馬の文献:胃潰瘍(Dionne et al. 2003)
文献 - 2015年09月15日 (火)
「スタンダードブレッド競走馬の胃潰瘍:有病率、病巣形態、危険因子」
Dionne RM, Vrins A, Doucet MY, Paré J. Gastric ulcers in standardbred racehorses: prevalence, lesion description, and risk factors. J Vet Intern Med. 2003; 17(2): 218-222.
この症例論文では、スタンダードブレッド競走馬の胃潰瘍(Gastric ulceration)における、有病率(Prevalence)、病巣形態(Lesion description)、および胃潰瘍発症に関与する危険因子(Risk factors)を評価するため、275頭のスタンダードブレッド競走馬に対する胃内視鏡検査(Gastric endoscopy)が実施されました。
結果としては、スタンダードブレッド競走馬の胃潰瘍の有病率は、休養中の馬では16%、調教中の馬では28%であったのに対して、レースに使役されている馬では63%に及んでいました。また、重篤な胃潰瘍(病巣スコアが3)を呈していた馬の割合は、休養中の馬では0%、調教中の馬では8%であったのに対して、レースに使役されている馬では16%に及んでいました。このため、多重ロジスティック回帰分析(Multiple logistic regression analysis)の結果では、休養中の馬に比較して、調教中の馬では胃潰瘍を発症する可能性が二倍以上も高くなり(オッズ比:2.18)、また、レースに使役されている馬では胃潰瘍を発症する可能性が九倍以上も高くなるという結果が示されました(オッズ比:9.29)。
このことから、スタンダードブレッド競走馬では、レース参加による運動強度の上昇、輸送回数の増加、ストレスの増加などの要因にともなって、胃潰瘍の有病率および重篤度が上昇および悪化することが示唆されました。このため、活発にレース使役されているスタンダードブレッドに対しては、積極的な内科療法による胃潰瘍の予防が有効であると考えられました。レース参加および運動強度の上昇が、胃潰瘍発症につながる潜在的病因論(Potential etiology)としては、(1)運動時の腹圧上昇(Increased abdominal pressure)による胃排出の抑制作用(Inhibitory effect on gastric emptying)、(2)長時間にわたる扁平上皮粘膜への酸暴露(Prolonged acidic exposure)、(3)十二指腸からの胆汁酸塩の逆流(Duodenal reflux of bile salts)、(4)競走前の給餌量減少による胃内環境の緩衝能損失(Loss of buffering ability by reducing feed material)、などが挙げられています。
この研究では、胃潰瘍の病変の発生部位としては、襞状縁に接する箇所の扁平上皮粘膜(Squamous mucosa adjacentto margo plicatus)が73%、小弯部の扁平上皮粘膜(Squamous mucosa along the lesser curvature)が69%を占めており、これらの部位に次いで、噴門の開口部位(Cardia opening)が29%、腺胃部粘膜(Glandular mucosa)が13%、胃底部の扁平上皮粘膜(Squamous mucosa on gastric fundus)が12%、などとなっていました。また、軽度の胃潰瘍(病巣スコアが1)を呈していた馬では、そのうち61%において病巣が一箇所のみに限定されていたのに対して、重度の胃潰瘍(病巣スコアが3)を呈していた馬では、その全頭において複数個所に病巣が発見され、病巣が三箇所以上に認められた馬の割合も70%に達していました。これらの胃潰瘍の好発部位および病巣個数の知見は、胃潰瘍の診断&スクリーニングのための内視鏡検査の実施に際して、極めて有効であるという考察がなされています。
この研究では、単一ロジスティック回帰分析(Univariate logistic regression analysis)の結果から、胃潰瘍の病巣スコアと馬のボディコンディションスコアとのあいだに、有意な相関が認められ、また、病巣スコアと病巣個数のあいだにも有意な相関が認められました。このため、胃潰瘍の発現にともなう慢性の食欲不振(Chronic anorexia)などから、ボディコンディションの悪化を招いたという予測がされています。しかし、ロジスティック回帰分析は因果関係を証明するものではないため、ボディコンディションの低い馬に対して、胃潰瘍のスクリーニングのための内視鏡検査を積極的に実施するべきかに関しては、この論文の結果のみから結論付けるのは難しいという提唱がなされています。
この研究では、トロッター(=普通の斜対歩の速歩をする馬)における胃潰瘍の有病率は56%であったのに対して、ペイサー(=側対歩の速歩をする馬)における胃潰瘍の有病率は38%と有意に低いことが報告されています。このため、多重ロジスティック回帰分析の結果では、トロッターはペイサーに比べて、胃潰瘍を発症する可能性が二倍以上も高くなることが示されました(オッズ比:2.23)。このように、歩様によって胃潰瘍の有病率に差異が生じた要因としては、遺伝的素因(Genetic predisposition)、調教管理法の違い、歩様間の物理的作用の違い、などが挙げられていますが、具体的なメカニズムに関しては、この論文の考察の中では明確には結論付けられていません。
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Dionne RM, Vrins A, Doucet MY, Paré J. Gastric ulcers in standardbred racehorses: prevalence, lesion description, and risk factors. J Vet Intern Med. 2003; 17(2): 218-222.
