thoracic radiography)では、他の肺疾患の診断は可能ですが、EIPHそのものの発見にはあまり有用ではありません。

北米では、EIPH予防を目的としてのフロセマイド投与が許可されています。このため、平地レースのサラブレッドでは九割、ハーネスレースのスタンダードブレッドでも五割以上の馬に用いられており、競馬産業におよぼすコストは全米で年間40億円近くに達すると言われています。トレッドミルを用いた実験では、フロセマイド投与によってBAL中の赤血球数が減少することが報告されていますが、臨床現場では必ずしも顕著なEIPHの発症率(Incidence)の低下や、出血の重篤度(Severity)の減少は見られないことが知られています。上部気道の通過障害がEIPH発症に関与している可能性を考慮して、鼻孔拡張バンド(Flair strips)を用いることで吸気陰圧の減少を試みる手法も、多くの競走馬において実施されています。

EIPH予防を期待して経験的に使用されているその他の薬剤としては、エナラプリル(ACE抑制剤)、ニトログリセリン(血管拡張剤)、シルデナフィル(PDE抑制剤)、ペントキシフィリン(赤血球変形能亢進剤)、クレンブテロール(肺胞拡張剤)、イプラトロピウム(副交感神経遮断薬)などがあります。いずれも、有意な肺出血抑制を示す実験結果や、顕著な発症率または重篤度の減少を示唆する臨床成績を欠くため、使用には賛否両論があります。

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