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馬の疝痛用語

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研修医をしていた頃、緊急医療の当番では、患馬の初診を済ませた後、担当の先生方に電話連絡しなくてはなりません。あるとき来院馬の疝痛検査を一通り終えて、馬内科の先生に電話を掛けて、患馬の病状について、「おそらく軽度の痙攣疝(Spasmodic colic)もしくは風気疝(Gas colic)なので、予後は良好であると予測される」という旨を伝えたところ、「そんな用語を使わず、キチンと獣医学的な診断名を用いないと駄目だ!」と叱責されてしまいました。

その当時は、○○疝というのも立派な獣医用語だと思っていたのですが、それ以来、確かにこれらの用語を疝痛の診断名として用いるのには適当でないと考えさせられるようになりました。

米国の疝痛用語と同様に、日本語でも馬の疝痛は、過食疝、便秘疝、風気疝、変位疝、痙攣疝、血栓疝、寄生疝、などに分類されていますが、これらの○○疝という用語には幾つかの問題点があります。

一番大きな問題は、疝痛馬に診断名を付ける際には、上述のうち複数の○○疝に当てはまる患馬があるということです。例えば、統計的に最も頻繁に起こる馬の疝痛の原因は、青草などの食べ過ぎによる大結腸便秘(Large colon impaction)であると言われています。この病気では、食べ過ぎが原因であることから「過食疝」に当てはまりますし、大結腸に便秘を起こしているため「便秘疝」であるとも言えます。また多くの症例において、大結腸の通過障害に伴って盲腸にガス貯留を生じるので、この病態は盲腸における「風気疝」に分類することも可能です。さらに、大結腸便秘の経過が長引けば、少なからず大結腸の平滑筋の痙攣を伴いますし(=痙攣疝)、内毒素血症を続発すれば血液凝固障害と血栓形成も併発します(=血栓疝)。

つまり、一頭の馬に五つの病名が付くことになってしまいます。それならば、原発疾患を「大結腸便秘」とし、病態の経過に伴って「盲腸鼓張症(Cecal tympany)」や「内毒素血症(Endotoxemia)」等の二次疾患を続発する、という風に消化管の部位における病名を用いるのが自然であると言えると思います。

二番目に大きな問題は、○○疝という病名に相当する「治療法」を単純に定義することが出来ないということです。例えば、ひとくちに「便秘疝」と言った場合にも、便秘が起きている解剖学的部位に応じて、胃便秘(Gastric umpaction)、空腸便秘(Ileal impaction)、盲腸便秘(Cecal impaction)、大結腸便秘、小結腸便秘(Small colon impaction)など様々な病態が挙げられ、これらの病気に対しては、それぞれ全く異なった治療法を用いなくてはなりません。

また、ひとくちに「変位疝」と言った場合にも、変位している消化器の部位(小腸なのか、大結腸なのか)、変位の仕方(純粋な腸管の位置的変化を起こす場合、絞扼、捻転、重積、ヘルニア等を起こす場合)、変位の方向(大結腸の場合、右背方変位なのか左背方変位なのか)、変位の度合い(270度、360度、720度などの大結腸捻転の度合い)、などの要因によって治療の仕方や予後の良し悪しが大きく違います。

こう考えると、適切な治療方針の決定のためには、○○疝ではなく、より具体的な病名を使用するのが不可欠であると言えるのではないでしょうか。

三つ目の問題としては、疝痛症状を示す消化器疾患の中には、上述の○○疝のどれにも分類されないものもあります。例えば、十二指腸近位空腸炎(Duodenitis-proximal jejunitis)、増殖性腸疾患(Proliferative enteropathy)、浸潤性腸疾患(Infiltrative bowel disease)、サルモネラ菌やクロストリディウム菌に起因する大結腸炎、病態の悪化した胃潰瘍(Gastric ulceration)、等の疾患では明らかに疝痛症状が認められますが、上述の○○疝のいずれにも含めることは難しいように思われます。

残念ながら疝痛の診断においては、開腹手術を行うまでは、正確な病態を完璧に把握するのは困難な症例も多々あります。直腸検査では腹腔容積の三~四割しか触診できませんし、患馬の気質によっては実施が困難な場合もあります。超音波検査においても観察できるのは腹壁表面から20~30cmの深さまでに限られ、内視鏡検査でも食道~胃~十二指腸を視診できるのみで、消化管の全長を画像診断するのは不可能です。また、腹腔X線検査でも小動物診療のような鮮明で詳細な画像を得ることは出来ません。

しかし、そういったケースにおいても、「大結腸変位、盲腸便秘、小腸絞扼などは除外診断されるが、直検や超音波検査の診断可能範囲外の部位における、大結腸便秘や回腸便秘の可能性は否定できない」というように、常に個々の消化器疾患名を使用することが望ましいのかもしれません。

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このエントリーのタグ: 検査 獣医療 疝痛 学術 寄生虫

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