馬の文献:胃潰瘍(Nieto et al. 2009)
文献 - 2015年09月18日 (金)
「馬の胃潰瘍が運動への生理学的反応に及ぼす影響」
Nieto JE, Snyder JR, Vatistas NJ, Jones JH. Effect of gastric ulceration on physiologic responses to exercise in horses. Am J Vet Res. 2009; 70(6): 787-795.
この研究論文では、馬の胃潰瘍(Gastric ulceration)が運動への生理学的反応(Physiologic responses to exercise)(=馬の競走能力の指標)にどのような影響を及ぼすかを検証するため、二十頭の実験馬を競走馬と同様の飼養条件下(運動時間、運動負荷、絶食回数、etc)に八週間置き、そのうち半数の馬では二週目からオメプラゾールの投与を行い、治療郡と無投与郡の双方において、胃内視鏡検査(Gastroscopy)における実験期間中の胃潰瘍スコアの経過観察、および実験前後の競走能力の比較が行われました。
この研究において、無投与郡の馬では、実験前には胃潰瘍を起こしていなかったものが、八週間にわたって競走馬と同様の飼養条件下に置かれることで、全頭において軽度~中程度の胃潰瘍の発症が認められ、重度の胃潰瘍や広範囲に及ぶ重度病巣を呈した馬も数頭見られました。そして、実験期間の三週間目から胃潰瘍スコアの有意な上昇が見られ、実験期間終了までに胃潰瘍の病巣が徐々に悪化していく傾向が認められました。このことから、例え二ヶ月という短期間であっても、強度の運動や頻繁な絶食処置などをともなう平地レースという飼養環境が、馬にとってはストレスの多く、胃潰瘍を発症しやすい条件であることを再確認するデータが示されました。
一方、オメプラゾール投与郡の馬では、八週間にわたって競走馬と同様の飼養条件下に置かれた場合でも、胃潰瘍の発症は一頭にも認められず、胃壁のわずかな充血(Hyperemia)や糜爛(Erosion)を除けば、有意な胃潰瘍スコアの上昇は認められませんでした。このことから、オメプラゾール投与によって、競走馬の飼養条件下における胃潰瘍の発症を、ほぼ完全に予防できることが示唆されました。この研究で用いられたオメプラゾールの投与量(4mg/kg once a day)は、他の文献で示されている胃潰瘍の予防的投与量(1mg/kg once a day)よりも高濃度であったことから、今後の研究では、同様の飼養条件下において、胃潰瘍予防に必要な最小薬量を検証する必要があると考えられました。
この研究では、胃潰瘍を発症した馬(罹患馬)、および発症しなかった馬(非罹患馬)のそれぞれにおいて、実験期間後の競走能力の評価が行われ、非罹患馬では罹患馬に比べて、有意に高い最大酸素摂取量(VO2max)を示しました。また、実験前後の競走能力を比較した場合、非罹患馬では実験期間の前後で最大酸素摂取量の有意な上昇が認められたのに対して、罹患馬では実験期間の前後における最大酸素摂取量に有意差は見られませんでした、このため、胃潰瘍を発症した馬では、調教による競走能力の増加が十分に起きないというデータが示され、つまり、オメプラゾールの予防的投与は、胃潰瘍という病気を防ぐという面だけでなく、トレーニング効果を増長するという、運動生理学的な利点も大きいことが示唆されました。
この研究の限界点としては、レースに使役されていない実験馬と、トレッドミルによる運動方式を用いていることから、実際のサラブレッド競走馬が平地コースで調教を受ける状況を、完全には再現していない可能性もあります。しかし、この研究において、内視鏡検査で確認された胃潰瘍スコアは、一般的に競走馬に見られる胃潰瘍よりも僅かに軽度であり、また、一般的に調教に上がってくるサラブレッド競走馬では、はやい場合には調教開始から19日目から胃潰瘍を発症することが報告されています(この研究では三週間目から)。さらに、この研究における胃潰瘍の非罹患馬は、トレッドミルによる八週間の調教シミュレーション期間で、35%の最大酸素摂取量の増加を示しており、これは、他の文献で報告されている、九週間の調教による20%の最大酸素摂取量の増加をも上回る、十分なトレーニング量&強度であると考えられます。このため、この研究で用いられた馬および運動プログラムは、競馬場やトレーニングセンターにおける胃潰瘍発症の過程を、かなり忠実に再現していると推測され、今後の研究において、胃潰瘍の治療&予防のための管理法や内科療法を試験する際に、極めて有用な実験モデルであるという考察がなされています。
