馬の病気:交配誘導性子宮内膜炎
馬の生殖器病 - 2015年08月24日 (月)

交配誘導性子宮内膜炎(Breeding-induced endometritis)について。
交配時に起こる精子への暴露(Spermatozoa exposure)に起因して、子宮の炎症を生じる疾患です。正常牝馬においては、子宮内に到達した精子は、子宮筋収縮(Myometrial contruction)による子宮頚管からの物理的排出(Physical clearance from cervix)、および、多形核好中球(Polymorphonuclear neutrophils: PMN)による食作用(Phagocytosis)を介して速やかに除去されます。このため、子宮の一過性炎症(Transient uterine inflammation)は子宮の正常な防御反応ですが、精子の排出および除去作用が不十分で、胚芽(Embryo)が子宮角内に下降してくる交配五日目以上にわたって、この炎症性反応が継続した場合には、妊孕能の低下(Fertility reduction)を引き起こします。
交配誘導性子宮内膜炎では、正常な種牡馬との交配にも関わらず不妊(Infertility)を示し、膣鏡検査(Speculum examination)もしくは子宮鏡検査(Hysteroscopy)によって、膣や子宮頚管浸出液(Vaginal/Cervical discharge)が認められます。また、重度の子宮内膜炎の罹患馬では、発情間期の短縮(Shortened interestrus interval)を呈する場合もあります。
交配誘導性子宮内膜炎の診断では、直腸検査(Rectal examination)および経直腸超音波検査(Transrectal ultrasonography)によって、交配前に内腔液貯留(Luminal fluid accumulation)が見られる事もありますが、貯留液量から子宮内膜炎の推定診断を下すことは困難な場合が殆どです。このため、交配誘導性子宮内膜炎による不妊が疑われる症例では、経時的な超音波検査を行って、種付けから12時間以上を経ても過剰な内腔液貯留が見られた場合に、子宮内膜炎の推定診断を下す指針が示されています。子宮内膜の細胞診(Endometrial cytology)ではPMN数の増加(内皮細胞十個当たり一つ以上のPMN)を確認し、また、貯留液の細菌培養(Bacterial culture)によって細菌性子宮内膜炎(Bacterial endometritis)や馬伝染性子宮炎(Contagious equine metritis)の除外診断を行ったり、子宮内膜生検(Endometrial biopsy)によって線維化症(Fibrosis)の併発を確かめることも重要です。
交配誘導性子宮内膜炎による妊孕能低下が推定診断された症例では、子宮内膜の精子暴露を最小限にすることが重要で、卵胞発育(Follicular development)の慎重なモニタリングによって、複数回の交配の必要性を無くしたり、自然交配後の人工授精の実施(一部の分野で許可されている)を控えることが重要です。また、オキシトシンやPGF2-alphaの投与によって子宮筋収縮を促して、交配後の精子排出を補助する手法も有効ですが、PGF2-alphaの投与では黄体形成の遅延(Delay of corpus luteum formation)に起因して、妊娠能の低下につながる可能性も示されています。多量の生食による子宮洗浄(Large-volume uterine lavage)を介して、精子&精液を洗い流す手法では、子宮内に到達した精子は通常四時間以内に輸卵管(Oviduct)へと移行するため、交配後の6~24時間において子宮洗浄を行うことで、受精能を阻害することなく精子排出を促すことが可能です。
交配誘導性子宮内膜炎が疑われる症例に対しては、卵胞成熟(内径35mm以上)から排卵までの期間中にコルチコステロイドの投与を行って、過剰な炎症反応を予防する処置が講じられることもあります。しかし、炎症反応は子宮の正常な防御機能であるため、コルチコステロイド治療によって子宮汚染や感染(Uterine contamination/infection)を助長する危険も考慮されており、その実施に関しては賛否両論があります。
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