馬の病気:破傷風
馬の神経器病 - 2015年08月06日 (木)

破傷風(Tetanus)について。
嫌気性グラム陽性菌(Anaerobic gram-positive bacterium)である破傷風菌(Clostridium tetani)の産生する外毒素(Exotoxins)によって神経症状を呈する疾患で、一般に個体単位での発症を示しますが、流行性(Outbreak)の発現も報告されています。馬の破傷風では、土壌中に生息するC. tetaniが、蹄または軟部組織の創傷部から侵入することで発症する場合が殆どで、壊死組織(Necrotic tissue)、随伴性細菌感染(Concomitant bacterial infection)、創傷部の異物(Foreign body)などが芽胞形成促進(Sporulation enhancement)の素因となることが知られています。
破傷風菌は複数の外毒素を生成し、Tetanospasminは前シナプス抑制性介在神経細胞(Presynaptic inhibitory interneurons: Renshaw cells)の伝達物質(Glycin, GABA, etc)放出を阻害することで筋緊張亢進(Hypertonia)と筋攣縮(Muscle spasms)を起こすのに対して、Nonspasmogenic toxinは副腎髄質(Adrenal medulla)からのカテコールアミン生成を促進して全身性高血圧(Systemic hypertension)と交感神経過剰刺激(Overstimulation of sympathetic nerve system)を引き起こします。
破傷風の初期病態では(感染後24時間以内)、難治性疝痛(Intractable colic)、患肢の跛行(Lameness)と強直化(Stiffness)などを呈しますが、病状の進行に伴って全身性痙攣(Generalized spasticity)を起こし、強直歩行(Stiff gait)や頭部を伸展させた起立姿勢(Extended head posture)などが見られます。筋緊張亢進は反重力筋(Antigravity muscles)に顕著に生じるため、特徴的な四肢を硬直させた木挽台姿勢(Sawhorse posture)を呈し、眼球陥没(Eye retraction)、第三眼瞼の露出(Third eyelid flashing)、咬痙(Trismus)等の症状が見られます。末期病態では、誤嚥性肺炎(Aspiration pneumonia)や起立不能(Recumbency)に陥り、末期痙攣(Terminal convulsion)から低酸素症(Hypoxemia)と心不全(Heart failure)によって死に至ります。破傷風の生前確定診断のためには、創傷部からの破傷風菌の分離が試みられます。
破傷風の治療に際しては、視覚・聴覚性刺激による痙攣発現を防ぐため、羅患馬は静かで暗い馬房に移動させ、耳栓を施し、筋弛緩剤(Muscle reluctant: Promazine, Acetylpromazine, Diazepam, etc)の投与が行われます。治療馬房の壁はパッドで覆われ、充分な敷藁を使用して褥瘡(Decubital ulcers)を予防する事が大切です。破傷風菌は血管新生が不十分な組織で増殖するため、創傷部における病巣清掃(Debridement)とペニシリンによる創部洗浄が推奨されます。外毒素が神経細胞に作用してしまうと抗毒素(Antitoxin)の効能はあまり期待できないため、破傷風が疑われる症例においては、出来るだけ速やかに抗毒素投与を実施することが重要です。抗毒素を髄腔内注射(Intrathecal injection)する療法も提唱されていますが、有意な治療効果・生存率の向上は証明されていません。全ての羅患馬は治療開始時と二週間後(生存した場合)に、破傷風の類毒素(Tetanus toxoid)を投与することで免疫能を亢進させる事が推奨されていますが、抗毒素と類毒素を注射前に混ぜたり、近縁部に投与することは禁忌とされています。
馬における破傷風の死亡率(Mortality rate)は80%と言われており、七日間以上生存した場合には予後が良いことが報告されています。予防に関しては、子馬の移行免疫は生後数ヶ月で減退する可能性が示唆されているため、二ヶ月齢、三ヶ月齢、六ヶ月齢、その後は年一回の間隔で類毒素ワクチン(Toxoid vaccine)を接種することが推奨されています。また、初乳中の抗体価を高めるため、妊娠牝馬には分娩1~2週間前に追加免疫(booster immunization)を施すことが大切です。類毒素ワクチンは破傷風の発症を完全に抑えることはできないため、ワクチン歴のみで破傷風の除外診断を行うことは適当でないという警鐘が鳴らされています。
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