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米国での馬の屠場の再開問題

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米国では馬の屠場再開の是非について論議が起きています。

コロラド州の動物愛護団体であるフロントレンジ馬救援(Front Range Equine Rescue: FRER)と米国人道協会(Humane Society of the United States: HSUS)は、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)に対して、食肉用の馬の屠殺を止めるよう申し立てを行いました。そして、その理由としては、馬は食用に飼養されているわけではなく、検査対象外の薬品を投与されている場合もあり、食肉になる資格が無い(Unqualified for human consumption)ことが挙げられています。そして、具体的な対応策として、(1)馬が生まれてから食用に屠殺されるまでに投与される薬剤を全て記録すること、(2)食肉用になる馬には牛豚用に市販されている薬剤が投与されていないことを確認する義務付けをすること、(3)屠場に回される馬を監視するルール作りを行うこと、などが提案されています。

今回の申し立ての背景には、馬の屠場閉鎖を定めた法律が期限切れとなり、今年の十一月を持って、米国農務省(United States Department of Agriculture)による屠場監査のための公的資金を捻出する法案(Appropriations bill)の条文が除去されることで、米国議会が馬の屠場を復元することを暗に容認する方針(Quietly approved the reinstatement)に踏み切ったことがあります。これを受けて、米国の幾つかの州では、馬の屠場再開を認める立法(Legislation)について調査(Investigation)を開始しました。そして、幾つかの動物愛護団体は、このような調査段階において、米国の馬を食肉用に屠殺することの問題点を提起しようと動き始めた、という事情があるようです。

確かに、医薬品の需要が少ない馬獣医学の領域では、人間用や牛豚用の薬品を転用することがありますが、牛豚よりも馬の飼養環境のほうが清潔かつ低密度であることを考えると、薬剤投与の総量は馬のほうが少ない、と考えられるのではないでしょうか。もちろん、食用の馬肉の安全性を検査するシステムは必要不可欠ですが、上述の(1)や(2)のような制度を確立するためには、マイクロチップによる医療記録の管理や、馬専用薬剤の開発&販売など、多額の費用を要することが予測され、あまり現実的な解決策ではないような気がします。

一般的に、米国のホースマンには、馬の屠殺そのものへの反対感情が根強くあると考えられ、FRERのヒラリー・ウッド代表は、「馬を食肉用に屠殺することは不必要(Unnecessary)で、米国の歴史を象徴する馬という生き物にとって、悲惨な結末(Tragic end)である」と述べています。米国では馬を食べるという習慣が無く、全ての馬の屠場が2006年に閉鎖されましたが、その結果、望まれない馬(Unwanted horses)の多くが、カナダやメキシコにある馬の屠場に長距離輸送されている、という現実があります。そして、これらの馬の輸送環境を監視するための十分な予算が確保できず、また、米国の法律が及ばないカナダやメキシコの屠場に対しては、正しい方法で馬の屠殺が実施されているのか否かを、米国の側から法的に監査することが出来ない、という新たな問題が浮上してきました。つまり、「馬を屠殺するのは残酷だ」という考えから屠場を閉鎖したにも関わらず、逆に馬の福祉(Horse welfare)が悪化するという事態に陥っています。

このような事態に対して、米国内の馬主や調教師、獣医師などの様々な立場から、賛否両論の声が上がっています。そんな中、米国獣医協会(American Association of Equine Practitioners)のモイヤー会長は、昨年末に談話を発表し、「我々は、馬の屠場が、多数の望まれない馬のための、理想的な解決法(Ideal solution)であるとは思わないが、馬主によってそのような馬達に適切な管理が施されず、他の誰もその責任を請け負えない状況下では、馬の虐待、不適切なケアー、放置(Suffering, inadequate care, or abandonment)などの問題に対する、“容認できうる範囲の選択肢”(Acceptable alternative)として、馬の屠場の再開を検討するべきであると考える」と述べています。

私の個人的な意見としてですが、アメリカ国内の屠場は閉鎖するが、国外に輸送された屠殺馬の行く末はおざなりという米国の現状は、自国で生産した馬の将来に責任を持たず、自分の手が汚れる仕事は他人に押し付ける、という行為に思えてなりません。

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関連記事:
・馬肉への残留薬物の懸念(米国)
・馬を天国に送るという獣医師の責務

関連リンク:
[1] JAVMA News: Closing of U.S. horse slaughter plants still reverberates. GAO study asks Congress to fund inspections or institute permanent ban. August 15, 2011.
[2] JAVMA News: Mexico, Canada increase horse slaughter production. Nine states take sides on the issue. May 15, 2010.
[3] JAVMA News: Canada steps up enforcement of horse slaughter guidelines. March 15, 2010.
[4] JAVMA News: Anti-horse-slaughter legislation reintroduced. March 1, 2009.
[5] JAVMA News: Horse slaughter conditions in Mexico explored by AAEP group. Debate over the practice continues in Congress. March 1, 2009.
[6] JAVMA News: U.S. horse slaughter exports to Mexico increase 312%. Despite American plant closures, slaughter continues across the border. December 27, 2007.
[7] JAVMA News: Horse slaughter ban clears house. Clock ticking on Senate vote. October 15, 2006.
[8] JAVMA News: Horse slaughter for human consumption faces hurdles. Ruling expected in Texas lawsuit. August 15, 2003.
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このエントリーのタグ: 乗馬 競馬 動物福祉 ヒトと馬 飼養管理

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