馬の病気:代謝性症候群
馬の内分泌病 - 2015年08月16日 (日)

馬の代謝性症候群(Equine metabolic syndrome)について。
インシュリン耐性(Insulin resistance)に起因して、肥満症(Obesity)や局所性脂肪蓄積(Regional adiposity)を生じる疾患です。馬の代謝性症候群では、蹄葉炎(Laminitis)を続発する危険が高いことが知られており、末梢性クッシング様疾患(Peripheral Cushingoid disease)と呼ばれることもあります。馬の代謝性症候群における病態は、ブドウ糖処理組織(Glucose disposal tissue: 筋肉、脂肪、肝臓、etc)におけるインシュリン反応が低下する代償性インシュリン耐性(Compensated insulin resistance)と、膵臓のβ細胞機能不全(Pancreatic beta-cell insufficiency)に起因する非代償性インシュリン耐性(Uncompensated insulin resistance)の二つに分類されます。人間の代謝性症候群とは異なり、一般的に腹腔脂肪蓄積(Abdominal adiposity)や高血圧(Hypertension)などは見られません。馬の代謝性症候群の原因としては、遺伝性素因(Genetic predisposition)や酸化体毒性(Oxidant toxicity)の関与が示唆されており、炭水化物の過剰摂取(Excessive carbohydrate intake)や運動不足なども重要な病因として挙げられています。また、下垂体中葉の機能異常(Pituitary pars intermedia dysfunction:いわゆるクッシング病)に併発して起こる場合もあります。
代謝性症候群の症状としては、脂肪沈着は頚頂(Neck crest)や尾根(Tailhead)などに好発し、無症候性の蹄葉炎(Subclinical laminitis)を呈した場合には、蹄壁における輪状線(いわゆるFounder line)の出現が認められる症例もあります。また、平均頚部周径(Mean neck circumference)の測定による頚部脂肪蓄積の定量化(Quantification)も有効です。この際には、頭頂(Poll)と鬐甲(Withers)の距離の中間点と、この中間点から頭頂および鬐甲への中間点における頚部周径を測定し平均値を計算します。この値は、インシュリン耐性と負相関(Negative correlation)を示すことが報告されています。血液検査では、血糖値(Blood glucose concentration)および中性脂肪濃度(Triglyceride concentration)が僅かに高値を示す以外には、殆ど異常所見は認められません。
代謝性症候群の診断としては、代償性インシュリン耐性の羅患馬においては、安静時の血清インシュリン濃度(Serum insulin concentration)の測定によって、高インシュリン血症(Hyperinsulinemia)を判定することが有効ですが、血液採取の24時間前までに放牧地から馬房へと移動させて乾草給餌のみを行うことが必要です。代償性と非代償性のインシュリン耐性の鑑別のためには、インシュリン感度(Insulin sensitivity)の指標としてのインシュリン測定値の平方根逆数(Reciprocal of square root of insulin measurement: RISQI)と、膵臓β細胞反応(Pancreatic beta-cell response)の指標としてのインシュリン濃度と血糖値の比率変法(Modified insulin-to-glucose ratio: MIRG)の計算が行われます。この際、代償性インシュリン耐性においては、RISQIが低値でMIRGが高値を示すのに対して、非代償性インシュリン耐性においては、RISQIとMIRGの両方が低値を示すことが報告されています。
ブドウ糖とインシュリンの併用試験(Combined glucose-insulin test)においては、基線血液検体(Baseline sample)の採取後、ブドウ糖を投与して直ちにインシュリン投与が行われ、血糖値が45分以上を経ても基線値まで戻らない場合において、インシュリン耐性という診断を下す指針が示されています。この際には、馬が興奮状態にあると偽陽性(False positive)を示すため、前もって頚静脈カテーテル(Jugular catheter)を留置してから試験を開始することが推奨されています。甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(Thyrotropin-releasing hormone: TRH)もしくは甲状腺刺激ホルモン(Thyroid-stimulating hormone: TSH)の投与による刺激試験(TRH/TSH stimulation test)は通常は陰性で、T3およびT4の血清濃度が四時間以内に倍増を示します。
代謝性症候群の治療としては、運動と飼料内容の管理が最も重要で、毎日の騎乗もしくは曳馬運動に併行して、総摂取カロリーは乾草重量で体重の1.5~2.0%程度まで減少させ、過剰な穀物(Excessive grain)やSweet feedなどの給餌を抑えることで、炭水化物や糖分の摂取量を制限することが推奨されています。牧草摂取量の管理のためには、放牧時間の短縮(Shortening turnout time)および砂地放牧場の使用が行われます。また、可能な限り乾草の成分検査を実施して、非構造炭水化物(Nonstructural carbohydrate: NSC)の含有量を確かめ、NSCが12%以下の飼料を選択するか、給餌前に乾草を水に浸してNSCを溶解させる手法(NSC leach out)が推奨されています。
代謝性症候群の内科的療法としては、局所性脂肪蓄積を呈し全身性の肥満症が顕著ではない症例においては、脂質と繊維質を多く含む市販飼料(Diets rich in fat and fiber)を給餌することで、インシュリン感度を向上させる効果が期待できることが示唆されています。運動や飼料の管理療法によっても、不応性の肥満を呈する症例においては、合成甲状腺ホルモンT4製剤であるLevothyroxineの投与(最長六ヶ月間にわたって)、もしくは、マグネシウム補充(Magnesium supplementation)によって、インシュリン感度の改善と体重減少を試みる療法があります。また、ビタミンE補給の飼料添加によって抗酸化体作用(Anti-oxidant effects)を期待する手法も報告されています。そして、コルチゾル生合成蛋白(Cortisol biosynthetic enzymes)を抑制する作用のある、3-beta-HSD競合性抑制薬(3-beta hydroxysteroid dehydrogenase competitive inhibitor: Trilostane, etc)等の投与による治療が試みられる場合もあります。
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