馬の病気:僧帽弁閉鎖不全
馬の循環器病 - 2015年08月10日 (月)

僧帽弁閉鎖不全(Mitral valve insufficiency)について。
僧帽弁逆流(Mitral regurgitation)に起因する循環器症状を呈する疾患で、病因としては、退行性の弁肥厚化(Degenerative valve thickening)、僧帽弁逸脱(Mitral valve prolapse)、腱索断裂(Chordae tendineae rupture)、細菌性心内膜炎(Bacterial endocarditis)、非感染性弁膜炎(Noninfective valvulitis)、原発性または虚血性心筋疾患(Primary/Ischemic myocardial disease)、先天性の弁形成異常(Congenital valve malformation)などが挙げられています。
僧帽弁閉鎖不全の臨床症状は、軽度では心雑音(Murmur)を呈するのみで不症候性(Asymptomatic)に経過する場合が多いですが、中程度~重度の病態では、プアパフォーマンスや顕著な慢性心不全(Overt chronic heart failure)を示します。細菌性心内膜炎に起因する症例では、心雑音に併行して発熱(Fever)、体重減少(Weight loss)、多発性関節炎(Polyarthritis)等が見られ、腱索断裂に起因する症例では、急性発現性(Acute onset)に重度慢性心不全と劇的肺水腫(Fulminating pulmonary edema)を起こす事を特徴とします。多くの症例においては、病態の進行に伴って、肺高血圧(Pulmonary hypertension)、心房細動(Atrial fibrillation)、両室性慢性心不全(Biventricular chronic heart failure)などを続発し、咳嗽(Coughing)、呼吸困難(Respiratory distress)、皮下浮腫(Subcutaneous edema)等の症状を示すこともあります。
僧帽弁閉鎖不全の診断では、聴診において、僧帽弁領域または左心尖部(Left apex of heart)での漸減性(Decrescendo)の汎収縮期または全収縮期雑音(Holosystolic/Pansystolic murmur)が聴取されますが、僧帽弁逸脱に起因する症例では、漸増性雑音(Crescendo murmur)を示す事もあります。また、腱索断裂の症例では、特徴的な警笛音的な収縮期雑音(Honking systolic murmur)が聴取されます。僧帽弁逆流においては、心雑音の強度(Murmur intensity)と弁異常の重篤度(Valvular disease severity)は必ずしも比例しません。心電図(Electrocardiography)や胸部X線検査では、二次性の不整脈(Cardiac arrhythmias)、心肥大(Cardiac enlargement)、肺水腫(Pulmonary edema)の診断が行われますが、僧帽弁閉鎖不全に特異的な検査所見ではありません。
僧帽弁閉鎖不全の確定診断(Definitive diagnosis)は、心エコー検査(Echocardiography)によって下され、弁尖動揺(Valve leaflet flailing)、弁肥厚(Valve thickening)、弁逸脱などが観察されます。また、急性心内膜炎の症例では弁血栓(Valve thrombus)や振動(Oscillation)が、慢性心内膜炎の症例では弁のエコー高密度化(Echodensed)または石灰化(Calcified)が確認されます。そして、腱索断裂の症例では腱索残遺物の反転像(Chordal remnant flipping)が見られる場合もあります。カラードップラー像検査(Color Doppler examination)では僧帽弁逆流の重篤度の判定が行われ、逆流の“底辺幅”が広かったり(Wide origin of regurgitatnt jet)、散在性乱流が左心房深部まで達している(Diffuse turbulence deep into the left atrium)等の所見が見られる場合は、血行動態的に有意(Hemodynamically significant)な僧帽弁閉鎖不全が起きている事が示唆されます。さらに、左心室尖部の円形化(Rounding of left ventricule apex)や後期拡張期寸法の増大(Increased end-diastolic dimension)等を呈する場合、および、左心房の膨張(Turgid)や内径寸法の増大(Increased internal atrial dimension: >14cm)が見られる場合にも、重篤な僧帽弁逆流が生じている事が診断されます。肺動脈拡張(Pulmonary artery dilation)が見られた症例では、肺高血圧、間質性肺浮腫(Interstitial lung edema)、肺脈管再構築(Pulmonary vascular remodeling)などの併発が疑われます。
僧帽弁閉鎖不全の治療としては、細菌性心内膜炎に起因する症例では、経静脈的な抗生物質療法(Intravenous antimicrobial therapy)が行われ、血液細菌培養(Blood bacterial culture)と感受性試験(Susceptibility test)で投与薬物を決定することが推奨されます。初期病態の心内膜炎では、アスピリンやヘパリン投与によって、血小板癒着(Platelet adhesion)の予防が試みられる場合もあります。また、血行動態への影響(Hemodynamic consequences)を生じた慢性病態の僧帽弁閉鎖不全症例においては、利尿剤(Diuretics)、ジゴキシン、ACE抑制剤(Angiotensin-converting enzyme inhibitors)などの投与によって臨床症状の改善を示す症例もありますが、数ヶ月~一年後に治療不応性(Refractory to treatment)になる場合が多いことが報告されており、治療実施には論議があります。
僧帽弁閉鎖不全の予後は病態の重篤度によって異なり、僧帽弁逆流が軽度で心臓のサイズが正常である症例においては、予後は比較的良好で、競走および競技を継続することが可能ですが、連続的な心エコー検査(Serial echocardiographic examinations)によって継続的に病状監視を行うことが推奨されています。一方、僧帽弁逆流が中程度以上で、左心房および左心室の内径増大が見られた症例では、一般に予後不良で、進行性に経過することが多く、また、肺動脈拡張が確認された症例では、(発症率は低いものの)致死的な肺動脈破裂(Pulmonary artery rupture)の危険を考慮して、競走馬および競技馬として使役することは推奨されていません。
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