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知るは力なり

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米国の馬主や調教師さん達の獣医学に対する知識量にはいつも驚かされます。

研修医をしていた頃、跛行検査のため来院してきたある馬主さんに、「この馬、もしかしたらシリコーシスかもしれないから、調べてくれ!」と言われて、何の病気なのか分からずキョトンとした事を思い出します。“シリコーシス”(Silicosis:珪肺症)とは、石英の粉塵を吸い込むことで起こる肺組織線維化(Pulmonary fibrosis)に併行して、骨脆弱化(Bone fragility)による慢性跛行を呈する病気で、米国では西海岸の洲で多く見られることが報告されています。馬においては極めて稀な疾患で、過去の文献でもほんの数例の症例報告が載っているのみです。

どうしてそんな珍しい病気のこと知っているのか?と尋ねたところ、ある乗馬関係の雑誌に記事が出ていたから、という答えが返ってきました。そう、米国では数え切れないほど多数の馬の雑誌が発行されていて、なかには馬の健康管理や病気情報を満載した雑誌もあります。また、獣医師を雑誌の編集員として採用して、専門用語の多い最新の研究論文や症例報告から、読者に読み易い記事を作ろうとしている雑誌社も見られます。それらの雑誌を毎日、新聞のように読んでいる馬主や調教師さん達の獣医学的な知識量は、獣医師に負けず劣らずであると言えます。そんな馬関係者と接することになる米国の馬獣医師は、最新の情報を常に仕入れていないと対等に議論が出来ないため、一生懸命に文献を読みあさる事になり、それが米国の馬獣医学領域のレベルを押し上げているのかもしれない、と考えさせられました。

日本にも競馬関係の雑誌は数多くありますが、乗馬関係の雑誌の数は少なく、また、獣医学的な記事の掲載量も、米国の乗馬雑誌に比べて見劣りしている感は否めません。米国では、乗馬関係の雑誌の種類を見ても、障害飛越、馬場馬術、ウェスタン乗馬、ハンター競技などの競技別に異なった雑誌があるのみならず、アラビアン、クォーターホース、スタンダードブレッド、ペイントホース等の、品種ごとに異なった雑誌が発行されているケースも見受けられ、馬主や調教師さん達が目にする情報の質と量は素晴らしいものがあります。

さらにこれらの乗馬雑誌には、病気に関する知見のみならず、最新の治療法や診断法に関する記事も多く見られます。以前、ナビキュラー病と診断された馬に対して、ヒアルロン酸の蹄関節注射をしようとしたら、「このあいだ雑誌で、高分子量ヒアルロン酸(High moleculsr weight hyaluronic acid)を含んだ、効果抜群の新薬の記事を読んだんだが、それを打ってくれ」と言われたのですが、大学病院の薬局にはまだその最新薬を置いていなかった事がありました。また、「うちの馬は繋靭帯炎だから、この雑誌に載ってた幹細胞治療(Stem cell therapy)をやって欲しい」という依頼をされて、幹細胞治療を行うために設備が無かったため、その患者は別の大学病院へ行ってしまった、という出来事もありました。つまり、米国の馬臨床分野においては、最新の獣医学情報を持つ畜主の要望に答えられなければ、馬獣医師や大動物病院は商売あがったりという状況にもなりかねない訳なのです。

私が日本の獣医大学に入学した時分には、日本の馬獣医学は五十年遅れている、などという獣医さんもいらっしゃいましたが、実際に米国での状況を思いだしてみると、日本で目にした馬獣医学とレベルの違いを感じることはあまりありません。しかし、個人的な意見としてですが、獣医分野における新しい技術や知識が広まるスピードは、日本よりも米国のほうが優れているような気がしてなりません。これは上述のような、情報豊富な乗馬雑誌の功能のみならず、近年になって多くの獣医大学が馬の病気や治療法に関する情報を、ホームページなどで公開している事もひとつの要因であると言えます。この場合には、情報提供という主目的のみならず、各大学でどんな最新の診療設備を持っているかや、どんな難しい症例の治療成功例があるかなどの宣伝を兼ねることで、来院する患畜の数を増やしていけるという利点もあると思います。

残念ながら日本の乗馬人口は欧米諸国ほど多くないため、たくさんの乗馬雑誌が書店にあふれるという状況は難しいのかもしれません。しかし、左項のリンクに見られるように、元手の掛からないホームページやブログという形で、馬の獣医学情報を供給できる環境は確実に増えているのではないかと思います。私のブログも、もっともっと内容を充実させていって、馬に携わる全ての人々のために、少しでも力になれれば良いな、と考えさせられた今日この頃です。

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