馬の文献:胃潰瘍(Sykes et al. 2015)
文献 - 2015年09月19日 (土)
「馬の胃潰瘍症候群の治療のためのオメプラゾールの二種類の投与濃度の比較:盲検かつ無作為の濃度比例臨床試験」
Sykes BW, Sykes KM, Hallowell GD. A comparison of three doses of omeprazole in the treatment of equine gastric ulcer syndrome: A blinded, randomised, dose-response clinical trial. Equine Vet J. 2015; 47(3): 285-290.
この研究論文では、馬の胃潰瘍症候群(Gastric ulcer syndrome)に対するオメプラゾールの治療効果を検討するため、胃内視鏡検査(Gastroscopy)によってグレード2以上の胃潰瘍が確認された60頭のサラブレッド競走馬を、三種類の濃度のオメプラゾール投与郡(1.0 or 2.0 or 4.0 mg/kg-BW)に無作為に割り振り(運動の1~4時間前に投与)、28日後に行われた再度の胃内視鏡検査によって、胃潰瘍病巣の治癒度合いの評価が行われました。
結果としては、扁平上皮部の潰瘍(Squamous ulceration)の治癒においては、低濃度(1.0 and 2.0 mg/kg-BW)のオメプラゾールでも、高濃度(4.0 mg/kg-BW)のオメプラゾールより劣っている訳ではない、というデータが示されました。このため、運動前に投与する治療方針においては、1.0 mg/kg-BWという低い投与量によって、充分な胃潰瘍の治癒作用が期待できることが示唆されました。
このように、低濃度のオメプラゾールでも効能が認められた理由としては、投与が運動の1~4時間前に行われることで、運動中の胃酸生成が抑制(Gastric acid suppression)されて、扁平上皮部が胃酸に暴露(運動時の体躯の振動によって起こり易い)される度合いが弱まった、という考察がなされています。もう一つ考えられる理由としては、この研究の対象となった馬達は、運動の12~14時間前に給餌され、それを四時間程度で完食することから、オメプラゾール投与の時点では上部消化管が空っぽに近い状態だったので(完食してから8~10時間経っている)、オメプラゾールが効率良く吸収されて、薬剤が生物学的に使用可能な度合い(Bioavailability.)が高くなった、という仮説もなされています。
この研究では、オメプラゾール投与によって胃潰瘍が治癒した馬の割合は、扁平上皮部の潰瘍では86%であったのに対して、腺上皮部の潰瘍(Glandular ulceration)では14%と、有意に低かった事が分かりました。同様に、胃潰瘍のグレードが改善した馬の割合も、扁平上皮部の潰瘍では96%であったのに対して、腺上皮部の潰瘍では34%と有意に低く、また、腺上皮部の潰瘍のうち36%においては、胃潰瘍のグレードが悪化したというデータも示されました。人間の医学においては、扁平上皮部の病態である逆流性食道炎(Reflux esophagitis)と、腺上皮部の病態である潰瘍性胃炎(Ulcerative gastritis)では、治療に必要な胃酸抑制には差異が無いことが知られていますが(Shin et al. Curr Gastroenterol Rep. 2008:10;528)、馬においてもこの傾向が当てはまるか否かは解明されていません。
この研究において、扁平上皮部の潰瘍に比べて、腺上皮部の潰瘍のほうが、オメプラゾールによる効能が低かった要因としては、腺上皮部の潰瘍の発生(Development)または永続化(Perpetuation)に際して、細菌感染(Bacterial infection)が関与している可能性(=胃酸抑制だけでは治りにくく、抗菌剤を併用すれば治り易かった?)が示唆されています。過去の幾つかの文献では、腺上皮部の潰瘍に罹患した馬から、ヘリコバクター様病原体(Helicobacter-like organisms)が分離されており(Contreras et al. Lett Appl Microbiol. 2007;45:553)、難治性(Refractory)の腺上皮部潰瘍に対しては、抗生物質療法(Antimicrobial therapy)の併用が推奨されています(Nadeau et al. EVJ. 2009;41:611)。
この研究の限界点(Limitation)としては、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の使用の有無が記録されていなかった事が挙げられていますが、NSAID投与によって、馬の胃潰瘍が発症または悪化するかについては論議(Controversy)があります。過去の文献では、フルニキシンやフェニルブタゾンの投与(通常の薬用量の五割増し)によって胃潰瘍が起こったという報告がある一方で(MacAllister et al. JAVMA. 1993:202;71)、フェニルブタゾン(通常の薬用量)が15日間にわたって投与されても胃潰瘍は起こらなかった、という知見も示されています(Andrews et al. Vet Ther. 2009:10;113)。また、腺上皮部の潰瘍の発症において、NSAID投与は有意な危険因子(Risk factor)とは認められなかった、という報告もなされています(Habershon-Butcher et al. JVIM. 2012:26;731)。
