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馬の病気:内毒素血症

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内毒素血症(Endotoxemia)について。

内毒素血症は、血中に内毒素(Endotoxin)(=リポ多糖類:Lipopolysaccharide [LPS])が存在する状態を指しますが、臨床上は内毒素が引き金となって始まる全身性炎症反応症候群(Systemic inflammatory response syndrome: SIRS)や多臓器機能不全症候群(Multiple organ dysfunction syndrome: MODS)等の一連の病態によって起こる、敗血症症候群(Sepsis syndrome)を指すことが一般的です。馬における内毒素血症は、重度の疝痛などの消化器疾患に併発することが一般的ですが、胸膜肺炎(Pleuropneumonia)や胎盤停滞(Retained placenta)等を含む、細菌感染および粘膜バリアー障害を起こす全ての病態から続発する可能性があります。

内毒素は、まず血漿中のリポ多糖類結合蛋白(LPS-binding protein)および可溶性補助受容体(Soluble co-receptor: CD14)と結合し、細胞膜面のトール様受容体(Type-4 toll-like receptor: TLR4)に作用して、核内因子カッパビー(Nucler factor kappa B: NF-kB)を活性化させます。これによって、自然免疫反応(Innate immune reponse)に関連する単球(Monocyte)、大食細胞(Macrophage)、好中球(Neutrophils)、内皮細胞(Endothelial cells)等からの、炎症誘発性サイトカイン(Proinflammatory cytokines: TNF, IL-1b, IL-6, etc)、炎症性細胞遊走因子(Chemokines: IL-8, MIP, etc)、急性期蛋白(Acute-phase proteins: Fibrinogen, etc)などの分泌を促し、全身性の炎症反応(Systemic inflammatory response:いわゆるCytokine storm)を引き起こします。また内毒素は、ハーゲマン因子の活性化(Activation of Hageman factor: Coagulation factor XII)、凝血源(Procoagulants)および接着因子(Adhesion molecules)の分泌増加から、血液凝固障害(Coagulopathy)を引き起こすことも知られています。

SIRSからMODSにいたる機序としては、(1)内皮表面への好中球隔絶(Neutrophil sequestration on endothelium)による活性酸素種(Reactive oxygen species: ROS)の生成と、それに起因する内皮透過性亢進(Increased endothelial permeability)、(2)誘導型一酸化窒素合成酵素(Inducible nitric oxide synthase)の活性亢進による一酸化窒素(Nitric oxide)の生成増加とそれに起因する低血圧(Hypotension)、および、心血管性反応低下(Cardiovascular hyporeactivity)、(3)凝血賦活化(Coagulation activation)による播種性血管内凝固(Disseminated intravascular coagulation: DIC)と、それに起因する組織低灌流(Tissue hypoperfusion)、(4)血液量減少症(Hypovolemia)による低拍出性循環機能障害(Hypodynamic circulatory insufficiency)、および、偏在性灌流(Maldistributed perfusion)に起因する全組織性低酸素症(Global tissue hypoxia)、などが挙げられています。また、この全身性炎症反応に拮抗する形で、リンパ球や樹状細胞のプログラム細胞死(Lymphocytes/Dendritic cells apoptosis)を特徴とする、代償性抗炎症性反応症候群(Compensatory anti-inflammatory response syndrome: CARS)が起こり、これによる免疫抑制(Immunosuppression)から感染症の危険が高まると考えられています。

