馬の病気:肩甲上神経麻痺
馬の神経器病 - 2015年08月02日 (日)

肩甲上神経麻痺(Suprascapular nerve paralysis)について。
肩甲上神経の損傷に起因して、棘上筋(Supraspinatus muscle)と棘下筋(Infraspinatus muscle)の萎縮(Atrophy)、および、肩関節の不安定性(Shoulder joint instability)を起こす疾患です。伝統的には、肩に圧迫を受けやすい牽引馬(Draft horse)に多く発症が見られましたが、現在では肩部への外傷によって起こる事が一般的です。肩甲上神経は、第六~七頚椎間に起始し、上腕神経叢(Brachial plexus)を通過して、頭側肩甲骨端(Cranial edge of scapulae)にて反回する位置で、最も外傷性の損傷を受け易いと考えられています。この部位では、慢性の神経圧迫(Chronic nerve compression)によって周囲腱性組織の狭窄(Constriction)が生じて神経障害(Neuropathy)に至ったり、急性の外傷による症状発現が起き易くなる可能性も示唆されています。
肩甲上神経麻痺の症状としては、原因である外傷による急性の重度跛行(Acute severe lameness)を呈し、その消失後には、肩関節の外方不安定性(Shoulder joint lateral instability)(いわゆるShoulder slip)を示し、間欠性の神経伸展(Nerve stretching)によって、更なる肩甲上神経の損傷を起こします。その後の数週間で(10~14日)、棘上筋と棘下筋の萎縮が見られ始め、その結果、肩甲骨の棘突起の明瞭化が観察されるようになります(いわゆるSweeny外観)。
肩甲上神経麻痺診断は通常、外傷病歴と特徴的臨床所見(Characteristic clinical signs)から下され、肩部X線検査によって骨折(Fracture)や変性関節疾患(Degenerative joint disease: DJD)などの除外診断が行われます。また、筋電図検査(Electromyography)によって、損傷部の神経機能異常を特異的に探知する手法も試みられていますが、外傷後一週間以上経った時点で実施することが推奨されています。
肩甲上神経麻痺診断の内科的治療としては、馬房休養(Stall rest)と非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与が行われますが、完治には半年から一年以上を要する事が殆どです。この期間中、コルチコステロイドおよびヒアルロン酸の関節内注射(Intra-articular injection)によって、継続性の関節不安定性に起因する肩関節DJDを予防する事と、周囲組織への薬物浸潤によって神経損傷の治癒促進を期待する療法が施されます。
肩甲上神経麻痺診断の外科的治療は、発症後10~12週間後においても肩甲上神経麻痺の症状が見られる場合に実施されます(神経治癒速度:1mm/dayと神経損傷部の長さ:7~8cmを考慮して)。術式としては、頭側肩甲骨の肩甲上神経の反転部位において、三日月形に肩甲骨縁を切除して神経周囲の腱性組織を取り除く事で、神経除圧(Nerve decompression)を促す手法が行われます。施術に際しては、肩関節脱臼(Shoulder luxation)や肩甲骨骨折(Scapula fracture)を防ぐため、慎重な補助麻酔覚醒(Supported anesthesia recovery)を実施することが重要です。
肩甲上神経麻痺の症例では、内科的・外科的治療に関わらず、比較的良好な予後が報告されていますが、外科的に神経除圧を行うことで回復期間の短縮が期待できる事も示唆されています。しかし、競争・競技能力の回帰に関わらず、重篤な筋萎縮を生じた症例では、棘上筋および棘下筋の外観が完全には元通りにならない事もあります。
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