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この研究論文では、馬の胃潰瘍症候群(Gastric ulcer syndrome)に対するオメプラゾールの治療効果を検討するため、胃内視鏡検査(Gastroscopy)によってグレード2以上の胃潰瘍が確認された60頭のサラブレッド競走馬を、三種類の濃度のオメプラゾール投与郡(1.0 or 2.0 or 4.0 mg/kg-BW)に無作為に割り振り(運動の1~4時間前に投与)、28日後に行われた再度の胃内視鏡検査によって、胃潰瘍病巣の治癒度合いの評価が行われました。
結果としては、扁平上皮部の潰瘍(Squamous ulceration)の治癒においては、低濃度(1.0 and 2.0 mg/kg-BW)のオメプラゾールでも、高濃度(4.0 mg/kg-BW)のオメプラゾールより劣っている訳ではない、というデータが示されました。このため、運動前に投与する治療方針においては、1.0 mg/kg-BWという低い投与量によって、充分な胃潰瘍の治癒作用が期待できることが示唆されました。
このように、低濃度のオメプラゾールでも効能が認められた理由としては、投与が運動の1~4時間前に行われることで、運動中の胃酸生成が抑制(Gastric acid suppression)されて、扁平上皮部が胃酸に暴露(運動時の体躯の振動によって起こり易い)される度合いが弱まった、という考察がなされています。もう一つ考えられる理由としては、この研究の対象となった馬達は、運動の12~14時間前に給餌され、それを四時間程度で完食することから、オメプラゾール投与の時点では上部消化管が空っぽに近い状態だったので(完食してから8~10時間経っている)、オメプラゾールが効率良く吸収されて、薬剤が生物学的に使用可能な度合い(Bioavailability.)が高くなった、という仮説もなされています。
この研究では、オメプラゾール投与によって胃潰瘍が治癒した馬の割合は、扁平上皮部の潰瘍では86%であったのに対して、腺上皮部の潰瘍(Glandular ulceration)では14%と、有意に低かった事が分かりました。同様に、胃潰瘍のグレードが改善した馬の割合も、扁平上皮部の潰瘍では96%であったのに対して、腺上皮部の潰瘍では34%と有意に低く、また、腺上皮部の潰瘍のうち36%においては、胃潰瘍のグレードが悪化したというデータも示されました。人間の医学においては、扁平上皮部の病態である逆流性食道炎(Reflux esophagitis)と、腺上皮部の病態である潰瘍性胃炎(Ulcerative gastritis)では、治療に必要な胃酸抑制には差異が無いことが知られていますが(Shin et al. Curr Gastroenterol Rep. 2008:10;528)、馬においてもこの傾向が当てはまるか否かは解明されていません。
この研究において、扁平上皮部の潰瘍に比べて、腺上皮部の潰瘍のほうが、オメプラゾールによる効能が低かった要因としては、腺上皮部の潰瘍の発生(Development)または永続化(Perpetuation)に際して、細菌感染(Bacterial infection)が関与している可能性(=胃酸抑制だけでは治りにくく、抗菌剤を併用すれば治り易かった?)が示唆されています。過去の幾つかの文献では、腺上皮部の潰瘍に罹患した馬から、ヘリコバクター様病原体(Helicobacter-like organisms)が分離されており(Contreras et al. Lett Appl Microbiol. 2007;45:553)、難治性(Refractory)の腺上皮部潰瘍に対しては、抗生物質療法(Antimicrobial therapy)の併用が推奨されています(Nadeau et al. EVJ. 2009;41:611)。
この研究の限界点(Limitation)としては、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の使用の有無が記録されていなかった事が挙げられていますが、NSAID投与によって、馬の胃潰瘍が発症または悪化するかについては論議(Controversy)があります。過去の文献では、フルニキシンやフェニルブタゾンの投与(通常の薬用量の五割増し)によって胃潰瘍が起こったという報告がある一方で(MacAllister et al. JAVMA. 1993:202;71)、フェニルブタゾン(通常の薬用量)が15日間にわたって投与されても胃潰瘍は起こらなかった、という知見も示されています(Andrews et al. Vet Ther. 2009:10;113)。また、腺上皮部の潰瘍の発症において、NSAID投与は有意な危険因子(Risk factor)とは認められなかった、という報告もなされています(Habershon-Butcher et al. JVIM. 2012:26;731)。
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