馬の文献:網嚢孔捕捉(Munstermanet al. 2014)
文献 - 2015年10月03日 (土)
「六頭の馬の網嚢孔における実験的な腹腔鏡的閉鎖の外科手技と短期治療成績」
Munsterman AS, Hanson RR, Cattley RC, Barrett EJ, Albanese V. Surgical technique and short-term outcome for experimental laparoscopic closure of the epiploic foramen in 6 horses. Vet Surg. 2014; 43(2): 105-113.
この研究論文では、馬の網嚢孔捕捉(Epiploic foramen entrapment)の新治療法を確立するため、六頭の健常馬を用いた起立位手術(Standing surgery)において、網嚢孔の腹腔鏡的閉鎖(Laparoscopic closure)が試みられ、四週間にわたる経過観察とその後の剖検による、短期治療成績(Short-term outcome)の評価が行われました。
この研究で試験された術式では、右側膁部(Right flank)を術野消毒および局所麻酔(Local anesthesia)した後、一つ目の切開創は、寛結節の腹側部(Ventral aspect of the tuber coxae)の高さで、最後肋骨から尾側に4cmの位置で、内腹斜筋の脚部(Crus of the internal abdominal oblique muscle)の箇所として、これが腹腔鏡カメラの挿入口とされ、腹腔へのCO2ガス注入(Abdominal insufflation with CO2 gas)が行われました。そして、腹腔鏡カメラで、肝臓の右葉と尾状葉(Right and caudate hepatic lobes)を視認した後、カメラを頭背側に進め、十二指腸下降部より腹側(Ventral to the descending duodenum)、および、肝臓尾状葉より尾側(Caudal to the caudate lobe of the liver)の位置に網嚢孔が確認されました。そこから、尾状葉と肝十二指腸靭帯(Hepatoduodenal ligament)のあいだにある繊維性亀裂(Fibrous fissure)を背側へ追っていく事で、網嚢孔の右側開口部(Right aperture)が確認されました。さらに、胃膵臓ヒダ(Gastropancreatic fold)、膵臓の右葉(Right lobe of the pancreas)、門脈(Portal vein)、後大静脈(Caudal vena cava)なども同時に視認され、網嚢(Omental bursa)の内部までカメラを挿入させることで、網嚢孔が開存(Patent)していることが確認されました。その後、二つ目の切開創は、第15肋間(15th intercostal space)で、肘頭と寛結節を結んだ線(Line drawn from the olecranon to the tuber coxae)との交差点に設けられ、これは器具ポータルとされ、腹腔鏡用のバブコック鉗子(Laparoscopic Babcock forceps)の挿入口とされました。さらに、三つ目の切開創は、やはり第15肋間で、二つ目の切開創から4cm腹側に設けられ、これは止め具器具(Tacking device)の挿入口とされました。その後には、鉗子を用いて胃膵臓ヒダおよび膵臓右葉を掴んで、これらを肝臓右葉と並べてから、チタン製螺旋コイル(Titanium helical coils)を使って連結する作業が行われました。切開創の閉鎖は通常通り実施され、手術時間は平均41分であったことが示されました。
結果としては、実験に使われた六頭の全てにおいて、網嚢孔の腹腔鏡的閉鎖が達成され、術中および術後の合併症(Intra/Post-operative complications)は認められませんでした。術後には、GGTとSDHの血中濃度は正常でしたが、ASTおよびアミラーゼ濃度の一過性上昇が生じていました。再検査においては、六頭中の五頭で、網嚢孔の完全閉鎖(Complete closure)が確認されて、残りの一頭でも部分閉鎖が起きていました。このため、網嚢孔捕捉の発症馬においては、腹腔鏡を使った起立位手術によって、網嚢孔の外科的閉鎖が可能であり、周辺の臓器や脈管(Surrounding organs and vessels)への医原性損傷(Iatrogenic damage)の危険も無いことが示唆されました。そして今後は、実際の症例への臨床応用を重ねることで、網嚢孔の閉鎖が、網嚢孔捕捉の再発防止につながるか否かについて、慎重に検討する必要があると考察されています。
この研究では、腹腔鏡手術によって網嚢孔の充分な視野を確保するために重要なポイントとして、カメラポータルのための一つ目の切開創を正確に設けること、および、ガス注入によって完全な腹腔膨満を維持すること、という二点が挙げられています。また、器具ポータルのための二つ目と三つ目の切開創は、胸膜が反転(Pleural reflection)する境界に設けることで、出来るだけ腹腔の頭側域(Cranial aspect of abdominal cavity)へ鉗子を届かせるよう試みられました。ただ、市販されている腹腔鏡用の鉗子の長さには限界があるため、体格の大きい馬の場合には、網嚢孔への施術がやや難しくなる可能性もある、という考察がなされています。実際、この研究の術式では、器具ポータルからの鉗子や止め具器具の挿入時には、カニューレは取り除いて、器具の全長を用いて施術する必要があったと報告されています。