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この研究論文では、馬の胃潰瘍(Gastric ulceration)が運動への生理学的反応(Physiologic responses to exercise)(=馬の競走能力の指標)にどのような影響を及ぼすかを検証するため、二十頭の実験馬を競走馬と同様の飼養条件下(運動時間、運動負荷、絶食回数、etc)に八週間置き、そのうち半数の馬では二週目からオメプラゾールの投与を行い、治療郡と無投与郡の双方において、胃内視鏡検査(Gastroscopy)における実験期間中の胃潰瘍スコアの経過観察、および実験前後の競走能力の比較が行われました。
この研究において、無投与郡の馬では、実験前には胃潰瘍を起こしていなかったものが、八週間にわたって競走馬と同様の飼養条件下に置かれることで、全頭において軽度~中程度の胃潰瘍の発症が認められ、重度の胃潰瘍や広範囲に及ぶ重度病巣を呈した馬も数頭見られました。そして、実験期間の三週間目から胃潰瘍スコアの有意な上昇が見られ、実験期間終了までに胃潰瘍の病巣が徐々に悪化していく傾向が認められました。このことから、例え二ヶ月という短期間であっても、強度の運動や頻繁な絶食処置などをともなう平地レースという飼養環境が、馬にとってはストレスの多く、胃潰瘍を発症しやすい条件であることを再確認するデータが示されました。
一方、オメプラゾール投与郡の馬では、八週間にわたって競走馬と同様の飼養条件下に置かれた場合でも、胃潰瘍の発症は一頭にも認められず、胃壁のわずかな充血(Hyperemia)や糜爛(Erosion)を除けば、有意な胃潰瘍スコアの上昇は認められませんでした。このことから、オメプラゾール投与によって、競走馬の飼養条件下における胃潰瘍の発症を、ほぼ完全に予防できることが示唆されました。この研究で用いられたオメプラゾールの投与量(4mg/kg once a day)は、他の文献で示されている胃潰瘍の予防的投与量(1mg/kg once a day)よりも高濃度であったことから、今後の研究では、同様の飼養条件下において、胃潰瘍予防に必要な最小薬量を検証する必要があると考えられました。
この研究では、胃潰瘍を発症した馬(罹患馬)、および発症しなかった馬(非罹患馬)のそれぞれにおいて、実験期間後の競走能力の評価が行われ、非罹患馬では罹患馬に比べて、有意に高い最大酸素摂取量(VO2max)を示しました。また、実験前後の競走能力を比較した場合、非罹患馬では実験期間の前後で最大酸素摂取量の有意な上昇が認められたのに対して、罹患馬では実験期間の前後における最大酸素摂取量に有意差は見られませんでした、このため、胃潰瘍を発症した馬では、調教による競走能力の増加が十分に起きないというデータが示され、つまり、オメプラゾールの予防的投与は、胃潰瘍という病気を防ぐという面だけでなく、トレーニング効果を増長するという、運動生理学的な利点も大きいことが示唆されました。
この研究の限界点としては、レースに使役されていない実験馬と、トレッドミルによる運動方式を用いていることから、実際のサラブレッド競走馬が平地コースで調教を受ける状況を、完全には再現していない可能性もあります。しかし、この研究において、内視鏡検査で確認された胃潰瘍スコアは、一般的に競走馬に見られる胃潰瘍よりも僅かに軽度であり、また、一般的に調教に上がってくるサラブレッド競走馬では、はやい場合には調教開始から19日目から胃潰瘍を発症することが報告されています(この研究では三週間目から)。さらに、この研究における胃潰瘍の非罹患馬は、トレッドミルによる八週間の調教シミュレーション期間で、35%の最大酸素摂取量の増加を示しており、これは、他の文献で報告されている、九週間の調教による20%の最大酸素摂取量の増加をも上回る、十分なトレーニング量&強度であると考えられます。このため、この研究で用いられた馬および運動プログラムは、競馬場やトレーニングセンターにおける胃潰瘍発症の過程を、かなり忠実に再現していると推測され、今後の研究において、胃潰瘍の治療&予防のための管理法や内科療法を試験する際に、極めて有用な実験モデルであるという考察がなされています。
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