馬の病気:ヘッドシェイキング
馬の神経器病 - 2015年08月04日 (火)

ヘッドシェイキング(Head shaking)について。
頭部を激しく左右または上下に振る仕草を呈する疾患で、安静時に見られる症例もありますが、多くは運動開始のしばらくあとに観察されます。一般に春から初夏にかけて症状発現が多いことが知られており、多くの羅患馬は毎年同時期に発症を示します。特にショーホースやドレッサージュホースにおいては、ショーでの評価や競技成績に直接的に影響を及ぼすため、深刻な疾患となりえます。
ヘッドシェイキングの診断に際しては、血液検査、頭部X線検査、上部気道の内視鏡検査(Upper airway endoscopy)、耳鏡検査(Otoscopy)、歯科検査、眼科検査などが行われますが、病因が特定できず特発性(Idiopathic)のヘッドシェイキングと診断される場合が殆どです。しかし、光周期機序(Photoperiod mechanism)に関与する体内の神経薬理学的変化(Neuropharmacologic alteration)が、三叉視神経の刺激加重(Optic trigeminal summation)と神経因性疼痛(Neuropathic pain)を生じることが、ヘッドシェイキング症状の原因である可能性が示唆されています。ヘッドシェイキングに併行して見られ、神経因性疼痛に起因すると思われる症状としては、頭部の急激に動かす仕草(Quick head movement)、頭部を前肢蹄で叩く仕草(Head striking with a front foot)、過剰に頭部をこすり付ける仕草(Excessive head rubbing)、運動時に頭部を異常に下げる仕草(Abnormally low head carriage during exercise)、などが挙げられます。光刺激が症状発現の引き金となっている症例では、目隠し着用(Blindfolding)によって症状が改善する場合もあります。
ヘッドシェイキングの病因となる可能性が指摘されている他の疾患としては、運動誘発性低酸素症(Exercise-induced hypoxia)、耳ダニ(Ear mites)の感染、脳神経機能異常(Cranial nerve dysfunction)、中耳炎(Otitis media)または内耳炎(Otitis interna)、頚椎損傷(Cervical injury)、眼疾患(Ocular disease)、喉嚢真菌症(Guttural pouch mycosis)、歯根尖部骨炎(Dental periapical osteitis)、血管運動神経性鼻炎(Vasomotor rhinitis)、ツツガムシ(Harvest mite)の幼虫侵襲(Larval infestation)、上顎骨腫(Maxillary osteoma)、馬原虫性脊髄脳炎(Equine protozoal myeloencephalitis)などがあります。
ヘッドシェイキングの内科的治療としては、一型ヒスタミンおよびセロトニン受容体遮断薬(Type-I histamine and setotonegic blocker)であるCyproheptadineの投与によって、光周期誘発性痛覚(Photoperiod-induced pain sensation)を減少させる療法が実施されます。同様に神経性疼痛の減退を期待する治療薬としては、Carbamazepine、Hydroxyzine、Fluphenazineなどがあります。また、経験的手法としては、マグネシウムやスピルリナの経口補給療法(Magnesium/spirulina oral supplemental therapy)によって馬の気質を落ち着かせ、ヘッドシェイキングの頻度および重篤度を軽減させる手法も提唱されています。そして、メラトニン投与によって、初春季節における光周期サイクルの体内変動を止めたり緩やかにする事で、春~初夏にかけての症状発現を抑える指針も試みられています。
ヘッドシェイキングに対する物理的手法を用いての治療としては、運動時にヘッドシェイキングが見られる場合には鼻先にネットをぶら下げた鼻革(Heavy nose net dangling device)を装着させたり(三割のヘッドシェイキング症例に有効)、光刺激が症状発現の引き金となっていると疑われる場合には紫外線遮断機能を有するサングラス様の防虫マスク(UV-blocking sun shade-type fly mask)を着用させたりする方法が試みられています。研究報告では、眼窩内神経切除術(Intraorbital neurectomy)を施すことで、一部の症例においてヘッドシェイキングの症状消失が見られる事が示されています。この事象は、三叉視神経の刺激加重を原因のひとつとして挙げる神経因性疼痛病因論(Neuropathic pain etiology)の裏付けとされていますが、この手術自体は術後合併症の危険があり、ヘッドシェイキングの外科的治療として実施することは推奨されていません。また、永久的気管切開術(Permanent tracheostomy)によって症状改善が見られたという症例も報告されています。
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