この研究では、止め具を使って網嚢孔を閉鎖する際には、胃膵臓ヒダだけに止め具を掛けると、このヒダが避けてしまう傾向があり、堅固な閉鎖を達成するためには、膵臓の右葉そのものにも止め具を食い込ませる必要があった、と報告されています。この結果、使用する止め具の数が増えるだけでなく、止め具を掛けた部位の膵臓組織からの出血も、やや多めになっていました。しかし、膵臓機能の異常を示すアミラーゼの血中濃度の上昇は軽度にとどまり、膵臓損傷に伴って見られる発熱(Fever)、腹部違和感(Abdominal discomfort)、胃逆流液(Gastric reflux)などの症状(Waitt et al. J Vet Diagn Invest. 2006;18:405, Bakos et al. Vet Rec. 2008;162:95)も認められておらず、膵臓実質への副作用は最小限にとどまると考えられました。
一般的に、馬の外科的疝痛のうち、2~8%が網嚢孔への小腸絞扼(Strangulation of the small intestine through epiploic foramen)が原因であることが知られています(Vachon et al. EVJ. 1995;27:373, Jenei et al. Vet Surg. 2003;32:489, Mair et al. EVJ. 2005;37:296)。また、網嚢孔捕捉は、小腸における外科的疾患の9~34%を占めており、再発率(Recurrence rate)は3%であることが報告されています(Freeman et al. EVJ Suppl. 2000;32:42, Freeman et al. JAVMA. 2001;219:87)。さらに、網嚢孔捕捉における外科的治療では、短期生存率(Short-term survival rate)は15~74%で、長期生存率(Long-term survival rate)は28~70%であるという知見も示されています(Archer et al. Vet Rec. 2004;155:793, Engelbert et al. Vet Surg. 1993;22:57)。
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Munsterman AS, Hanson RR, Cattley RC, Barrett EJ, Albanese V. Surgical technique and short-term outcome for experimental laparoscopic closure of the epiploic foramen in 6 horses. Vet Surg. 2014; 43(2): 105-113.
この研究論文では、馬の網嚢孔捕捉(Epiploic foramen entrapment)の新治療法を確立するため、六頭の健常馬を用いた起立位手術(Standing surgery)において、網嚢孔の腹腔鏡的閉鎖(Laparoscopic closure)が試みられ、四週間にわたる経過観察とその後の剖検による、短期治療成績(Short-term outcome)の評価が行われました。
この研究で試験された術式では、右側膁部(Right flank)を術野消毒および局所麻酔(Local anesthesia)した後、一つ目の切開創は、寛結節の腹側部(Ventral aspect of the tuber coxae)の高さで、最後肋骨から尾側に4cmの位置で、内腹斜筋の脚部(Crus of the internal abdominal oblique muscle)の箇所として、これが腹腔鏡カメラの挿入口とされ、腹腔へのCO2ガス注入(Abdominal insufflation with CO2 gas)が行われました。そして、腹腔鏡カメラで、肝臓の右葉と尾状葉(Right and caudate hepatic lobes)を視認した後、カメラを頭背側に進め、十二指腸下降部より腹側(Ventral to the descending duodenum)、および、肝臓尾状葉より尾側(Caudal to the caudate lobe of the liver)の位置に網嚢孔が確認されました。そこから、尾状葉と肝十二指腸靭帯(Hepatoduodenal ligament)のあいだにある繊維性亀裂(Fibrous fissure)を背側へ追っていく事で、網嚢孔の右側開口部(Right aperture)が確認されました。さらに、胃膵臓ヒダ(Gastropancreatic fold)、膵臓の右葉(Right lobe of the pancreas)、門脈(Portal vein)、後大静脈(Caudal vena cava)なども同時に視認され、網嚢(Omental bursa)の内部までカメラを挿入させることで、網嚢孔が開存(Patent)していることが確認されました。