馬の病気:頚椎狭窄性脊髄症
馬の神経器病 - 2015年08月01日 (土)

頚椎狭窄性脊髄症(Cervical stenotic myelopathy: CSM)について。
頚椎管の狭窄による脊髄圧迫に起因して神経症状を呈する疾患で、ウォブラー症候群(Wobbler syndrome)とも呼ばれます。頚部を屈曲・伸展した時のみに脊髄圧迫を生じる頚椎不安定症(Cervical vertebral instability: CVI)と、頚部の屈伸度に関わらず脊髄圧迫を生じる頚椎静的狭窄症(Cervical static stenosis: CSS)の病態に分類されます。1~3才齢の若馬に多く見られ、第三および第四頚椎に発症が多いことが示されています。頚椎狭窄性脊髄症では、遺伝性素因(Genetic predisposition)、銅欠乏症(Copper deficiency)、亜鉛の給餌過多(Excess Zinc)、炭水化物過剰などが、病因として挙げられています。重度な神経症状発現の直前に、転倒などの外傷歴が見られる事もありますが、頚椎損傷の直接的原因ではなく、軽度で進行性の歩行異常の結果であると考えられます。
頚椎狭窄性脊髄症の症状としては、対称性の歩行失調(Symmetric ataxia)、固有受容性欠陥(Proprioceptive deficit)、虚弱(Weakness)、運動麻痺(Paresis)、痙攣(Spasticity)等が見られ、前肢に比べ後肢の症状が顕著に見られます。灰白質(Gray matter)の神経枝に損傷を生じると、頚部疼痛、筋萎縮(Muscle atrophy)、痛覚鈍麻(Hypalgesia)等の症状が見られる事もあります。
頚椎狭窄性脊髄症の診断では、起立時のX線検査によって、尾側骨端の肥大(Enlargement of caudal epiphysis)、関節突起の異常骨化(Abnormal ossification of articular process)、頚椎亜脱臼(Vertebral subluxation)、背側椎弓伸長(Dorsal lamina extension)、椎間の変性関節疾患(Degenerative joint disease)などが観察され、これらの所見の点数化システムも用いられています。また、X線画像上で頚椎管の内径をはかり、測定値が頭側椎体最大幅の半分以下の場合、CSMが疑われます。CSMの確定診断(Definitive diagnosis)と、CVIとCSSの鑑別診断(Differential diagnosis)は、全身麻酔下での頚部屈伸時のX線像と、脊椎造影法(Cervical myelography)を用いて行われます。一般的に、造影剤が示す脊髄周囲腔が頚椎間で50%以上減少していると、CSMの確定診断が下されます。脳脊髄液(Cerebrospinal fluid)検査では、黄色化(Xanthochromia)や蛋白濃度上昇などが見られます。
頚椎狭窄性脊髄症の内科的療法としては、子馬のCSM症例において、食餌療法(Dietary therapy)で頚椎管の成長拡大を促進し、脊髄圧迫を改善する方法も試みられています。提唱されている給餌内容は、蛋白とカロリーの制限、ミネラル給与量の維持、セレニウム、ビタミンA、ビタミンEの増量など、運動量の制限も併行されます。
頚椎狭窄性脊髄症の外科的療法としては、CVIとCSSの両方の症例において、頚椎間癒合術(Cervical vertebral interbody fusion)によって頚椎安定化を図りますが、臨床症状の改善には術後の半年から一年を要することが殆どです。CSSの症例では背側椎弓切除術(Dorsal laminectomy)によって速やかな脊髄の除圧(Decompression)が可能ですが、術後合併症の危険が高いため推奨される方法ではありませんまた、CSS病態においても、頚椎間癒合術後に起きる関節不動化と関節突起の萎縮によって、二次的に脊髄圧迫が減退することが示唆されています。そして、術前の臨床症状が一ヶ月を超えていた場合には、外科治療による除圧後にも充分な脊髄損傷部の修復が期待できず、神経症状の回復が思わしくない事が報告されています。
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.