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馬の文献:食道閉塞(Barakzai et al. 2015)

「人工喉頭形成術後に上部食道機能不全を呈した馬の五症例」
Barakzai SZ, Dixon PM, Hawkes CS, Cox A, Barnett TP. Upper Esophageal Incompetence in Five Horses After Prosthetic Laryngoplasty. Vet Surg. 2015; 44(2): 150-155.

この症例論文では、人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)の術後に、上部食道の機能不全(Upper esophageal incompetence)を起こした馬の五症例が報告されています。

この症例論文では、喉頭形成術の2~58ヶ月後に行われた内視鏡検査(Endoscopic examination)において、食道開口部から唾液が排出されている所見(Saliva emanating from their upper esophageal opening)が示され、運動時(4/5頭)または休息時(1/5頭)に、食道からの逆流を起こしている所見(Esophageal reflux)も認められました。これら5頭の全てにおいて発咳(Coughing)が見られ、うち2頭では発咳は重度でした。剖検(Necropsy)においては、食道閉塞(Esophageal obstruction)と思われていた病巣は、食渣充満(Food impaction)をともなう食道近位部の拡張(Dilation of the proximal esophagus)であったことが確認され、左側の輪状咽頭筋(Cricopharyngeus muscle)および甲状咽頭筋(Thyropharyngeus muscle)の線維化や肥厚(Fibrosis and thickening)を生じていました。

このため、これらの症例において、上部食道の機能不全という術後合併症(Post-operative complication)を引き起こした原因としては、尾側部咽頭の収縮筋郡(Caudal pharyngeal constrictor muscles)、上部食道の内在筋組織(Intrinsic musculature of the upper esophagus)またはそれを支配する神経、食道周囲の包膜や外膜(Peri-esophageal fascia or esophageal adventitia)などに、医原性の損傷(Iatrogenic damage)を生じたことが挙げられています。そして、人工喉頭形成術が行われた症例馬において、特に、披裂軟骨の過剰外転(Excessive arytenoid abduction)が無いにも関わらず、呼吸器症状(Respiratory signs)や発咳が認められた場合には、速やかに上部気道の内視鏡検査を実施して、慎重に食道機能を評価するべきである、と提唱されています。

一般的に、喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplasia)の治療のために実施される喉頭形成術では、披裂軟骨が外側に開いた位置で固定されたり、声嚢声帯切除術(Ventriculocordectomy)によって声門裂(Rima glottidis)に隙間が生じてしまう事から、術後にある程度の発咳や嚥下障害(Dysphagia)が認められます。しかし、そのような症例の殆どで、反対側の披裂軟骨や声帯が過内転(Over adduction of contralateral arytenoid cartilage and vocal fold)するため、症状は軽度にとどまることが知られています。また、本研究で見られたのと同様な唾液逆流が、手術直後に認められるケースであっても、通常は数日以内に回復することが知られており、そのような唾液逆流の原因としては、漿液腫形成(Seroma formation)、喉頭周囲の炎症(Perilaryngeal inflammation)、一過性神経伝導障害(Transient neurapraxia)などが挙げられると推測されています。

馬の輪状咽頭筋および甲状咽頭筋は、咽頭の尾側収縮筋(Caudal pharyngeal constrictors)として機能しており、また、輪状咽頭筋の線維は、近位食道の内輪層筋(Inner circular layer of proximal esophageal muscle)と一体になって、上部食道の括約筋(Upper esophageal sphincter)になっています。馬の喉頭形成術においては、輪状咽頭筋と甲状咽頭筋のあいだを分離して、披裂軟骨の筋突起(Muscular process of the arytenoid cartilage)を露出する必要があるうえ、術者が輪状軟骨(Cricoid cartilage)の下に縫合糸を通過させる際にも、輪状咽頭筋を操作することになります。このため、喉頭形成術の最中に、この二つの筋肉や、頭側喉頭神経(Cranial laryngeal nerve)および咽頭食道神経(Pharyngoesophageal nerve)を損傷したり、術後の線維性瘢痕形成(Fibrous scar tissue formation)や癒着(Adhesion)によって、この二つの筋肉の機能を変化させてしまう可能性がある、という考察がなされています。

この研究では、輪状咽頭筋および甲状咽頭筋の周辺における、線維性瘢痕形成が生じた原因は不明ですが、縫合糸への異物反応が引き金となった可能性が示唆されており、術後の超音波検査(Ultrasonography)によって、局所の炎症反応や漿液腫形成(Seroma formation)を早期発見できたと仮説されています。また近年では、喉頭形成術の術式として、披裂軟骨の筋突起を露出する際に、輪状咽頭筋を吻側に引っ張る手法(Rostral retraction)も報告されており(Adreani et al. Equine respiratory medicine and surgery. 2007)、こうすることで、輪状咽頭筋と甲状咽頭筋、および、周囲の神経組織への医原性損傷の危険性を、最小限に抑える事ができると考察されています。

この研究では、5頭の症例のうち2頭において、披裂軟骨炎の併発(Concurrent arytenoid chondritis)が認められ、この病態は喉頭形成術の合併症としては極めて稀で、その発症率は1~9%あることが知られています(Barnett et al. EVJ. 2013;45:593)。この2頭の症例では、筋損傷と披裂軟骨炎が同時に生じたために嚥下障害が顕著に発現した、という推測ができる一方で、持続的な食道からの消化液逆流が刺激となって、二次的に披裂軟骨炎が誘発された可能性も否定できない、という考察がなされています。

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