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馬の病気:胎仔膜遺残

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胎仔膜遺残(Retained fetal membranes)について。

分娩後に子宮からの胎仔膜の排出が滞ることで、重篤な子宮炎(Severe metritis)や内毒素血症(Endotoxemia)を引き起こす疾患です。正常な妊娠牝馬では、出産後に胎盤脈管(Placental vessels)の循環低下が起こり、胎盤微絨毛(Placental microvilli)が退縮して、子宮内膜陰窩(Endometrial crypts)との嵌合構造(Interdigitation structure)が遊離することで、分娩後の三時間以内に胎仔膜の排出が起きることが一般的です。

胎仔膜遺残の病因としては、分娩前の内分泌異常(Prepartum endocrine disturbances)や子宮筋収縮不全(Inadequate myometrial contactility)が挙げられており、特に、流産(Abortion)、難産(Dystocia)、帝王切開(Cesarean section)、胎仔切開術(Fetotomy)の後に発症し易いことが報告されています。また、加齢や子宮内膜炎(Endometritis)に起因する子宮線維化症(Uterine fibrosis)も素因となると考えられています。

胎仔膜遺残の罹患馬では、通常は外陰部から胎仔膜が残存している所見が視診されますが、胎仔膜の破損を生ずることで、小さな破片が子宮内に停滞する症例も見られます。このため、分娩後に胎仔膜の排出が認められた場合にも、必ず胎仔膜を平らな場所に広げて欠損部が無いかを確認することが重要で、子宮角の尖端(Tip of uterine horn)(特に非妊娠側の子宮角:Ungravid uterine horn)が、部分的遺残を最も起こし易い箇所として知られています。

胎仔膜遺残の治療は、分娩から三時間以上経っても胎仔膜の排出が見られない症例において必要となりますが、手動で胎仔膜を引き出す処置(Manual removal)は、胎盤裂離(Placental tearing)を起こして微絨毛が子宮内膜陰窩の内部に残存する危険が高いため、実施は禁忌(Contraindication)とされています。胎仔膜遺残を呈した患馬のうち、絨毛尿膜が破砕していない場合(Intact chorioallantois)には、胎盤開口部位(いわゆるCervical star)から10~15リットルの温かい生食を注入して絨毛尿膜腔(Chorioallantoic cavity)を満たすことで、牝馬が腹圧を掛けるのを促して、胎仔膜の娩出(Placental expulsion)を起こさせる療法が有効です。絨毛尿膜が破砕している場合には、子宮頚管から5リットル前後の生食を注入して子宮を満たしてから放出させる過程を繰り返すことで、胎仔膜破片の洗浄(Lavage of placental debris)と子宮筋収縮の刺激(Stimulation of myometrial contraction)を施す手法が試みられます。この際には、患馬の腹痛症状を慎重に観察して子宮の過剰膨満(Excessive uterine distension)を予防することと、手動操作で子宮内に遺残している胎仔膜の破片を慎重に探索することが重要です。また、生食を絨毛尿膜腔および子宮内に注入する際には、オキシトシンの投与(静脈内、筋肉内、子宮内)を併用することで、子宮筋収縮を促進して、より効果的に胎仔膜排出が達成される場合もありますが、投与量が多過ぎると強直性収縮(Tetanic contraction)を示す危険性も示唆されています。

胎仔膜遺残の経過が六時間以上に及ぶ症例では、二次性の細菌感染(Secondary bacterial infection)を引き起こす危険が高いため、全身性抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)が行われます。しかし、子宮内への抗生物質溶液の注入は、好中球食作用の抑制(Depression of phagocytic activity of uterine neutrophils)につながったり、子宮内膜刺激(Endometrial irritation)を起こすため、実施は推奨されていません。また、慢性経過に伴って内毒素血症の併発が疑われる症例に対しては、LPS抗血清(LPS antiserum)、高免疫血漿(Hyperimmune plasma)、ポリミキシンB抗生物質(Polymyxin-B antibiotics)等による循環内毒素の中和(Neutralization of circulating endotoxin)や、低濃度の非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与による内毒素誘導性炎症の抑制(Inhibition of endotoxin-induced inflammation)が試みられます。この際、ハイドロキシルラディカル捕捉剤(Hydroxyl radical scavenger)であるDMSOの投与による活性酸素種の除去(Removal of reactive oxygen species)が併用される場合もあります。胎仔膜遺残に起因する内毒素血症の合併症として、産褥性蹄葉炎(Postpartum laminitis)の続発が思慮される場合には、蹄叉支持具(Frog support)の装着、蹄部の寒冷療法(Foot cryotherapy)、末梢性血管拡張薬(Peripheral vasodilator agents: Acepromazine, Pentoxifylline, etc)の投与などが実施されます。

胎仔膜遺残に起因して、膣内への多量な空気の吸引が認められた症例に対しては、陰門形成術(Vulvoplasty:いわゆるCaslick procedure)による気膣症(Pneumovagina)の予防を行います。また、抗毒素(Antitoxin)や類毒素ワクチン(Toxoid vaccine)の投与による破傷風(Tetanus)の予防を施すことも重要です。胎仔膜遺残の予後は一般的に良好ですが、慢性経過を示した症例では、子宮内膜線維化症を続発して、治癒後に妊孕能低下(Reduced fertility)を示す場合もあります。

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