ポロ競技馬に発生した中毒死
未分類 - 2015年08月07日 (金)

ビタミン剤に起因すると思われる中毒症によって、21頭もの馬の命が失われるという悲しい事件が起きました。
2009年にフロリダ州で開催されたポロ競技のチャンピオンシップにおいて、ベネズエラポロチームの所属馬たちは、競技場に輸送された直後、運動失調、痙攣、発汗、呼吸困難などの重篤な中毒症状を示し、次々と地面に倒れ込みました。駆けつけた十数名の獣医師たちの懸命の治療にも関わらず、馬たちは一頭また一頭と息を引き取り、大動物病院に搬送され集中治療を受けた数頭を含め、症状を示したすべての馬が24時間以内に斃死しました。
死亡した21頭は、症状発現の数時間前にビタミン剤の注射を受けており、この製剤の配合を請け負った薬剤師が調合量のミスを認めていることから、いずれかの成分が過剰に配合された結果、中毒症を起こしたと考えられています。このビタミン剤には、ビタミンB12、セレニウム、カリウム、マグネシウム等が配合されており、臨床症状や病理解剖所見から見て、急性のセレニウム中毒を起こしたのではないかと推測されています。
このポロチームの担当獣医師は、「Biodyl」というヨーロッパや南米で広く用いられているビタミン剤が米国では入手できないため、近隣の薬剤師に類似製剤の配合を依頼したのだそうです。Biodylは米国でも違法薬剤ではありませんが、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認がまだ下りていないため、米国内での製造や販売は出来ません。そのため、Biodylを投与する場合には独自に調合するしかなく、このような事情が今回のような事件を引き起こした要因の一つであるようです。
もちろん、調合依頼をした獣医師や、成分検査を怠った薬剤師に過失があることは間違いありません。しかし、世界的にも既に安全性が証明されているBiodylという薬剤なだけに、米国でのFDAの承認手続きが完了していなかったことが悔やまれてなりません。また、例え未承認の薬剤であっても、個人的使用のためならばFDAが「輸入の許可」を下すことはあり得るそうなので、せめて担当獣医師が少し手間を掛けてでも、他国で市販されている製品を輸入する処置を取っていれば、こんな悲しい事件は起きなかったのに、という残念な気持ちで一杯です。
数千人のポロ関係者や競技ファンの目の前で、何十頭もの馬が亡くなるという悲劇に、競技会場は深い悲しみに包まれました。特に、苦しむ馬たちを何とか助けようと、必死に治療に取り組んだ獣医師および厩務員の人々の悔しさと心の痛みは想像に難いものがあります。競技場では追悼メモリアルが行われ、何百人もの関係者およびポロ競技ファンが、馬たちが命を失った現場脇の湖に、無数のカーネーションの花を流して、天国へと旅立った21頭の馬たちのため涙したのだそうです。
ビタミン剤の注射というのは、日本のサラブレッド競走馬を始め、世界中の様々な競馬および乗馬競技で行われているごく普通の療法ですし、競走や競技のあとの疲労を軽減したり、横紋筋融解症(いわゆるコズミ)の予防にも役立つことが示されています。今回の事件を教訓に、たとえルーチン的な診療法であっても、気持ちを切らすことなく治療に取り組んでいくことが、獣医師として亡くなった馬たちに報いる唯一の方法であると痛感し、改めて背スジを正されたような気がした出来事でした。
中毒死事件から一週間後に、全米ポロ協会から発表された声明ではこう綴られています。「我々は今回のような事故の再発を防ぎ、ポロ競技馬たちの健康と繁栄のため、100%の努力を続けていく。馬にとってベストの方法がポロ競技にとってもベストであるのだから。」
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