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馬の文献:網嚢孔捕捉(Engelbert et al. 1993)

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「網嚢孔による小腸嵌頓:1983~1992年の19症例」
Engelbert TA, Tate LP Jr, Bowman KF, Bristol DG. Incarceration of the small intestine in the epiploic foramen. Report of 19 cases (1983-1992). Vet Surg. 1993; 22(1): 57-61.

この症例論文では、馬の網嚢孔(Epiploic foramen)による小腸嵌頓(Small intestinal incarceration)の病態、外科治療効果、およびその予後を評価するため、1983~1992年にわたる19頭の網嚢孔捕捉(Epiploic foramen entrapment)の罹患馬の医療記録(Medical records)の解析が行われました。

結果としては、19頭の網嚢孔捕捉の罹患馬のうち、来院後の一ヶ月以内に安楽死(Euthanasia)となったのは五頭で(短期生存率:74%)、退院後の一年以内に安楽死となったのは二頭(長期生存率:63%)であったことが報告されています。このため、馬の網嚢孔捕捉では、外科療法による治療効果は良好~中程度ですが、予後不良から安楽死となる症例も比較的に多いことが示唆されました。この研究では、サンプル数が少ないため、臨床所見、血液検査、直腸検査(Rectal examination)、腹水検査(Abdominocentesis)などの所見が、予後判定(Prognostication)の指標なりうるか否かに関する考察は行われていません。

この研究では、19頭の網嚢孔捕捉の罹患馬のうち、経鼻カテーテルからの胃逆流液の排出(Nasogastric reflux)が見られたのは89%(17/19頭)の症例で、このうち胃逆流液の量が10L以下であったのは14頭であったことが報告されています。このため、少量~中程度の胃逆流液排出は、比較的に網嚢孔捕捉に特徴的な所見(Pathognomonic sign)であると考えられ、多量の胃逆流液の排出を呈することの多い十二指腸近位空腸炎(Duodenitis-proximal jejunitis)との鑑別診断にも有用な指標であると考えられます。

この研究では、19頭の網嚢孔捕捉の罹患馬のうち、直腸検査によって小腸膨満(Small intestinal distension)が触知されたのは79%(15/19頭)の症例でした。しかし、これは網嚢孔捕捉に特異的な所見ではなく、また、一般的に網嚢孔までは術者の手は届かないため、直腸検査のみによる網嚢孔捕捉の推定診断は困難であることが知られています。一方、直腸壁を介して盲腸ヒモ(Cecal band)を尾側に牽引(Caudal traction)した際に、患馬が疼痛反応を示した場合には、網嚢孔捕捉を疑うという古典的な診断手法も提唱されています。しかし、この研究では、この盲腸牽引試験(Cecum traction test)に陽性を示したのは11%(2/19頭)の症例に過ぎず、また、網嚢孔捕捉以外の疝痛馬でも、同様の反応を示す患馬は少数いることから、この診断法の感度(Sensitivity)および特異度(Specificity)に関しては賛否両論(Controversy)があります。

この研究では、19頭の網嚢孔捕捉の罹患馬のうち、13頭において腹水検査が実施され、このうち、蛋白濃度上昇(>2.5g/dL)が認められたのは62%(8/13頭)で、白血球数増加(>10,000/uL)が認められたのは16%(3/13頭)であったことが報告されています。これらは、いずれも網嚢孔捕捉に特異的な所見ではなく、また、その測定値単独では他の小腸疾患との鑑別指標にはなりえないと考えられます。

この研究では、網嚢孔捕捉の罹患馬の平均年齢は9.5歳と比較的に高めだったものの、二歳齢以下の症例も数頭含まれていました。一般的に馬の網嚢孔は、加齢に伴う肝臓萎縮(Hepatic atrophy)によってその内径が大きくなり、小腸の捕捉に起因する嵌頓や絞扼(Strangulation)を起こしやすくなると仮説されています。しかし、生まれつきの網嚢孔のサイズには個体差があると考えられ、また、孔自体が小さくても偶発的な小腸迷入を起こす危険は常にあるため、患馬の年齢のみで網嚢孔捕捉の除外診断を下すのは適当でないという警鐘が鳴らされています。

この研究では、術中に安楽死となった三頭を除く16頭のうち、13頭において罹患部位の小腸切除および吻合術(Small intestinal resection/anastomosis)が応用され、このうち、五頭では空腸々々吻合術(Jejunojejunal anastomosis)、八頭では空腸盲腸吻合術(Jejunocecal anastomosis)の術式が用いられました。この論文では、これらの術式の違いによる予後の有意差は認められていません。

馬の網嚢孔は、尾側大静脈(Caudal vena cava)がその背側境界を成し、門脈(Portal vein)が腹側境界を成しているため、網嚢孔捕捉の外科治療においては、捕捉されている小腸を引き抜く際に、大静脈および門脈の破裂を起こす危険があると指摘されています。この研究では、19頭の網嚢孔捕捉の罹患馬のうち一頭において、中程度の腹腔内出血(Moderate abdominal hemorrhage)が認められましたが、これは大静脈または門脈からではなく、十二指腸間膜(Mesoduodenum)に由来すると考えられています。いずれにしても、網嚢孔捕捉の開腹術に際しては、カルボキシメチルセルロースナトリウム(Sodium carboxymethylcellulose)などの潤滑剤を多量に用いたり、網嚢孔に対して垂直方向に小腸を操作するなどの、脈管破裂を予防する処置が重要であると提唱されています。

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