馬の病気:慢性腎不全
馬の泌尿器病 - 2015年08月15日 (土)

慢性腎不全(Chronic renal failure)について。
馬の慢性腎不全において、最も一般的な病態である増殖性糸球体腎炎(Proliferative glomerulonephritis)は、炎症性細胞流入(Inflammatory cell influx)と糸球体間質増殖(Mesangium proliferation)を起こす疾患で、ストレプトコッカス属菌抗原(Streptococcal antigens)による循環免疫複合体(Circulating immune complex)が、糸球体毛細血管へ沈着(Deposition along the glomerular capillaries)することで発症すると考えられています。一方、腎毒性物への暴露(Nephrotoxin exposure)および血管運動性腎障害(Vasomotor nephropathy)による急性尿細管壊死(Acute tubular necrosis)が慢性経過を示した場合には、慢性間質性腎炎(Chronic interstitial nephritis)や腎繊維症(Renal fibrosis)が起こる場合もあり、これも馬における慢性腎不全の重要な病因であると考えられています。また、腎臓結石症(Nephrolithiasis)、尿管結石症(Ureterolithiasis)、膀胱麻痺(Bladder paralysis)などに続発する尿道感染(Urinary infection)が、上行性に進行して腎盂腎炎(Pyelonephritis)に至ることも、馬の慢性腎不全の病態として報告されています。
慢性腎不全の臨床症状としては、体重減少(Weight loss)、腹部浮腫(Ventral edema)、嗜眠(Lethargy)、多飲多尿(Polyuria and polydipsia)などが最も一般的に見られますが、歯石蓄積(Dental tartar accumulation)、血尿(Hematuria)、口腔潰瘍(Oral ulcer)等の症状と呈する場合もあります。
慢性腎不全の診断では、血液検査において、中程度~重度の高窒素血症(Moderate to severe azotemia)、BUNとクレアチニン比の減少(BUN/Creatinine ratio <10:1)、低ナトリウム血症(Hyponatremia)、低クロール血症(Hypochloremia)、代謝性酸血症(Metabolic acidosis)などが認められます。馬は腎臓からのカルシウム排出の割合が多いため、慢性腎不全においては高カルシウム血症(Hypercalcemia)を生じる事が多く、一般的に腎性上皮小体機能亢進症(Renal hyperparathyroidism)を起こす事はありません。エリスロポエチン生成が阻害された症例では、軽度~中程度の貧血(Anemia: PCV<30%)が見られる場合もあります。 尿検査では、等張尿(Isosthenuria: 1.008~1.014)や蛋白尿(Proteinuria)を呈し、腎盂腎炎の羅患馬では白血球増加(>5 WBC per hi-power-field)や細菌数増加(>1000 CFU per mL)が認められる場合もあります。血尿を伴わない重度蛋白尿(Urine protein/creatinine ratio >2:1)が見られた場合には、糸球体損傷の発症が疑われます。尿管結石症の羅患馬では、直腸検査(Rectal examination)によって尿管肥大(Enlarged ureters)が触診されることもあります。超音波検査(Ultrasonography)では、腎蔵サイズの縮小、腎繊維症による高エコー性(High echogenicity)や皮髄質境界の不明瞭化(Loss of corticomedullary junction)、腎結石(Nephroliths)などの診断が行われ、腎盂腎炎の症例では液体性膨満(Fluid distension)が観察される場合もあります。慢性腎不全における腎機能の判定に際しては、糸球体濾過速度(Glomerular filtration rate)の測定が最も信頼的で、24時間にわたる内因性クレアチニン清浄率(Endogenous creatinine clearance)の計測が実施される場合もあります。多くの慢性腎不全の羅患馬では病態が高度に進行しており、病理学的検査(Pathologic examination)による病因の特定は困難であるため、腎生検(Renal biopsy)の有用性はあまり高くない事が報告されています。
慢性腎不全の治療としては、補液療法(Fluid therapy)と電解質補給(Electrolyte supplementation)が最優先とされ、低ナトリウム血症および低クロール血症を呈した症例では、飼料への塩添加(Salt supplementation to the feed)が行われます。顕著な体重減少を起こした症例に対しては栄養補助(Nutritional support)が重要で、炭水化物(=穀物)の給与量増加(Increased carbohydrate intake)やコーンオイルの給餌添加(Corn oil feeding)が行われ、オメガ3脂肪酸(Omega-3-fatty acid)の給与によって腎不全の進行を遅延できる可能性も示唆されています。代謝性酸血症を呈した症例では、炭酸水素ナトリウム(Sodium bicarbonate)(=重曹)の飼料添加が有効ですが、浮腫悪化を起こした場合には投与を中止する必要があります。初期病態の腎盂腎炎においては、全身性の抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)によって細菌感染の減退と臨床症状の改善が見られる症例もあります。稀に高脂質血症(Hyperlipemia)を続発した症例においては、ヘパリン投与によってリポ蛋白分解酵素(Lipoprotein lipase)の抑制が試みられる場合もありますが、貧血悪化の副作用を考慮して慎重に実施する事が必要です。重篤な浮腫を示した症例においては、利尿剤(Diuretics)の投与や血漿輸血(Plasma transfusion)が実施されます。馬の慢性腎不全に対する透析療法(Dialysis therapy)の応用も報告されていますが、多くの臨床症例においては経済的に実施が難しいと考えられます。
慢性腎不全の羅患馬においては、一般に臨床症状を示した時点で病態がかなり進行している場合が多く、予後不良を呈することが多い事が報告されています。しかし、比較的正常な食欲を呈し、クレアチニン値が5.0mg/dL以下で、BUNとクレアチニン比が15:1以下である場合には、数年間にわたって良好な経過を示すことが期待できます。しかし、クレアチニン値の上昇(>5.0mg/dL)が認められた場合には、数週間~数ヶ月で急激に病態悪化を起こすことが一般的です。
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