馬の病気:十二指腸近位空腸炎
馬の消化器病 - 2013年04月13日 (土)

十二指腸近位空腸炎(Duodenitis-proximal jejunitis)について。
十二指腸および近位空腸の炎症(Inflammation)と浮腫(Edema)によって、腸管から胃へ大量の消化液の逆流(Enterogastric reflux)を生じる疾患で、上位小腸炎(Anterior enteritis)または近位小腸炎(Proximal enteritis)と呼ばれることもあります。大量の消化液の原因としては、粘膜および粘膜下組織の炎症(Mucosal/Submucosal inflammation)から二次性におこる受動性経粘膜性浸出(Passive transmucosal exudation)であるという説と、環状ヌクレオチド増加(Increased cyclic nucleotide)による能動性分泌(Active fluid secretion)であるという説があり、病因論は明確には特定されていません。また、クロストリディウム属菌(Clostridium spp)やサルモネラ属菌(Salmonella spp)の感染や、膵臓疾患(Pancreas disorder)の関与の可能性も示唆されています。
十二指腸近位空腸炎の症状としては、急性発現性(Acute onset)の中程度~重度の疝痛症状(Moderate to severe abdominal pain)、発熱(Fever)、頻脈(Tachycardia)、頻呼吸(Tachypnea)などを示し、経鼻カテーテルによる胃除圧(Gastric decompression)によって疼痛症状が顕著に改善する所見で、類似疾患である空腸便秘(Ileal impaction)や小腸絞扼(Small intestinal strangulation)との鑑別診断が可能な場合もあります。また、十二指腸近位空腸炎では、胃の除圧後に抑鬱(Depression)や嗜眠(Lethargy)等の症状が認められます。胃逆流液(Gastric reflux)はオレンジ~茶色で腐敗臭(Fetid odor)を呈し、胃逆流の量も、空腸便秘および小腸絞扼の羅患馬よりも顕著に多量であることが特徴です。
十二指腸近位空腸炎の診断では、直腸検査(Rectal examination)において膨満した小腸(Distended small intestine)が触知されますが、小腸絞扼で見られるような腸管緊張(Intestinal taut)はあまり顕著ではありません。腹腔超音波検査(Abdominal ultrasonography)では、軽度~中程度の小腸径拡大(Mild to moderate increase of intestinal diameter: 5~7cm)と重度の小腸壁肥厚(Severe thickening of small intestinal wall: >6mm)が見られ、中程度~重度の小腸径拡大(6~10cm)および軽度の小腸壁肥厚(3~5mm)を示すことの多い小腸絞扼との鑑別を試みます。血液検査では、脱水にともなうPCVおよび蛋白濃度の上昇、代謝性酸血症(Metabolic acidosis)、低カルシウム血症(Hypocalcemia)、低ナトリウム血症(Hyponatremia)、低クロール血症(Hypochloremia)等が認められ、腹水検査(Abdominocentesis)では、軽度~中程度の白血球数および蛋白濃度の上昇が見られます。また、十二指腸近位空腸炎の羅患馬では、胆管への腸内物の逆流(Regurgitation of intestinal content into bile duct)を生じて、化膿性胆管肝炎(Suppurative cholangiohepatitis)を続発することから、血液検査においてGGT、AST、ALP等の活性亢進が認められる症例が多く、この所見が空腸便秘および小腸絞扼との鑑別指標となる場合もあります。
十二指腸近位空腸炎の治療では、経鼻カテーテルの留置(Indwelling nasogastric tube)によって継続的胃除圧を行って、胃破裂(Gastric rupture)を予防することが重要で、胃逆流の減少(2L over 4-hour)および腹鳴音(Borborygmi sound)の回帰が見られるまでは、口籠(Muzzle)を装着して絶食させます。内科的治療では、経静脈補液療法(Intravenous fluid therapy)による脱水改善を試みますが、高免疫血漿(Hyperimmune plasma)やヒドロキシエチル澱粉溶液(Hydroxyethyl starch)などのコロイド投与を介して、血漿膠質浸透圧(Plasma oncotic pressure)を上昇させることで、投与補液の腸管内への漏出を生じることなく、より効果的に再水和(Rehydration)を達成できることが示唆されています。経過が数日以上に及ぶ症例に対しては、ブドウ糖やアミノ酸溶液などによる経静脈栄養補助(Parenteral nutritional support)が行われ、また、クロストリディウム属菌の感染の関与を考慮して、ペニシリンの静脈内投与およびメトロニダゾールの直腸内投与(経口投与よりも高濃度で高頻度の投与が必要)が併用される場合もあります。持続性の胃逆流を改善する目的で、消化管運動賦活薬(Prokinetic agents: Lidocaine, Metoclopramide, etc)の投与が行われることもありますが、類似疾患である空腸便秘や小腸絞扼が除外診断された症例に対してのみ実施することが大切です。また、内毒素血症(Endotoxemia)を続発したと判断された症例には、LPS抗血清(LPS antiserum)やポリミキシンB抗生物質(Polymyxin-B antibiotics)の投与による循環内毒素の中和(Neutralization of circulating endotoxin)、低濃度の非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与による内毒素誘導性炎症の抑制(Inhibition of endotoxin-induced inflammation)、ハイドロキシルラディカル捕捉剤(Hydroxyl radical scavenger)であるDMSOの投与による活性酸素種の除去(Removal of reactive oxygen species)などが試みられます。
一週間以上にわたる内科的治療に不応性(Refractory)を示した症例、および重篤な胃逆流および脱水を補液療法によって制御しきれないと判断された場合には、開腹術(Celiotomy)による外科的治療が行われることもあり、羅患部位の小腸切除術および吻合術(Small intestinal resection and anastomosis)、もしくは病変の上流部位における迂回手術(Bypass surgery)などが試みられています。また、十二指腸近位空腸炎であるという確定診断が下せず、小腸絞扼を発症した可能性が排除できない症例においても、病態が悪化して全身麻酔が困難となる前に、試験的開腹術(Exploratory celiotomy)および絞扼部位の切除&吻合を実施することが推奨されています。
十二指腸近位空腸炎は長期間にわたる補液療法を要することが一般的で、予後不良(Poor prognosis)を呈する症例も多く、また、馬主への経済的負担が比較的高い疾患であることが報告されています。頻繁に見られる十二指腸近位空腸炎の合併症としては、感染性腹膜炎(Septic peritonitis)、心筋梗塞および腎梗塞(Myocardial/Renal infarction)、誤嚥性肺炎(Aspiration pneumonia)、小腸癒着(Small intestinal adhesion)、蹄葉炎(Laminitis)などが挙げられ、腹水検査による蛋白濃度の上昇(>3.5g/dL)、および血液検査によるアニオンギャップ増加(>15mEq/L)が認められた場合には、特に予後が悪いことが示唆されています。
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