馬の文献:胃潰瘍(Javsicas et al. 2008)
文献 - 2015年09月17日 (木)
「病気の新生児期子馬の胃内pHに対するオメプラゾールの効果」
Javsicas LH, Sanchez LC. The effect of omeprazole paste on intragastric pH in clinically ill neonatal foals. Equine Vet J. 2008; 40(1): 41-44.
この研究論文では、病気の新生児期の子馬(Ill neonatal foal)の胃潰瘍(Gastric ulceration)におけるオメプラゾールの治療効果を評価するため、1~3日齢の八頭の病気の子馬に対して、オメプラゾールの経口投与が行われ、投与前の12時間中および投与後の12時間中における胃内pHの測定が行われました。
結果としては、病気の新生児期の子馬では、オメプラゾール投与後の12時間中における平均胃内pH(6.2±0.9)は、投与前12時間中の平均胃内pH(3.2±1.5)よりも、有意に高かったことが示されました。また、胃内環境が比較的に強い酸性(pH<4.0)であった時間の割合は、オメプラゾール投与後の12時間中では1.1%に過ぎなかったのに対して、投与前12時間中では32.3%に及んでいました。このため、胃潰瘍に罹患している新生児子馬に対するオメプラゾール療法では、良好なpH上昇効果が、時間的にも十分な長さで達成されることが示唆されました。
オメプラゾールはプロトンポンプ遮断薬(Proton pump blocker)で、胃壁細胞(Gastric parietal cells)からの胃液分泌を直接的に抑制する作用(Direct inhibitory effect of gastric secretion)があり、胃潰瘍を治癒および予防する効果が期待され、子馬における胃潰瘍の症例においても広範に使用されています。また、健康な新生児子馬における胃内pHの上昇効果も報告されていますが(Sanchez et al. AJVR. 2004;65:1039)、更にこの論文では、生後三日齢以内で実際に病気である新生児子馬においても、良好な胃内酸性環境の改善が生じることを確認するデータが示されました。
新生児に対してオメプラゾールを用いる場合に、常に考慮すべき問題点としては、胃内酸性環境がもたらす殺菌効果が挙げられます。一般的に胃内pHの改善は、胃潰瘍の治療&予防には有効であるものの、殺菌能の低下から細菌増殖を招く危険があります。事実、病気の人間の新生児(Human ill neonates)においては、ラニチジンの投与によって細菌コロニー形成(Bacterial colonisation)が増加したことが報告されています(Cothran et al. J Perinatol. 1997:17;383)。幸いにも、この人間の新生児の場合にも、感染症の発症率自体は有意には上昇しておらず、また、病気の新生児子馬においても、胃内pHが高くなるほど、患馬の生存率(Survival rate)は上昇する傾向が示されています(Sanchez et al. 2001. JAVMA:218;907)。しかし、オメプラゾール投与による胃内アルカリ化(Gastric alkalinisation)によって、細菌感染や敗血症(Sepsis)の危険が高まる可能性は完全には否定されないことから、新生児に対するオメプラゾール療法は、患馬の健康状態や経過を見極めて、その必要性および投与期間を慎重に判断することが重要である、という提唱が成されています。
この研究では、八頭の子馬が示した原発疾患(Primary disorders)としては、敗血症が四頭、低酸素虚血性脳症(Hypoxic ischaemic encephalopathy)が四頭、新生児同種溶血症(Neonatal isoerythrolysis)が二頭、免疫抗体移行不全(Failure of passive transfer)が二頭、サルモネラ症(Salmonellosis)が二頭、そして、腱拘縮(Contracted tendon)、急性腎不全(Acute renal failure)、クロストリディウム全腸炎(Clostridium perfringens enterocolitis)がそれぞれ一頭ずつとなっていましたが、胃内pHを変動させる可能性のある、胃逆流(Gastric reflux)や近位小腸異常(Proximal gastrointestinal compromise)を呈した症例はありませんでした。
この研究では、オメプラゾール投与による胃内pHの上昇作用は、比較的に長時間にわたって認められ、他の文献(Sanchez et al. 2001. JAVMA:218;907)で報告されている、ラニチジンによる胃内pHの上昇よりも、その効能はより持続性である傾向が示されました。しかし、上述の論文と今回の研究では、症例の選抜方式が若干異なることから、両論文のデータのみに基づいて、病気の新生児子馬におけるラニチジンとオメプラゾールの効能を比較するのは、必ずしも適当ではない、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、八頭の子馬の全頭において、投与前と投与後の胃内pHの比較が行われ、無投与郡は設定されていないことから、生後の時間経過にともなう胃内環境の自然なアルカリ化が起こり、pH測定値に影響した可能性もあると考えられます。しかし、オメプラゾール投与後の胃内pHの推移を見ると、ほぼ全頭において、pHが4以上に上昇した後はそのまま高値で安定する傾向が見られたことから、アルカリ化効果はほぼ全般的にオメプラゾールの効能である、という考察がなされています。
この研究では、患馬が新生児であったことから、ストレスや侵襲の大きい胃内視鏡検査(Gastroscopy)は実施されておらず、実際の胃潰瘍病変の有無や推移は評価されていません。しかし、原発疾患の悪化から安楽死(Euthanasia)となった四頭の子馬の剖検(Necropsy)では、胃潰瘍の病変は一頭にも認められませんでした(有病率:0%)。一般的に、病気の新生児における胃潰瘍の有病率(Prevalence)は、25~57%であることが報告されており(Murray et al. EVJ. 1990:22;6)、このことから、この研究では、オメプラゾール投与による胃内pHの改善によって、臨床的にも有意な胃潰瘍の治療および予防効果が示されたと推測されています。
