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馬の病気:腺疫

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腺疫(Strangles)について。

グラム陽性ベータ溶血性菌であるストレプトコッカス・エクイ(Streptococcus equi)によって起こる伝染性疾患で、頚部のリンパ節腫脹(Lymphadenopathy)を起こしますが、血行性(Hematogenous)またはリンパ管経由(Via lymphatic channels)で全身へ波及することもあります(いわゆるBastard strangles)。腺疫の罹患率(Morbidity)は100%近くに達するものの、75%の個体は免疫獲得し(約四年間)、免疫性の低下した老馬では軽症状の腺疫を持続的に発症する場合もあります(いわゆるCatarrhal strangles)。感染馬から正常馬への伝染は、直接的な接触の他に、器具を介して間接的にも起こり(敷料、水桶、飼桶、鼻捻棒、馬具)、時には厩務員、獣医師、装蹄師などが伝播源となる事もあります。また、外見は健康な不顕性感染馬(潜伏期または回復期)から正常馬へ伝染する可能性も示唆されています。

腺疫の症状としては、急性の発熱(Acute onset of fever)、上部気道の浸出性粘膜炎(Upper airway catarrh)、粘液膿性の鼻汁排出(Mucopurulent nasal discharge)、顎下リンパ節(Submandibular lymph node)や咽頭後リンパ節(Retropharyngeal lymph node)の腫脹、咳嗽(Coughing)などが見られます。また、咽頭炎(Pharyngitis)による嚥下痛を呈すると、食欲不振(Anorexia)から体重減少(Weight loss)を起こし、頚部リンパ節の破裂から喉嚢蓄膿症(Guttural pouch empyema)を続発する場合もあります。

腺疫の確定診断(Definitive diagnosis)は、鼻粘膜拭取り検体(Nasal swab)または膿瘍吸引物(Abscess aspirates)を用いての細菌培養によって下されますが、インキュベーション期にあたる発熱発症後24~48時間ではS. equi分離が出来ないこともあります。PCR法によるS. equiの核酸探知は感度が高いものの、生存菌と死滅菌の鑑別はできず、また、ELISA法による血清中抗体価の測定は、ワクチン反応による抗体とS. equi感染による抗体を区別することはできません。血液検査では、好中球増加性白血球増加症(Neutrophilic leukocytosis)や高フィブリノーゲン血症(Hyperfibrinogenemia)が見られます。不顕性感染馬の発見は困難ですが、内視鏡(Endoscope)を用いての喉嚢検査で、不顕性に感染した個体を診断できるという報告もあります。

腺疫の治療は、全身性の抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)が基本ですが、病態によって方針が異なります。リンパ節腫脹が起きた症例では、抗生物質によってリンパ節肥大および破裂という不可避な病態経過が遅延してしまうため、抗生物質療法は禁忌(Contraindication)とされており、温熱パック(Hot packing)と外科的穿孔でリンパ節膿瘍の排液を促すことが推奨されています。しかし、重篤なリンパ節腫脹によって、沈鬱(Depression)、食欲不振、嚥下障害(Dysphagia)、呼吸困難(Dyspnea)を起こした症例では、抗生物質の投与によってリンパ節の過剰腫大を予防することが必要です。使用薬物としては、ペニシリンが最も一般的ですが、セファロスポリンやマクロライドなども用いられます。経口投与が可能なトリメトプリム+スルファジアジンは、生体内環境でのS. equiに対する殺菌性が明らかでないため、使用には賛否両論(Controversy)があります。

牧場や競馬場などで流行(Outbreak)が起こった場合には、まず全馬の移動を止め、発症馬および発症馬と接触した馬を隔離し、隔離域(汚染域)と清浄域を区分します。無症状で細菌培養陰性の馬は(一週間おきに最低三回検査)、隔離域から清浄域へ移動させます。すべての厩舎施設や器具を消毒し、汚染された放牧地を四週間以上は使用禁止にします。

腺疫の予防としては、不活化ワクチン(Killed vaccine)の筋肉内または皮下投与、または生ワクチン(Live vaccine)の鼻腔内投与が行われ、無感染馬(Naïve horse)および子馬における初回は二週間おきに2~3回、補強免疫(Booster)は年一回の投与が推奨されています。妊娠馬は初乳中の抗体濃度を高めるため、出産一ヶ月前に補強免疫を行います。腺疫に感染している馬、および前年度に腺疫感染を起こした馬へのワクチン投与は禁忌です。流行が起きた牧場および競馬場では、無症状かつ感染馬に接触していない馬のみ、ワクチン接種を行います。不活化ワクチンの筋肉内投与では血清抗体の上昇が見られるのみであるのに比べて、生ワクチンの鼻腔内投与では、腺疫防御に重要な役割を果たす鼻腔内の粘膜免疫(Mucosal immunity)が亢進することが示唆されています。

腺疫の予後は一般に良好で、死亡率(Mortality)は10%以下に過ぎませんが、20%の症例で合併症が見られます。最も多い合併症は、S. equiの全身波及に伴う遠隔性リンパ節腫脹または膿瘍形成で、腸間膜膿瘍(Mesenteric abscess)を呈する症例が多いですが、他の臓器(肝臓、脾臓、腎臓、脳)における膿瘍形成も報告されています。腸間膜膿瘍では、間欠性疝痛(Intermittent colic)、周期熱(Periodic pyrexia)、食欲不振、沈鬱、体重減少などを呈し、血液検査および腹水検査(Abdominocentesis)を用いても、腹腔内腫瘍(Intraabdominal neoplasm)との鑑別診断が難しいことが知られています。

出血性紫斑病(Purpura hemorrhagica)は、免疫介在性の脈管炎(Immune-mediated vasculitis)に起因すると考えられ、コルチコステロイドや抗炎症剤の投与が行われます。診断では、生検によって白血球核破砕性血管炎(Leukocytoclastic vasculitis)の有無を調べたり、ELISA法で血清抗体価の異常亢進を確認する手法が有効です。出血性紫斑病の悪化に伴って、筋梗塞(Muscle infarction)や横紋筋融解症(Rhabdomyolysis)を続発する症例もあります。その他の稀な合併症としては、心筋症(Myocarditis)、増殖性糸球体腎炎(Proliferative glomerulonephritis)、乳腺機能異常(Agalactia)などの症例報告もあります。

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