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獣医学位の英語表記

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英語での獣医学位の表記法について。

日本国外の雑誌に論文投稿をする際に気付く問題として、日本で取得した獣医学位の表記方法があります。例えば米国での獣医学位は『博士号』扱いですのでDVM(Doctor of Veterinary Medicine)という名称が用いられますが、『学士号』扱いである日本の獣医学位もそれと同様にDVMと表記して良いのでしょうか?

日本獣医学会のサイトによれば、日本の獣医学位は「学士」ですので直訳ならばBachelorとするべきですが、日本国外に対してはDVMという表記を用いても構わない、という主旨の見解が示されています(wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/10_Q&A/u20051207.html)。その根拠として、(1)世界的に獣医師であることを明確に示すためにはDVMという表記が用いられているから、(2)多くの国から多くの称号が出ても混乱するだけだから、という二つの理由が挙げられています。また、この件について各獣医大学に問い合わせてみたところ、返事を頂いた全ての大学において、英訳の卒業証明書ではBachelorという表記が用いられていました。しかし、農水省や文科省でも学位の英文表記については一律の指導を行なわず、各大学の自主性に任せている事から、米国において「学士」という学位名を用いることで不都合が生じると考えられる場合には、DVMという表記を使用しても間違いではない、という見解の大学もありました。

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ただ、米国の獣医学雑誌における学位表記の傾向を見る限りでは、日本人獣医師がDVMと名乗る必要性について少し疑問が浮かんできます。上表は、米国で最もポピュラーに読まれている二種類の獣医雑誌、JAVMAとAJVRにおける2008年分の掲載論文のうち、“DVM”以外の名称で獣医学位が表記された回数を示しています。ご覧のように、わずか一年分の論文の著者を見ても、各国のシステムに応じて様々な種類の異なった学位名が頻繁に用いられており、「獣医学位=DVM」というのが必ずしも世界共通の観念とはなっていない様に思われます。むしろ、各国の教育制度を尊重して、本来の学位名をそのまま訳して記載しているという印象を受けました。また、下記の例が示すように、同一論文の中でもそれぞれの著者が出身国に応じて、様々な学位名称を並んで使っている場合も見受けられ、DVM以外の表記を用いると混乱する、といった現象は顕著には起きていないのかもしれません。

JAVMAとAJVRを発行している全米獣医学協会(AVMA)は、ECFVGプログラムの中で、世界中の獣医学位を各国のシステムに応じて類別することで、肩書き表記に関わる混乱を避ける試みを行っており、日本の獣医学位はBVSc(Bachelor of Veterinary Science)に分類されています。もちろん、他国の獣医協会に日本の学位名称を決める権限はありませんし、日本人獣医師がAVMAの分類に従う義務もありません。また、世界中に公開されることになる英語論文では、学位表記法に関して著者の意向が最優先されるべきなのも間違いないと思います。ただ、第三者の目から見た場合に、日本の獣医学科卒業は「学士号」として「博士号」とは区別されている事から、DoctorではなくBachelorという呼称を用いるのが国際的にも自然なのかもしれない、と考えさせられました。

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ちなみにAVMAの方針に関して言えば、「卒業した獣医大学から取得した学位のみを表記すること」(Graduates should only use the degree actually granted by their college or school of veterinary medicine)というふうに明記されています。一般論としてですが、欧米諸国の獣医師を見ると、イギリス人ならBVSc、スイス人ならDMVというふうな具合に、米国の表記に合わせるのではなく、自国の教育制度に基づいた学位表記を行うことが多いように見受けられます。逆にアメリカ人の視線に立ってみれば、米国以外の獣医学位(Non-US veterinary degree)に対してはDVM以外の表記が使われるのを日常的に目にしているわけで、日本からの投稿論文の著者がDVMでなくても、特に不自然さを感じることはないのかもしれません。

余談ですが、以前ある知り合いのイギリス人獣医師に、「あなたの学位はDVMじゃないのか?」と尋ねたところ、「DVMというのはアメリカ人の使う略号で、そんなの真似したら、アメリカの獣医大学を出たみたいに思われるじゃないか。」という答えが返ってきました。ハッキリと口には出しませんでしたが、どうやら「英国BVScは米国DVMよりも上だ」というのが彼の見解のようでした。米国式の学位表記をあえて敬遠することで、「アメリカの獣医学に母国の獣医学が負けてたまるか!」というブリティッシュ気質を垣間見たような気がして、面白い考え方もあるんだなぁ、と思った出来事でした。

有名な馬の獣医師を見渡しても、「馬の外科学」のAuer先生はDrMedVet(スイス)、「馬の骨折治療」のNixon先生はBVSc(オーストラリア)、関節鏡のMcIlwraith先生もBVSc(ニュージーランド)、馬腹腔外科のFreeman先生はMVB(アイルランド)という学位です。アメリカの獣医学レベルは高いと思われる事もありますが、実は馬獣医学を引っ張ってこられたのも、代表的な教科書を書いておられるのも、DVMではない米国以外の獣医師達なのです。大きな獣医の学会においても、「学士」である先生方のレクチャーを、「博士」であるアメリカ人獣医師達がかしこまって聞いているのを目にします。博士だろうが学士だろうが、DVMの肩書きがあろうがなかろうが、正しい治療をすれば患馬の体は嘘をつきませんし、馬獣医学に立派に貢献していけると信じて頑張らねば、と改めて考えさせられた今日この頃です。

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