馬の病気:無汗症
馬の内分泌病 - 2015年08月16日 (日)

無汗症(Anhidrosis)および発汗減少症(Hypohidrosis)について。
発汗機能に異常をきたす疾患で、夏季に高温多湿な気候を呈する地方において好発します。羅患馬の温度調節系(Thermoregulatory system)は正常である事が示されているため、発汗刺激の伝達を司るベータ2アドレナリン受容体(Beta-2 adrenoreceptors)が下方制御(Downregulation)または減感作(Desensitization)を起こすことが病因であると考えられています。また、汗腺萎縮(Sweat gland atrophy)を引き起こす免疫介在性疾患(Immune-mediated disease)や、甲状腺機能低下症(Hypothyroidism)が関与するという説も提唱されています。
無汗症の症状としては、運動不耐性(Exercise intolerance)と頻呼吸(Tachypnea)が見られるため、呼吸器疾患(Respiratory disease)であるという稟告が示される場合もありますが、慎重に患馬の臨床症状を観察することで、正常馬よりも発汗量が少ないことが認められます。また、顔面や管部における体毛の菲薄化(Thinning)や消失(Hair loss)や、運動後に皮膚表面に塩結晶分泌(Salt crystal secretion)が見られる症例もあります。
無汗症の診断としては、ベータ2アドレナリン作動薬(Beta-2 adrenergic agonists: Terbutaline, etc)の皮内注射(Intradermal injections)による発汗刺激試験(Sweat stimulation test)が行われ、1,000~100,000,000倍の希釈液の皮内投与部位における発汗を観察します。正常馬では10~30分後に全ての希釈濃度において発汗が見られるのに対して、無汗症ではどの注射部位にも発汗が無く、また、発汗減少症では高濃度の希釈液(1,000~10,000倍)においてのみ発汗が見られるか、発汗に長時間(30~60分)を要する所見が認められます。発汗刺激試験での陽性結果が顕著でない症例においては、高温環境下での30分の調馬索運動(Lunging)を行い、発汗量が少ない所見や、運動終了後30分以上経っても正常体温まで回復にしない所見によって、無汗症および発汗減少症の推定診断が下されます。また、皮膚生検(Skin biopsy)の組織病理学的検査(Histopathologic examination)では、汗腺の筋上皮細胞萎縮(Myoepithelial atrophy)、基底葉状層の肥厚化(Thickened basal lamina)、分泌性細胞小胞の減退(Secretory cell vesicle reduction)などが確認されます。
無汗症の内科的治療では、不応性を示す場合も多いため、無汗症および発汗減少症が疑われる症例においては、管理療法(朝夕の涼しい時間帯に運動させる、運動中または運動後に冷水をかける、etc)が主に行われます。内科的療法としては、経口電解質補給療法(Oral electrolyte supplementation therapy)として、L-サイロシン、アスコルビン酸、ナイアシン、コバルト等の補充飼料を給餌することで、ドーパミン合成(Dopamine synthesis)を亢進させる治療法が試みられていますが、効能については論議があります。また、ベータ2アドレナリン刺激剤であるClenbuterolの投与や、コルチコステロイドとClenbuterolの併用(相乗作用が期待できるため)によって、高温多湿の季節における重篤な高体温症(Hyperthermia)の発生を予防する事もありますが、病態が発汗減少症から完全な無汗症へと悪化する可能性もあるため、実施には賛否両論(Controversy)があります。そして、甲状腺機能低下症の関与を考慮する場合には、ヨウ化カゼイン(Iodinated casein)等の投与による甲状腺ホルモン補給療法(Thyroid hormone supplementation therapy)が試みられる事もあります。さらに、Methyldopa投与による交感神経活動の減退(Decreased sympathetic drive)を期待する療法も経験的に実施されていますが、その有用性は科学的に立証されていません。
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