この症例論文では、スタンダードブレッド競走馬の胃潰瘍(Gastric ulceration)における、有病率(Prevalence)、病巣形態(Lesion description)、および胃潰瘍発症に関与する危険因子(Risk factors)を評価するため、275頭のスタンダードブレッド競走馬に対する胃内視鏡検査(Gastric endoscopy)が実施されました。
結果としては、スタンダードブレッド競走馬の胃潰瘍の有病率は、休養中の馬では16%、調教中の馬では28%であったのに対して、レースに使役されている馬では63%に及んでいました。また、重篤な胃潰瘍(病巣スコアが3)を呈していた馬の割合は、休養中の馬では0%、調教中の馬では8%であったのに対して、レースに使役されている馬では16%に及んでいました。このため、多重ロジスティック回帰分析(Multiple logistic regression analysis)の結果では、休養中の馬に比較して、調教中の馬では胃潰瘍を発症する可能性が二倍以上も高くなり(オッズ比:2.18)、また、レースに使役されている馬では胃潰瘍を発症する可能性が九倍以上も高くなるという結果が示されました(オッズ比:9.29)。
このことから、スタンダードブレッド競走馬では、レース参加による運動強度の上昇、輸送回数の増加、ストレスの増加などの要因にともなって、胃潰瘍の有病率および重篤度が上昇および悪化することが示唆されました。このため、活発にレース使役されているスタンダードブレッドに対しては、積極的な内科療法による胃潰瘍の予防が有効であると考えられました。レース参加および運動強度の上昇が、胃潰瘍発症につながる潜在的病因論(Potential etiology)としては、(1)運動時の腹圧上昇(Increased abdominal pressure)による胃排出の抑制作用(Inhibitory effect on gastric emptying)、(2)長時間にわたる扁平上皮粘膜への酸暴露(Prolonged acidic exposure)、(3)十二指腸からの胆汁酸塩の逆流(Duodenal reflux of bile salts)、(4)競走前の給餌量減少による胃内環境の緩衝能損失(Loss of buffering ability by reducing feed material)、などが挙げられています。
この研究では、胃潰瘍の病変の発生部位としては、襞状縁に接する箇所の扁平上皮粘膜(Squamous mucosa adjacentto margo plicatus)が73%、小弯部の扁平上皮粘膜(Squamous mucosa along the lesser curvature)が69%を占めており、これらの部位に次いで、噴門の開口部位(Cardia opening)が29%、腺胃部粘膜(Glandular mucosa)が13%、胃底部の扁平上皮粘膜(Squamous mucosa on gastric fundus)が12%、などとなっていました。また、軽度の胃潰瘍(病巣スコアが1)を呈していた馬では、そのうち61%において病巣が一箇所のみに限定されていたのに対して、重度の胃潰瘍(病巣スコアが3)を呈していた馬では、その全頭において複数個所に病巣が発見され、病巣が三箇所以上に認められた馬の割合も70%に達していました。これらの胃潰瘍の好発部位および病巣個数の知見は、胃潰瘍の診断&スクリーニングのための内視鏡検査の実施に際して、極めて有効であるという考察がなされています。
この研究では、単一ロジスティック回帰分析(Univariate logistic regression analysis)の結果から、胃潰瘍の病巣スコアと馬のボディコンディションスコアとのあいだに、有意な相関が認められ、また、病巣スコアと病巣個数のあいだにも有意な相関が認められました。このため、胃潰瘍の発現にともなう慢性の食欲不振(Chronic anorexia)などから、ボディコンディションの悪化を招いたという予測がされています。しかし、ロジスティック回帰分析は因果関係を証明するものではないため、ボディコンディションの低い馬に対して、胃潰瘍のスクリーニングのための内視鏡検査を積極的に実施するべきかに関しては、この論文の結果のみから結論付けるのは難しいという提唱がなされています。
この研究では、トロッター(=普通の斜対歩の速歩をする馬)における胃潰瘍の有病率は56%であったのに対して、ペイサー(=側対歩の速歩をする馬)における胃潰瘍の有病率は38%と有意に低いことが報告されています。このため、多重ロジスティック回帰分析の結果では、トロッターはペイサーに比べて、胃潰瘍を発症する可能性が二倍以上も高くなることが示されました(オッズ比:2.23)。このように、歩様によって胃潰瘍の有病率に差異が生じた要因としては、遺伝的素因(Genetic predisposition)、調教管理法の違い、歩様間の物理的作用の違い、などが挙げられていますが、具体的なメカニズムに関しては、この論文の考察の中では明確には結論付けられていません。
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