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馬の文献:十二指腸近位空腸炎(Johnston et al. 1987)

「馬の十二指腸近位空腸炎と小腸通過障害の比較:1977~1985年の68症例」
Johnston JK, Morris DD. Comparison of duodenitis/proximal jejunitis and small intestinal obstruction in horses: 68 cases (1977-1985). J Am Vet Med Assoc. 1987; 191(7): 849-854.

この症例論文では、類似症状を示すことの多い、馬の十二指腸近位空腸炎(Duodenitis-proximal jejunitis)と小腸通過障害(Small intestinal obstruction)における、鑑別診断に有用な検査所見を発見するため、1977~1985年における34頭の十二指腸近位空腸炎の罹患馬、および34頭の小腸通過障害の罹患馬の診療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。この研究での小腸通過障害の原因疾患としては、小腸捻転(Small intestinal volvulus)、有茎性脂肪腫(Pedunculated lipoma)、憩室間膜帯(Mesodiverticular band)、網嚢孔捕捉(Epiploic foramen entrapment)、小腸重積(Small intestinal intussusception)、回腸便秘(Ileal impaction)などが含まれました。

結果としては、十二指腸近位空腸炎の罹患馬は、小腸通過障害の罹患馬に比べて、抑鬱(Depression)、中程度~重度疝痛(Moderate to severe abdominal pain)、直腸検査で触診可能な持続性小腸膨満(Persistent small intestinal distension palpable per rectum)、腹水検査(Abdominocentesis)における白血球数および蛋白濃度の上昇、などが有意に頻繁に認められました。しかし、いずれの所見も、単独では両疾患の推定診断における信頼的な指標にはならないことが示唆されており、十二指腸近位空腸炎と小腸通過障害の鑑別を要する症例においては、全ての検査結果を総合的に考慮して慎重に鑑別診断を下すことが重要であると考察されています。

この研究では、十二指腸近位空腸炎では、内科的&外科的治療によって94%の生存率が達成されたのに対して、小腸通過障害の生存率は29%にとどまっており、小腸疾患が疑われる患馬において、明瞭な鑑別診断が下せない場合には、早期に探索的開腹術(Exploratory celiotomy)を実施して、致死的な病態を起こしうる小腸通過障害の治療を遅延させないようにする、という診療決定指針が推奨されています。

この研究では、十二指腸近位空腸炎の罹患馬のほうが、小腸通過障害の罹患馬に比べて、抑鬱の症状を示す可能性が有意に高く、また、心拍数の上昇(毎分80回以上)や呼吸数の増加(毎分24回以上)を示す可能性が有意に低いことが示されました。しかし、例えば心拍数の上昇を見ると、小腸通過障害の罹患馬でも、その35%において心拍数が毎分80回以下であったことが示され、また、臨床現場では鎮静剤&鎮痛剤の投与によって、疼痛の重篤度を正確に判定するのは難しい状況もありえます。このため、小腸疾患が疑われる患馬の診療に際しては、疝痛症状が軽いという所見のみで小腸通過障害の除外診断を下すのは適当でないという警鐘が鳴らされています。

この研究では、十二指腸近位空腸炎の罹患馬における経鼻カテーテルによる胃内容液の排出(Nasogastric reflux)は平均13リットルで、小腸通過障害の罹患馬における胃内容液の排出(平均8リットル)よりも有意に高かったものの、その排出量には個体差が大きく、両疾患の鑑別の境目となる胃内容液排出のカットオフ値を決めるのは困難であると考えられました。しかし、十二指腸近位空腸炎の罹患馬のほうが、胃内容物の排出後にも、直腸検査によって持続的に小腸膨満が触知される可能性が有意に高く、また、十二指腸近位空腸炎において比較的に特徴的なオレンジおよび茶色で腐敗臭(Fetid odor)を呈する胃内容液が認められる症例もあったことから、胃内容液の排出量だけでなく、その性状および持続性を考慮することで、より信頼性の高い鑑別診断が可能になることが示唆されています。

この研究では、腹水検査において、十二指腸近位空腸炎の罹患馬における腹水の白血球数は平均10000/uLで、小腸通過障害の罹患馬における腹水の白血球数(平均46000/uL)よりも有意に低く、また、腹水白血球数が5000/uLである所見は、十二指腸近位空腸炎では65%、小腸通過障害では13%に認められました。このことから、腹水検査の所見は、十二指腸近位空腸炎と小腸通過障害の鑑別診断において、有用な補助的診断指標になりうると考えられました。しかし、採取した腹水検体は必ずしも腹腔全体の状態を反映しているとは限らず、また、重篤な虚血(Marked ischemia)を生じた小腸通過障害においても、顕著な白血球数増加を示すまでにはある程度の時間を要する症例もあることから、腹水検査の所見のみによる十二指腸近位空腸炎の推定診断はやはり適当ではないという考察がなされています。

この研究では、腹水検査において、十二指腸近位空腸炎の罹患馬のほうが、小腸通過障害の罹患馬よりも、腹水蛋白濃度が有意に高く、また、これに白血球数の上昇は顕著ではない状態が重なった結果、腹水検体の白血球数・蛋白比(WBC-protein ratio)が減少する傾向が認められました。この要因としては、十二指腸近位空腸炎では漿膜炎(Serositis)や受動的鬱滞(Passive congestion)による蛋白漏出(Protein leakage)は生じるものの、小腸通過障害に見られるような重篤な絞扼(Strangulation)は起きていないため、腸壁からの顆粒球の浸潤(Granulocyte invasion)は軽度にとどまったためと考えられました。しかし、白血球数・蛋白比は、十二指腸近位空腸炎および小腸通過障害の馬郡においてオーバーラップが大きかったため、やはり単独での十二指腸近位空腸炎の推定診断は適当ではないと考察されています。

この研究では、十二指腸近位空腸炎の罹患馬のうち、十歳齢以上の馬が四割以上を占め、また、小腸通過障害の罹患馬のほうが、十二指腸近位空腸炎の罹患馬に比べて、二歳齢以下である可能性が有意に高いことが示されました。これは、若い馬のほうが、馬回虫感染(Ascarid infection)を起こし易く、食餌変更にも敏感であるという要素を反映していると推測されています。

この論文は、馬の小腸疾患に対して腹部超音波検査(Abdominal ultrasonography)がまだ頻繁には使用されていない時代に書かれた報告であるため、超音波検査と臨床所見、および、血液検査や腹水検査を併用する診断法は評価されていません。一般的に、超音波像では小腸内径(Small intestinal luminal diameter)や腸壁の厚さ(Intestinal wall thickness)の測定ができ、また、小腸の特定箇所の観察(十二指腸v.s.空腸)が可能で、さらに、脂肪腫および小腸重積の病変が明瞭に確認できる場合もあることから、さらに鑑別診断の感度および信頼性を向上できると考えられます。

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