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馬の病気:馬運動ニューロン疾患

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馬運動ニューロン疾患(Equine motor neuron disease)について。

成馬に見られる後天性の神経変性病(Acquired neurodegenerative disease)で(平均発症年齢は9歳)、人間に起こる筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis:いわゆるルー・ゲーリック病)に類似した疾患である事が知られています。病因としては、ビタミンE欠乏症(Vitamin E deficiency)によって、自動酸化促進物質(Prooxidant)などによる酸化的ストレス(Oxidative stress)に対する抵抗力が弱まり、前角ニューロン(Ventral horn neuron)(=下位運動神経:Lower motor neuron)の非炎症性変性(Non-inflammatory degeneration)が起きる事が挙げられています。このため、牧草地への放牧時間が短く、アルファルファなどのビタミン含有量の高い良質な青草を給餌されていない飼養環境が、発症素因となる事が報告されています。

馬運動ニューロン疾患の急性病態における臨床症状としては、羅患した筋肉郡の振戦(Trembling)や線維束性収縮(Fasciculation)に加えて、長時間にわたって馬房で横たわっていたり、左右後肢への負重を頻繁に入れ替える、などの仕草が観察され、食欲亢進(Ravenous appetite)が見られる事もあります。また、約半数の症例において、特徴的な前肢と後肢の間隔を狭め、頭部を下げ、尾根を挙上させた起立姿勢(Base-narrow stance, Low head carriage, Elevated tailhead)が見られます(いわゆるHangdog appearance)。慢性病態の臨床症状では、筋振戦は消失して、全身性の筋萎縮(General muscle atrophy)と虚弱(Weakness)が起こり、体重減少(Weight loss)、プアパフォーマンス、鶏跛様歩様(Stringhalt-like movement)が見られる場合もあります。また、軽度のビタミンE欠乏症例では、無症候性の病態(Subclinical form)を取る可能性も示唆されています。

馬運動ニューロン疾患の診断としては、特徴的臨床所見に加えて、病歴(放牧の度合い、給餌飼料内容、同牧場で以前にEMNDが発症したか、etc)、他の類似疾患を除外診断します。馬運動ニューロン疾患における重要な鑑別疾患としては、馬原虫性脊髄脳炎(Equine protozoal myeloencephalitis)、疝痛(Colic)、蹄葉炎(Laminitis)、ボツリヌス症(Botulism)、横紋筋融解症(Rhabdomyolysis)などが挙げられます。急性期には筋電図(Electromyography)による診断も試みられます。血液検査では、ビタミンE濃度の低下(<1ug/mL)、筋酵素(CK, AST, etc)の濃度の上昇などが起こり、GGT濃度の上昇、ビタミンA濃度の低下、アスコルビン酸欠乏などが見られる事もあります。ブドウ糖吸収試験(Glucose absorption test)において異常を呈する症例も報告されています。脳脊髄液(Cerebrospinal fluid)の検査では、蛋白濃度と髄腔内IgG(Intrathecal immunoglobulin-G)の上昇を示します。また、背側仙尾筋(Sacrocaudalis dorsalis muscle)の生検では、筋線維の退行性萎縮(Myofiber degenerative atrophy)と点在性筋壊死(Scattered muscle necrosis)などが観察され、信頼性の高い診断が可能であることが報告されています(Sensitivity & Specificity >90%)。

馬運動ニューロン疾患の急性病態での治療としては、コルチコステロイドもしくは非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与が有効な事もあります。慢性病態での治療としては、経口ビタミンE補給療法(Oral vitamin E supplemental therapy)が行われますが、病態の完治は難しいことが知られています。馬運動ニューロン疾患の臨床症状は、運動神経の三割が冒された時点で起こり、これらの神経損傷もビタミンE補給によって酸化的ストレスが取り除かれれば、ある程度の機能回帰が生じる可能性が示唆されています。

馬運動ニューロン疾患の予後は、治療開始時点での神経損傷度合いによって異なり、神経症状改善と筋量回復が見られる場合(約四割の症例)、神経症状は安定化するものの筋量は改善しない場合(約四割の症例)、筋萎縮が進行性に悪化し起立困難を呈する場合(約二割の症状)、などの予後経過が報告されています。症状回復が見られた個体においても、急激に運動復帰(Premature return to exercise)した場合には、運動誘発性の運動神経死(Exercise-induced premature neuron death)が起こる可能性が示唆されています。

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