馬の病気:クッシング病
馬の内分泌病 - 2015年08月16日 (日)

クッシング病(Cushing’s disease)について。
下垂体中葉の機能異常(Pituitary pars intermedia dysfunction: PPID)に起因して、ACTH(Adrenocorticotropin)の過剰分泌と循環コルチゾル濃度(Circulating cortisol concentration)の上昇を引き起こす疾患で、15歳以上の高齢馬に好発することが知られています。人間のクッシング病に見られる下垂体前葉の機能異常(Pituitary pars distalis dysfunction)とは異なり、馬においては下垂体中葉への障害が主で、腫瘍性病態(Neoplastic condition)も示さず、副腎皮質の関与(Adrenocortical contribution)もそれほど重要ではありません。このため、クッシング病という呼称は必ずしも適当ではなく、PPIDという病名を用いるべきであるという提唱もなされています。
クッシング病の病態としては、ドーパミン系抑制の消失(Loss of dopaminergic inhibition)が重要であると考えられており、慢性の酸化体蓄積(Chronic oxidant accumulation)に起因するドーパミン作動性神経変性(Dopaminergic neurodegeneration)が病因である可能性が示唆されています。組織学的には、下垂体中葉の肥厚(Hypertrophy)、過形成(Hyperplasia)、微小または巨大腺腫(Micro/Macro-adenoma)を呈し、下垂体中葉の肥大化に伴って、下垂体の他の部位や視床下部(Hypothalamus)における圧迫(Compression)と機能消失(Loss of function)を引き起こします。
クッシング病の臨床症状としては、多毛症(Hirsutism)と蹄葉炎(Laminitis)が最も頻繁に見られ、体重減少(Weight loss)、筋萎縮(Muscle atrophy)、多尿多飲(Polyuria and polydipsia)を呈する症例もあります。多毛症の発生機序は未だに解明されていませんが、蹄葉炎を起こすメカニズムとしては、コルチゾル濃度上昇からインシュリン耐性(Insulin resistance)を起こすことで、蹄葉状層組織(Hoof laminar tissue)がブドウ糖欠乏(Glucose deprivation)に陥って、半接着斑の剥離(Hemidesmosomes separation)に至るという説が唱えられています。筋萎縮はコルチゾル活性による蛋白異化反応(Protein catabolism)に起因すると考えられており、多尿多飲を起こす機序としては、コルチゾルによるADH活性抑制(Antidiuretic hormone antagonism)や、高血糖症(Hyperglycemia)に続発する浸透圧性利尿(Osmotic dieresis)の関与などが挙げられています。また、クッシング病の羅患馬においては、異常な体脂肪蓄積(Abnormal body fat accumulation)や、細菌および寄生虫感染の増加などが認められる事が報告されています。
クッシング病の診断では、デキサメサゾン抑制試験(Dexamethasone suppression test)が最も基準となる検査法(“Gold standard”)として用いられており、正常馬では24時間内の四回投与(24-hour protocol)もしくは単一投与(Overnight protocol)のデキサメサゾンによって、血清コルチゾル濃度(Serum cortisol concentration)が1ug/dL以下まで低下しますが、PPID発症馬ではこの反応が見られません。この現象の原因であるフィードバック抑制の消失(Loss of feedback inhibition)は、PPIDの進行期または末期病態(Advanced/End-stage progression)で見られる可能性が示唆されているため、クッシング病が疑われた症例において、デキサメサゾン抑制試験が陰性であった場合には、3~6ヶ月に再試験が行われる場合もあります。また、初夏(地方性によっては春先)では、血中のACTH濃度が高めになるため、血清コルチゾル濃度が下がりにくく、デキサメサゾン抑制試験で偽陽性(False positive)を示す危険が高いことも報告されています。他のクッシング病の診断法としては、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(Thyrotropin-releasing hormone: TRH)による刺激試験(Stimulation test)があり、PPID発症馬ではTRHの投与後30~90分前後で血清コルチゾル濃度の上昇が起こりますが、正常馬ではこの現象は認められません。この検査法は、デキサメサゾン投与によって症状悪化の危険を伴う蹄葉炎発症馬において有効で、また、デキサメサゾン抑制試験と併用することで感度(Sensitivity)と特異度(Specificity)が高くなることが示されています。その他の検査法としては、安静時の血清中のコルチゾルおよびACTH濃度の測定、尿中のコルチコイドとクレアチニンの比率測定(Urinary corticoid/creatinine ratio)、ACTH刺激試験(ACTH stimulation test)(PPID羅患馬では四倍以上のコルチゾル濃度上昇)、ブドウ糖耐性試験(Glucose tolerance test)(PPID羅患馬ではインシュリン濃度上昇が遅延)、頭部CTスキャンによって下垂体肥大を確認する手法、なども試みられています。
クッシング病の治療では、患馬の健康状態の改善(Improvement of general health)と感染症の予防を最優先とすることが大切で、高齢馬用の配合飼料の給餌、適切な駆虫(Adequate deworming)の実施、定期的な毛刈りによる高体温症(Hyperthermia)の予防などが推奨されています。内科的療法としては、ドーパミン作動薬(Dopamine agonist: Pergolide, etc)が最も一般に用いられており、低濃度薬量の投与(Low-dose administration)から開始して、臨床症状の改善度合い(Clinical therapeutic response)と、副作用発現(Signs of adverse effects:食欲不振、疝痛、下痢など)などを監視しながら、必要に応じて薬容量の増加を行う指針が示されています。また、抗セロトニン作動薬(Antiserotoninergic agents: Cyproheptadine, etc)や3-beta-HSD競合性抑制薬(3-beta hydroxysteroid dehydrogenase competitive inhibitor: Trilostane, etc)等の投与による治療が試みられる場合もありますが、その効能については論議があります。慢性経過をとった症例においては、マグネシウム補給(Magnesium supplementation)によるインシュリン非感受性(Insulin insensitivity)の予防や、クロミウム補給(Chromium supplementation)によって炭水化物代謝(Carbohydrate metabolism)を促し体重減少を緩和する療法も提唱されています。
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