馬の病気:停留精巣
馬の生殖器病 - 2015年08月18日 (火)

停留精巣(Cryptorchidism)について。
停留精巣は、精巣が正常位置まで下降していない発生的な異常病態(Developmental abnormality)を指し、精巣(Testis)と精巣上体(Epididymis)の両方が腹腔内に存在する病態を完全腹腔停留精巣(Complete abdominal cryptorchid)、精巣が腹腔内に存在して精巣上体のみが内鼠径輪(Vaginal ring)を通過している病態を不完全腹腔停留精巣(Incomplete abdominal cryptorchid)、精巣が鼠径管(Inguinal canal)の内部に位置している病態を鼠径停留精巣(Inguinal cryptorchid:いわゆるHigh flanker)と呼びます。停留精巣を呈した患馬のうち、両側性に発症するのは9~14%であることが知られています。
停留精巣の病因としては、導帯の拡大不足(Insufficient enlargement of gubernaculum)や、精巣が鼠径管内に達した後の導帯の退縮不全(Failure of gubernaculum regression)、精巣の退行遅延(Delayed testicular regression)などが挙げられています。また、導帯拡大に関与する胎児セルトリ細胞の機能不全や、導帯退縮を誘導すると考えられる胎児エストラディオールの分泌不全などが素因になると考えられています。停留精巣は、左右の精巣に同程度の頻度で発症しますが、腹腔停留精巣の発症率は右側精巣では42%であるのに対して、左側精巣では75%にのぼることが報告されています(精巣退行の際には右側精巣の方がサイズが小さく鼠径管を通過し易いため)。
停留精巣の罹患馬では、生後一ヶ月を過ぎても精巣が陰嚢内に触知できない所見を特徴とし、深部触診によって鼠径管内に精巣が停滞していないか(=High flanker)を、慎重に確認することが重要です。停留精巣が鼠径管内に見つからない場合には、直腸検査(Rectal examination)による触診、もしくは経直腸超音波検査(Transrectal ultrasonography)によって、完全または不完全腹腔停留精巣の発見を試みます。片側性停留精巣(Unilateral cryptorchidism)では、罹患側の精巣は精子の生成能がありませんが(腹腔内の高体温に晒されるため)、それに伴う正常側精巣の代償性機能増加(Compensatory increased function)は起こらないため、結果的に生殖機能の減退につながります。また、両側性停留精巣(Bilateral cryptorchidism)では、両方の精巣が精子生成能を持たないものの、テストステロン分泌は見られるため、生殖機能が無いにも関わらず発情行動を示すという問題があります。
停留精巣の治療では、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin-releasing hormone)の投与による停留精巣の下降促進は殆ど成功しないことが報告されており、また、停留精巣自体が遺伝性疾患である可能性があるため、種牡馬として登録できない場合が多いため、全ての停留精巣の罹患馬において、去勢(=精巣摘出術:Orchidectomy)を行って、非繁殖馬として飼養されることが一般的です。停留精巣を外科的に陰嚢内に引き戻す手法は、動物愛護の観点から推奨されていません。
鼠径停留精巣の摘出に際しては、全身麻酔下(Under general anesthesia)での鼠径アプローチまたは傍鼠径アプローチが用いられ、内臓逸脱(Evisceration)を予防するため、外鼠径輪(Superficial inguinal ring)を縫合閉鎖して、術後の三週間は駈歩、襲歩、飛越等の運動を制限することが重要です。一方、完全または不完全腹腔停留精巣の摘出に際しては、全身麻酔下での鼠径アプローチ、傍鼠径アプローチ、傍正中アプローチが用いられ、術前に鼠径停留精巣ではないことが確認されている症例では、鼠径管を拡大させる必要が無く内臓逸脱の合併症の危険が少ない、傍正中アプローチでの施術が推奨されています。しかし、設備が整っていれば、起立位での腹腔鏡手術(Laparoscopy)を介しての精巣摘出術が、安価かつ安全(患馬の気質による)で、内臓が内鼠径輪より腹側に移動することから、充分な術野を確保し易く、最も有用な術式であることが提唱されています。この場合には、精巣の腹腔外切除(Extra-abdominal transection)に比べて腹腔内切除(Intra-abdominal transection)の方が、切断端(Severed stump)の出血度合いを的確に評価でき、また、精巣が腹壁切開創を通過する際にガスが漏れて術野が妨げられるのを防げるという利点があります。
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