馬の病気:脳脊髄線虫感染症
馬の神経器病 - 2015年08月06日 (木)

脳脊髄線虫感染症(Cerebrospinal nematodiasis)について。
脳脊髄組織への寄生虫の迷入(Migration)によって神経症状を呈する疾患で、害虫性脳脊髄炎(Verminous encephalomyelitis)とも呼ばれます。原因となる寄生虫としては、普通円虫(Strongylus vulgaris)、キスジウシバエ(Hypoderma lineatum)、ウシバエ(Hypoderma bovis)、Halicephalobus gingivalis(旧名:Micronema deletrix)、Draschia megastoma、馬糸状虫(Setaria equina)などが報告されています。
普通円虫の感染では、塞栓症(Acute embolization)による急性病態、もしくは血管周囲迷入(Perivascular migration)による慢性病態を発症します。急性病態では血栓塞栓(Thrombus)による発作性脳脊髄炎症状(Fulminating encephalomyelitic signs)を呈しますが、塞栓の退行に伴って寄生虫迷入による進行性脳幹疾患(Progressive brainstem disease)を起こします。ウシバエ類の感染のうち、キスジウシバエの場合では、成虫が口唇に産卵し、嚥下された虫卵が消化管で孵化して、血行性に中枢神経系に到達します。ウシバエの場合では、成虫が脚部産卵し、経皮侵入した幼虫が硬膜外腔(Epidural space)から脊髄へと達します。また、ウシバエ幼虫の迷入に起因して、末梢神経異常(腓骨神経麻痺:Peroneal nerve paralysis)を続発した症例も報告されています。H. gingivalisの感染では、顔面、口唇、口腔粘膜などから侵入した寄生虫が、脈管を介して脳幹に到達して瀰漫性脳炎(Diffuse encephalitis)を引き起こします。神経症状は脳組織損傷の重篤度によって異なり、非対称性の歩行失調(Asymmetric ataxia)、固有受容性欠陥(Proprioceptive deficit)、沈鬱(Depression)、馬房内で過剰に歩き回る行動(Propulsive walking)、頭部を馬房壁に押し付ける仕草(Head pressing)、捻転斜頚(Head tilt)、旋回運動(Circling)、眼振(Nystagmus)、起立不能(Recumbency)、痙攣(Convulsions)、昏睡(Coma)などが見られます。D. megastomaは通常は胃に寄生し慢性胃炎(Chronic gastritis)や幼虫による皮膚馬胃虫症 (Cutaneous habronemiasis)等を引き起こしますが、脳組織への迷入し非対称性の脳幹疾患(Asymmetric brainstem disease)を起こす症例も報告されています。馬糸状虫は吸血昆虫などの刺傷からミクロフィラリアが侵入することで感染し、脊髄損傷に伴って尾の緊張低下(Hypotonic tail)、膀胱麻痺(Bladder paralysis)、運動失調、固有受容性欠陥などの症状を呈します。
脳脊髄線虫感染症の診断では、生前における確定診断(Ante-mortem definitive diagnosis)は極めて困難な場合が多いですが、臨床所見を評価することに加えて、他の類似疾患を除外することで推定診断(Presumptive diagnosis)が下されます。脳脊髄液(Cerebrospinal fluid)の検査においては、黄色化(Xanthochromia)、蛋白濃度の上昇、白血球数の増加などが見られます。また、脳脊髄液のウェスタンブロット検査によって、肉胞子虫(Sarcocystis neurona)に対する抗体の陽性反応を調べることで、馬原虫性脊髄脳炎(Equine protozoal myeloencephalitis)の除外診断が試みられます。そして、H. gingivalis感染においては、遠心後の脳脊髄液中に虫卵を確認できることも知られています。脳脊髄液中の好酸球数の増加(Increased eosinophils count)は、脳脊髄線虫感染症の生前推定診断の一つの指標となることが示唆されていますが、信頼度と感度に関しては論議(Controversy)があります。H. gingivalisは神経組織の他に腎臓へも寄生している事が多いため、超音波誘導による腎臓生検(Ultrasound-guided renal biopsy)によって虫体を検出する手法も有効です。さらに、頚部のX線検査によって、頚椎狭窄性脊髄症(Cervical stenotic myelopathy)や脊髄損傷(Spinal cord trauma)の除外診断を行う事も大切です。
脳脊髄線虫感染症の治療としては、寄生虫駆除剤(Parasiticides)に加えて、コルチコステロイドや非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)を投与することで、駆除された虫体に対する炎症性反応を緩和しつつ、寄生虫迷入による更なる中枢神経損傷を防ぐ療法が推奨されます。普通円虫に対しては、ThiabendazoleまたはMebendazoleの経口投与が行われますが、Ivermectinも非経口的に用いることで普通円虫駆除に効果的であることが示されています。ウシバエに対しては、有機リン酸系殺虫剤(Organophosphate insecticide)が有効で、Crufomate、Trichlorfon、Famphur、Ronnelの配合薬にIvermectinが併用されます。また、H. gingivalis、D. megastoma、馬糸状虫に対しては、DiethylcarbamazineとIvermectinが使用されますが、他の病原寄生虫との場合と同様に、コルチコステロイドまたは非ステロイド系抗炎症剤による抗炎症療法を併行して実施することが重要です。
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