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馬の病気:脊髄損傷

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脊髄損傷(Spinal cord trauma)について。

脊髄損傷は外傷による椎骨骨折(Vertebral fracture)に起因して起こる場合が殆どで、第一頚椎(C1)、第十二胸椎(T12)、第五腰椎(L5)に発症が多いことが報告されています。急性期の脊髄損傷は、Shearing forceによる神経線維断裂(Nerve fiber tear)、出血(Hemorrhage)、骨折片の衝突(Fracture fragment impingement)などによって起こります。一方で、慢性期の脊髄損傷は、カルシウムやナトリウムイオンの細胞内蓄積(Intracellular accumulation of calcium and sodium)に起因する細胞毒性浮腫(Cytotoxic edema)と神経細胞脱分極(Neuronal depolarization)等によって引き起こされます。

頚部の脊髄損傷(Cervical spinal cord trauma)においては、軽症の椎骨骨折と脊髄損傷のみの症例では、歩行失調(Ataxia)や固有受容性欠陥(Proprioceptive deficit)を示し、軽度の前肢跛行(Forelimb lameness)を呈する場合もあります。重篤な頚部の脊髄損傷を生じた症例では四肢の麻痺を起こし起立困難となることが多く、第一~第四頚椎(C1-C4)が損傷した場合には頭部を挙上できない事もあります。また、第六~第八頚椎(C6-C8)が損傷した場合には、前肢の脊髄反射(Spinal reflexes: Pannniculus, Triceps, Biceps, etc)が減退または消失します(後肢の脊髄反射は正常)。多くの症例で、四肢の意識性痛覚感受性(Conscious pain perception)は減退または消失し、病状の進行に伴って頚部と前肢の筋萎縮(Muscle atrophy)も見られます。

胸部の脊髄損傷(Thoracic spinal cord trauma)においては、頚部脊髄損傷と類似の臨床症状が見られますが、前肢の異常はあまり起こりません。羅患馬の後肢では、歩行失調、痛覚の減退、姿勢反応(Postural reaction)の減退、反射亢進(Hyperreflexia)などが確認されます。尾と肛門の運動能と尿道括約筋(Urethral sphincter)は正常ですが、膀胱の膨満(Bladder distension)が見られる事もあります。また、急性病態(損傷後二日以内)においては、稀に前肢の伸筋緊張亢進(Extensor hypertonia)が観察されます(いわゆるSchiff–Sherrington現象)。

腰部の脊髄損傷(Lumbar spinal cord trauma)においては、基本的に胸部脊髄損傷と類似の臨床症状が見られますが、第一~第三腰椎(L1-L3)が損傷した場合には、後肢の反射亢進と筋緊張亢進が起こるのに対して、第四腰椎~第二仙椎(L4-S2)が損傷した場合には、後肢の反射低下(Hyporeflexia)と筋緊張低下(Hypotonia)が起こります。第四~第六腰椎(L4-L6)が損傷した場合には、大腿神経(Femoral nerve)と伏在神経(Saphenous nerve)の異常によって、後肢内側の減感作(Desensitization of medial surface of hindlimbs)や、膝蓋反射(Patellar reflex)の減退または消失が起こります。また、尿道括約筋は正常ですが、膀胱の膨満が見られる事もあります。

仙尾骨部の脊髄損傷(Sacrococcygeal spinal cord trauma)においては(S1-S2)、後肢の歩行失調、固有受容性欠陥、屈筋反射減退(Diminished flexor reflexes)が起こります。肛門括約筋(Anal sphincter)と尿道括約筋は弛緩し、尾の麻痺(Tail paralysis)と直腸内での糞便停滞が見られる事もあります。

脊髄損傷の診断としては、X線検査によって椎骨骨折の発見が試みられ、椎体の短縮化(Vertebral body shortening)、椎弓の異常形態(Abnormally shaped vertebral arch)、骨端軟骨板のずれ(Physeal plate slippage)などが指標となりますが、骨折部の狭窄症(Stenosis)を確定診断には、脊髄造影検査(Myelographic examination)が必要です。骨折部の詳細な検査には、CTスキャン検査も有効です。しかし、損傷発症時の骨折片の位置はX線撮影時とは異なる場合が殆どであるため、予後判定(Prognostication)のためには、X線画像上の骨折の重篤度よりも、神経学的検査(Neurologic examination)によって、歩行失調、固有受容性欠陥、虚弱、運動麻痺、痙攣、痛覚鈍麻等の臨床症状の重症度を判定することが重要です。深部痛覚が消失した症例では、特に予後が悪いことも報告されています。脳脊髄液検査(Cerebrospinal fluid analysis)では、急性期においては(損傷後一日以内)、赤血球数の増加と蛋白濃度の上昇が見られ、白血球数は正常値~上昇しますが、数日以上が経過した症例においては、脳脊髄液の黄色化(Xanthochromia)と蛋白濃度の上昇が見られますが、赤血球数および白血球数は正常値~軽度の上昇を示します。

脊髄損傷の急性期における治療としては、全身性の循環器機能と血圧の維持によって、局所性の虚血(Local ischemia)による更なる脊椎損傷部の細胞毒性浮腫を防ぐことが重要です。内科療法としては、DMSOやコルチコステロイド等が用いられ、特にコハク酸ナトリウム・メチルプレドニゾロン(Methylprednisolone sodium succinate)は、細胞内蓄積されたカルシウムの排除(Elimination of intracellular calcium accumulation)や神経線維変性の減少(Reduced neurofilament degradation)等の効能によって、脊髄損傷治療に効果的である可能性が示唆されています。疼痛症状が重篤な場合には、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)またはモルフィンなどが用いられ、硬膜外留置(Epidural catheterization)による数日間にわたる鎮痛剤の投与も有効です。また、利尿剤(Osmotic diuretics: Mannitol, etc)の投与による細胞毒性浮腫の減退、ナロキソンまたはTRH(Thyrotropin-releasing hormone)の投与による血圧低下の予防、カルシウムチャンネル拮抗薬(Calcium channel antagonists: Nimodipine, Nifedipine, Diltiazem, etc)によるカルシウム細胞内蓄積の改善、などの療法が試みられる場合もあります。

脊髄損傷の結果、排尿障害が見られた症例では膀胱除圧(Bladder decompression)を施し、また、排糞障害が見られた症例では直腸便除去(Rectum evacuation)が実施されます。起立不能を呈した症例では、定期的に馬体を裏返したり(毎日6~8回)、吊起帯補助(Sling support)による褥瘡(Pressure sore)の予防が試みられますが、吊り下げられた際に自身の体重を支持できない個体では、重篤な呼吸不全(Respiratory compromise)や二次性筋炎(Secondary myositis)などの合併症を起こす危険もあります。骨折の位置、変位度、重篤度によっては、骨折片を外科的に整復して、脊髄損傷の悪化を防ぐことが試みられる場合もありますが、手術自体は既に起きた脊髄損傷を治癒させるものではないので、術前の神経学的検査によって慎重な予後判定を行うことが大切です。

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