その後、二つ目の切開創は、第15肋間(15th intercostal space)で、肘頭と寛結節を結んだ線(Line drawn from the olecranon to the tuber coxae)との交差点に設けられ、これは器具ポータルとされ、腹腔鏡用のバブコック鉗子(Laparoscopic Babcock forceps)の挿入口とされました。さらに、三つ目の切開創は、やはり第15肋間で、二つ目の切開創から4cm腹側に設けられ、これは止め具器具(Tacking device)の挿入口とされました。その後には、鉗子を用いて胃膵臓ヒダおよび膵臓右葉を掴んで、これらを肝臓右葉と並べてから、チタン製螺旋コイル(Titanium helical coils)を使って連結する作業が行われました。切開創の閉鎖は通常通り実施され、手術時間は平均41分であったことが示されました。
結果としては、実験に使われた六頭の全てにおいて、網嚢孔の腹腔鏡的閉鎖が達成され、術中および術後の合併症(Intra/Post-operative complications)は認められませんでした。術後には、GGTとSDHの血中濃度は正常でしたが、ASTおよびアミラーゼ濃度の一過性上昇が生じていました。再検査においては、六頭中の五頭で、網嚢孔の完全閉鎖(Complete closure)が確認されて、残りの一頭でも部分閉鎖が起きていました。このため、網嚢孔捕捉の発症馬においては、腹腔鏡を使った起立位手術によって、網嚢孔の外科的閉鎖が可能であり、周辺の臓器や脈管(Surrounding organs and vessels)への医原性損傷(Iatrogenic damage)の危険も無いことが示唆されました。そして今後は、実際の症例への臨床応用を重ねることで、網嚢孔の閉鎖が、網嚢孔捕捉の再発防止につながるか否かについて、慎重に検討する必要があると考察されています。
この研究では、腹腔鏡手術によって網嚢孔の充分な視野を確保するために重要なポイントとして、カメラポータルのための一つ目の切開創を正確に設けること、および、ガス注入によって完全な腹腔膨満を維持すること、という二点が挙げられています。また、器具ポータルのための二つ目と三つ目の切開創は、胸膜が反転(Pleural reflection)する境界に設けることで、出来るだけ腹腔の頭側域(Cranial aspect of abdominal cavity)へ鉗子を届かせるよう試みられました。ただ、市販されている腹腔鏡用の鉗子の長さには限界があるため、体格の大きい馬の場合には、網嚢孔への施術がやや難しくなる可能性もある、という考察がなされています。実際、この研究の術式では、器具ポータルからの鉗子や止め具器具の挿入時には、カニューレは取り除いて、器具の全長を用いて施術する必要があったと報告されています。
この研究では、止め具を使って網嚢孔を閉鎖する際には、胃膵臓ヒダだけに止め具を掛けると、このヒダが避けてしまう傾向があり、堅固な閉鎖を達成するためには、膵臓の右葉そのものにも止め具を食い込ませる必要があった、と報告されています。この結果、使用する止め具の数が増えるだけでなく、止め具を掛けた部位の膵臓組織からの出血も、やや多めになっていました。しかし、膵臓機能の異常を示すアミラーゼの血中濃度の上昇は軽度にとどまり、膵臓損傷に伴って見られる発熱(Fever)、腹部違和感(Abdominal discomfort)、胃逆流液(Gastric reflux)などの症状(Waitt et al. J Vet Diagn Invest. 2006;18:405, Bakos et al. Vet Rec. 2008;162:95)も認められておらず、膵臓実質への副作用は最小限にとどまると考えられました。
一般的に、馬の外科的疝痛のうち、2~8%が網嚢孔への小腸絞扼(Strangulation of the small intestine through epiploic foramen)が原因であることが知られています(Vachon et al. EVJ. 1995;27:373, Jenei et al. Vet Surg. 2003;32:489, Mair et al. EVJ. 2005;37:296)。また、網嚢孔捕捉は、小腸における外科的疾患の9~34%を占めており、再発率(Recurrence rate)は3%であることが報告されています(Freeman et al. EVJ Suppl. 2000;32:42, Freeman et al. JAVMA. 2001;219:87)。さらに、網嚢孔捕捉における外科的治療では、短期生存率(Short-term survival rate)は15~74%で、長期生存率(Long-term survival rate)は28~70%であるという知見も示されています(Archer et al. Vet Rec. 2004;155:793, Engelbert et al. Vet Surg. 1993;22:57)。
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