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結果としては、病気の新生児期の子馬では、オメプラゾール投与後の12時間中における平均胃内pH(6.2±0.9)は、投与前12時間中の平均胃内pH(3.2±1.5)よりも、有意に高かったことが示されました。また、胃内環境が比較的に強い酸性(pH<4.0)であった時間の割合は、オメプラゾール投与後の12時間中では1.1%に過ぎなかったのに対して、投与前12時間中では32.3%に及んでいました。このため、胃潰瘍に罹患している新生児子馬に対するオメプラゾール療法では、良好なpH上昇効果が、時間的にも十分な長さで達成されることが示唆されました。
オメプラゾールはプロトンポンプ遮断薬(Proton pump blocker)で、胃壁細胞(Gastric parietal cells)からの胃液分泌を直接的に抑制する作用(Direct inhibitory effect of gastric secretion)があり、胃潰瘍を治癒および予防する効果が期待され、子馬における胃潰瘍の症例においても広範に使用されています。また、健康な新生児子馬における胃内pHの上昇効果も報告されていますが(Sanchez et al. AJVR. 2004;65:1039)、更にこの論文では、生後三日齢以内で実際に病気である新生児子馬においても、良好な胃内酸性環境の改善が生じることを確認するデータが示されました。
新生児に対してオメプラゾールを用いる場合に、常に考慮すべき問題点としては、胃内酸性環境がもたらす殺菌効果が挙げられます。一般的に胃内pHの改善は、胃潰瘍の治療&予防には有効であるものの、殺菌能の低下から細菌増殖を招く危険があります。事実、病気の人間の新生児(Human ill neonates)においては、ラニチジンの投与によって細菌コロニー形成(Bacterial colonisation)が増加したことが報告されています(Cothran et al. J Perinatol. 1997:17;383)。幸いにも、この人間の新生児の場合にも、感染症の発症率自体は有意には上昇しておらず、また、病気の新生児子馬においても、胃内pHが高くなるほど、患馬の生存率(Survival rate)は上昇する傾向が示されています(Sanchez et al. 2001. JAVMA:218;907)。しかし、オメプラゾール投与による胃内アルカリ化(Gastric alkalinisation)によって、細菌感染や敗血症(Sepsis)の危険が高まる可能性は完全には否定されないことから、新生児に対するオメプラゾール療法は、患馬の健康状態や経過を見極めて、その必要性および投与期間を慎重に判断することが重要である、という提唱が成されています。
この研究では、八頭の子馬が示した原発疾患(Primary disorders)としては、敗血症が四頭、低酸素虚血性脳症(Hypoxic ischaemic encephalopathy)が四頭、新生児同種溶血症(Neonatal isoerythrolysis)が二頭、免疫抗体移行不全(Failure of passive transfer)が二頭、サルモネラ症(Salmonellosis)が二頭、そして、腱拘縮(Contracted tendon)、急性腎不全(Acute renal failure)、クロストリディウム全腸炎(Clostridium perfringens enterocolitis)がそれぞれ一頭ずつとなっていましたが、胃内pHを変動させる可能性のある、胃逆流(Gastric reflux)や近位小腸異常(Proximal gastrointestinal compromise)を呈した症例はありませんでした。
この研究では、オメプラゾール投与による胃内pHの上昇作用は、比較的に長時間にわたって認められ、他の文献(Sanchez et al. 2001. JAVMA:218;907)で報告されている、ラニチジンによる胃内pHの上昇よりも、その効能はより持続性である傾向が示されました。しかし、上述の論文と今回の研究では、症例の選抜方式が若干異なることから、両論文のデータのみに基づいて、病気の新生児子馬におけるラニチジンとオメプラゾールの効能を比較するのは、必ずしも適当ではない、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、八頭の子馬の全頭において、投与前と投与後の胃内pHの比較が行われ、無投与郡は設定されていないことから、生後の時間経過にともなう胃内環境の自然なアルカリ化が起こり、pH測定値に影響した可能性もあると考えられます。しかし、オメプラゾール投与後の胃内pHの推移を見ると、ほぼ全頭において、pHが4以上に上昇した後はそのまま高値で安定する傾向が見られたことから、アルカリ化効果はほぼ全般的にオメプラゾールの効能である、という考察がなされています。
この研究では、患馬が新生児であったことから、ストレスや侵襲の大きい胃内視鏡検査(Gastroscopy)は実施されておらず、実際の胃潰瘍病変の有無や推移は評価されていません。しかし、原発疾患の悪化から安楽死(Euthanasia)となった四頭の子馬の剖検(Necropsy)では、胃潰瘍の病変は一頭にも認められませんでした(有病率:0%)。一般的に、病気の新生児における胃潰瘍の有病率(Prevalence)は、25~57%であることが報告されており(Murray et al. EVJ. 1990:22;6)、このことから、この研究では、オメプラゾール投与による胃内pHの改善によって、臨床的にも有意な胃潰瘍の治療および予防効果が示されたと推測されています。
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