馬の購入前検査について
未分類 - 2015年08月07日 (金)

ある映画俳優が跛行馬を購入させられた事件が話題になっています。
俳優のトム・セレックと言えば『マグナム・ピー・アイ』などの作品に主演し、個人的にはテレビドラマの『フレンズ』でのリチャード役として有名ですが、馬愛好家として乗馬を楽しむ芸能人としても知られています。そのセレック氏が先日購入した愛馬の「ゾロ」が跛行を呈したことから訴訟に発展し、陪審員の審査の結果、販売者が18万ドル以上の損害費を払うという結果になりそうです。
セレック氏の弁護士は、販売者の示した購入馬の医学記録にあった、「乗馬競技への参加に支障をきたす病態はない」という記述は誤りであったと主張しています。跛行の詳細は報道されていませんが、慢性経過を示した運動器疾患に起因する歩様異常で、カルテの記述に間違いがあった事が推測される病態であったのではないでしょうか。記録のミスが過誤的なものか意図的なものかは分かりませんが、セレック氏が念のため購入に先駆けて、獣医師による綿密な購入前検査(Pre-purchase examination)を依頼していなかった事は残念でなりません。
国土が広いうえ馬の飼養頭数が格段に多く、また競走馬のレポジトリ制度のような情報管理システムが完備されていない米国では、乗用馬における獣医学記録を追跡するのは困難な場合が多々あります。そのため、高額な乗用馬の購入の際には、獣医師による購入前検査が実施され、進行中の疾患が無いか?これから症状を示すような潜在性疾患が無いか?以前に治療を受けていた疾患があったか?などのチェックを受けることが多いのではないかと思います。
一般的な馬の購入前検査の項目としては、
(1)跛行検査と神経学的検査。
(2)飛節内腫の除外診断のための飛節レントゲン検査。
(3)骨軟骨症の除外診断のための飛節&球節レントゲン検査。
(4)ナビキュラー病の除外診断のための蹄部レントゲン検査。
(5)ウォブラー症候群の除外診断のための頚部レントゲン検査。
(6)軟骨下骨嚢胞の除外診断のための膝関節レントゲン検査。
(7)破片&盤状骨折の除外診断のための手根関節レントゲン検査。
(8)馬原虫性脊髄脳炎の除外診断のための脳脊髄液と血清の抗体価測定。
(9)停留精巣の除外診断のための直検および経直腸壁超音波検査。
(10)喉頭片麻痺のの除外診断のための上部気道内視鏡検査。
(11)腸結石症の除外診断のための腹腔レントゲン検査。
(12)喉頭片麻痺の治療のために以前に喉頭形成術が行われていない事を示すため、左側頚部を剃毛して術創が無いことを確認する。
などが含まれますが、馬の購入額によっては、遠位肢全域のCTスキャン、全身の核医学検査等が行われる事もあります。
購入前検査においては、その検査項目によって数百~数千ドルの費用が掛かりますが、高価な乗用馬が身体的異常を示した場合に、最悪では騎乗が出来なくなったり、治療に多額の医療費を要するかもしれないことを考慮すれば、出費に見合う不可欠な投資であると言えると思います。そして、(普及率はそれほど高くありませんが)馬に対する医療保険に加入する際にも、獣医師による購入前検査の成績が要求されている事もあるそうです。
また、購入前検査によって馬主の経済的損失を予防することに併せて、何よりも買われていく馬自身が、その持病を伏せられてしまうことで困難な乗用&競技使役に酷使されてしまうのを防ぐという利点があります。一番の被害者は購入されていく馬自身であることを考えれば、出来るだけ全ての馬の取引に際して、厳重な購入前検査が実施されることが大切なのではないでしょうか。
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