内毒素血症の症状としては、初期病態においては、粘膜蒼白(Paled mucous membrane)、抑鬱(Depression)、食欲不振(Inappetence)、落ち着きが無くなる仕草(Restlessness)等が認められ、病状の進行に伴って、頻脈(Tachycardia)、頻呼吸(Tachypnea)、高体温(Hyperthermia)、粘膜うっ血(Congested mucous membrane)、毛細血管再充満時間の遅延(Prolonged capillary refilling time)、歯肉粘膜への毒素線の出現(Toxic line on gingival mucosa)などが見られます。血液検査では、好中球隔絶や血液凝固障害に起因する、白血球数減少症(Leukopenia)、核左方変位を伴う好中球減少症(Neutropenia with left shift)、血小板減少症(Thrombocytopenia)、高フィブリノーゲン血症(Hyperfibrinogenemia)などが示されます。馬におけるSIRSの定義は確立されていませんが、>101.5Fの高体温(または<98Fの低体温)、<5000/µlの白血球数減少(または>14500/µlの白血球数増加)、>50/minの頻脈、>25/minの頻呼吸のうち、二項目以上に当てはまる場合をSIRSとする診断基準が示されています。末期病態の内毒素血症においては、末梢拍動の虚弱化(Weak peripheral pulses)、末端冷化(Cold extremities)、発汗(Sweating)、皮膚膨圧低下(Reduced skin turgor)、粘膜乾燥(Dry mucous membrane)、眼球沈下(Sunken eyes)などが認められ、頚静脈血栓症(Jugular thrombosis)などの凝固亢進(Hypercoagulation)の兆候が見られた場合には、特に予後が悪いことが示唆されています。

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末期症状の内毒素血症の治療では、心血管系救急蘇生(Cardiovascular resuscitation)を第一指針とし、至適目標値早期到達療法(Early goal-directed therapy: EGDT)によって重度の低血圧および低酸素症の矯正を迅速に行うことが推奨されています。この療法では、経鼻酸素吸入(Nasal oxygen insufflation)による動脈血酸素分圧(Partial arterial oxygen pressure)の改善、晶質やコロイドの投与(Crystalloid/Colloid administration)による中心静脈圧(Central venous pressure)の改善、血管作用薬(Vasoactive agents: Vasopressin, Norepinephrine, Dopamine, etc)の投与による平均動脈圧(Mean arterial pressure)の改善、変力作用薬(Inotropic agents)の投与、赤血球輸血(Red blood cell transfusion)、人工呼吸(Ventilation)等による中心静脈血酸素飽和度(Central venous oxygen saturation)の改善が行われます。

EGDTによって、羅患馬の心血管系機能が安定したと判断された場合には、内毒素産生の原因となっている一次性疾患(Primary disorders)の除去を試みることが重要で、開腹手術(Celiotomy)による小腸絞扼(Small intestinal strangulation)の整復、胸膜肺炎における胸水排液(Pleural drainage)、停滞胎盤の洗浄および除去、などがこれに含まれます。全身性抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)による細菌感染の改善も有効ですが、大結腸炎(Colitis)や盲腸炎(Typhlitis)による下痢症の症例においては、一次性疾患の悪化の危険を考慮して、三ヶ月齢の子馬、好中球左方変位、止血障害(Dyshemostasis)などを呈した場合にのみ、抗生物質療法を実施することが提唱されています。

循環内毒素の中和療法(Neutralization of circulating endotoxin)としては、LPS抗血清(LPS antiserum)、高免疫血漿(Hyperimmune plasma)、ポリミキシンB抗生物質(Polymyxin-B antibiotics)などが用いられますが、すでにトール様受容体に結合してしまった内毒素を中和することは出来ないため、内毒素血症が疑われる症例に対しては、できるだけ早期に投与を行うことが重要です。また、捻転および絞扼した消化管の外科的整復に際しては、羅患部位に停滞してした内毒素が術後に全身に作用する危険を考慮して、術前および術中に上述の内毒素中和薬を予防的投与(Prophylactic administration)することが推奨されています。

循環内毒素によって、すでにSIRSが引き起こされたと判断される症例に対しては、低濃度の非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与による内毒素誘導性炎症の抑制(Inhibition of endotoxin-induced inflammation)を試み、ヘパリン投与による血液凝固障害の改善や、ハイドロキシルラディカル捕捉剤(Hydroxyl radical scavenger)であるDMSOの投与による活性酸素種の除去が行われます。また、内毒素血症の合併症として最も多く見られる蹄葉炎(Laminitis)の予防を目的として、蹄叉支持具(Frog support)の装着、蹄部の寒冷療法(Foot cryotherapy)、末梢性血管拡張薬(Peripheral vasodilator agents: Acepromazine, Pentoxifylline, etc)の投与などが併用される事もありますが、内毒素血症に続発する場合の蹄葉炎の病因論はハッキリとは確立されていないため、その実施には賛否両論があります。

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