馬の病気:馬ヘルペス脊髄脳症
馬の神経器病 - 2015年08月02日 (日)

馬ヘルペス脊髄脳症(Equine herpes myeloencephalopathy)について。
一型馬ヘルペスウイルス(Equine herpes virus type-1: EHV-1)感染に起因する神経症状を呈する疾患ですが、EHV-1は繁殖障害(Reproductive disorders)や呼吸器疾患(Respiratory disease)としての病態がより一般的です。四型馬ヘルペスウイルスは主に呼吸器病原体ですが、極めて稀に神経病の原因となる場合もあります。神経症状は神経線維そのもののウイルス感染ではなく、脈管炎(Vasculitis)と血栓症(Thrombosis)に続発する脊髄組織の虚血性損傷(Ischemic damage)によって引き起こされ、免疫介在病原性(Immune-mediated pathogenesis)の関与も指摘されています。
馬ヘルペス脊髄脳症は個体の疾患の他に、特定の馬郡における流行病(Outbreak)としても発症し、この際には神経毒性株(Neurovirulent form)の関与が示唆されています。一般的にEHV-1による脊髄脳症は、流産胎児または浸出物などを介して接触感染して起こります。殆どの馬は生後一年以内にEHV-1に暴露され、リンパ組織(Lymphoid tissue)もしくは三叉神経節(Trigeminal ganglion)などにおける潜伏感染(Latency)を起こします。また、ストレスに誘発された潜伏感染馬が、症状再発とウイルス排泄を起こすことも知られています。一般的に、EHV-1の羅患率は90%、馬ヘルペス脊髄脳症の死亡率は40%と報告されています。
馬ヘルペス脊髄脳症の症状としては、急性発現性(Acute onset)の神経症状を特徴とし、歩行失調(Ataxia)、四肢不全麻痺(Tetraparesis)、固有受容性欠陥(Proprioceptive deficit)、尿失禁(Urinary incontinence)、尾や肛門弛緩(Flaccid tail and anal tone)、会陰触覚減退(Diminished perineal sensation)などが見られ、多くの場合に発熱(Pyrexia)を前駆症状(Premonitory sign)とすることが知られています。妊娠牝馬においては、第一および第二の三半期(First and second trimesters)で感染した場合には神経症状を起こし、第三の三半期(Third trimester)で感染した場合には流産に至る危険が高いことが知られています。症例によっては、癲癇発作(Seizures)、失明(Blindness)、前庭症状(Vestibular signs)、鼻汁排出(Nasal discharge)、遠位肢浮腫(Distal limb edema)、疝痛(Colic)、食欲不振(Anorexia)を呈する事もあります。臨床症状は通常二日以内に落ち着き、5~7日間で改善に向かいますが、全快には数週間から数ヶ月を要することもあります。
馬ヘルペス脊髄脳症の診断は、特徴的な臨床所見を確認する他に、脳脊髄液(Cerebrospinal fluid: CSF)の検査によって、蛋白濃度の上昇、白血球数の微増(または正常値)、黄色化(Xanthochromia)などを確認します。血清中の中和抗体価(Neutralizing antibody titer)が1:4以上の場合にはEHV-1感染が疑われ、1:256以上においてヘルペス脊髄脳症の可能性が極めて高いことが報告されています。CSF中の中和抗体価上昇が探知され、血清とCSFのIgG指数が正常な場合、EHV-1感染の可能性が極めて高いですが、感染馬すべてに見られるわけではありません。また、遠心血液白血球層(Buffy coat)や鼻粘膜拭取検体(Nasal swab)を用いてのウイルス探知も有効な診断法ですが、EHV-1は神経線維には感染しないためCSFを用いてのウイルス培養は行われません。
馬ヘルペス脊髄脳症が疑われる症例は、速やかに隔離することが必要です。治療としては、支持的療法(Supportive therapy)を基本とし、膀胱除圧(Bladder decompression)、直腸便除去(Rectum evacuation)、経腸または非経口的栄養補助(Enteral or parenteral nutritional support)、補液療法(Fluid therapy)、吊起帯補助(Sling support)などが行われます。初期病態では非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与も効果的で、また、免疫介在性病態の関与を考慮してコルチコステロイドが用いられる場合もあります。呼吸器感染または泌尿器感染の併発の危険を考えて、抗生物質の投与も実施されます。核酸誘導体の抗ウイルス薬であるアシクロビルは、馬のヘルペス脊髄脳症に対する治療効果と有用性がハッキリとは実証されていない事と、薬動態、吸収性、安全な投与量などに関する検討が必要であるため、臨床応用には論議があります。
一般的に用いられるEHV-1ワクチンでは、馬ヘルペス脊髄脳症そのものの予防効果はあまり期待できませんが、呼吸器病や流産の発病率を減らすことで、EHV-1による神経病の危険を減少させることは可能です。しかし、流行が起きた馬郡においてのワクチン接種には賛否両論(Controversy)があり、ウイルス血症(Viremia)を改善できるという提唱もあれば、抗体価上昇によって神経症状発現を誘発または悪化させる可能性も示唆されています。牧場や競馬場において入厩馬を一定期間(最低三週間)にわたって隔離すること、流産胎児や胎盤を速やかに清掃すること、そして、流産牝馬の敷料を廃棄して馬房を消毒すること、なども重要な予防法です。
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.