馬の文献:有茎性脂肪腫(Garcia-Seco et al. 2005)
文献 - 2015年10月06日 (火)
「馬の有茎性脂肪腫の有病率および外科的切除における予後に関わる危険因子:1987~2002年の102症例」
Garcia-Seco E, Wilson DA, Kramer J, Keegan KG, Branson KR, Johnson PJ, Tyler JW. Prevalence and risk factors associated with outcome of surgical removal of pedunculated lipomas in horses: 102 cases (1987-2002). J Am Vet Med Assoc. 2005; 226(9): 1529-1537.
この症例論文では、馬の有茎性脂肪腫(Pedunculated lipoma)の有病率(Prevalence)、およびその外科的切除(Surgical removal)における予後に関わる危険因子(Risk factors)を評価するため、1987~2002年にわたる102頭の有茎性脂肪腫の罹患馬の診療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。この研究では、開腹術が行われた全症例(1017頭)のうち、有茎性脂肪腫はその約10%(102頭)を占めていました。
この研究では、102頭の有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、麻酔覚醒(Anesthesia recovery)されたのは76頭で、このうち二週間以上生存したのは61頭(短期生存率:80%)、一年以上生存したのは49頭(長期生存率:64%)であったことが報告されています。また、七割以上の症例が術後合併症(Post-operative complications)を続発し、その内訳としては、イレウスが34%、下痢が26%、術創感染が26%、癒着が16%、等となっています。このため、馬の有茎性脂肪腫における予後は良好~中程度ですが、術後には合併症を呈する危険がかなり高いことが示唆されました。
この研究では、多重ロジスティック解析(Multiple logistic regression)の結果から、入院時の心拍数が80/minである場合、体重が409kg以上である場合、腹水の色が異常であった場合などには、術後合併症を起こす可能性、および二週間以内に安楽死(Euthanasia)となる可能性が、40~50%近くも高まることが示唆されました(相対危険度:1.36~1.49)。このため、入院時の所見&腹水検査(Abdominocentesis)は、予後を予測する際の参考になりうると考察されていますが、算出されている相対危険度(Relative risk)はいずれも1.5以下と必ずしも顕著に高いわけではなかったため、これらの危険因子のみに基づいて予後判定(Prognostication)を下すのは適当でないと考えられます。
この研究では、全身麻酔時の平均動脈圧(Mean arterial pressure: MAP)が100mmHg以下であった患馬では、MAP値が100mmHg以上であった患馬に比べて、有意に高い合併症の発現率(87% v.s. 68%)、有意に低い短期生存率(46% v.s. 85%)、および有意に低い長期生存率(38% v.s. 68%)が示されました。このため、術中血圧は全身症状の重篤度を反映しており、その予後に有意に相関することが示されました。また、60mmHgのMAP値は有意な予後指標にはならないことが示されたことから、有茎性脂肪腫の罹患馬では、一般的に用いられる術中MAP値を60mmHg以上に保つという方針ではなく、より高い術中血圧(>100mmHg)を維持する処置を施すことで、循環不全に伴う合併症を予防して、良好な予後が期待できる可能性があると考察されています。
この研究では、麻酔覚醒された76頭の患馬のうち、脂肪腫の切除のみが行われて、腸管の切除および吻合術(Intestinal resection and anastomosis)を要しなかった馬は14頭で、この全頭が一年以上の生存を果たしました(長期生存率:100%)。一方、腸管の切除および吻合術が行われた62頭の患馬では、一年以上の生存を果たしたのは35頭にとどまりました(長期生存率:56%)。これは、腸管切除&吻合術を要するほど虚血性病変(Ischemic lesion)の悪化した馬では、術後合併症を起こして予後不良を呈する危険が高かったためと考えられ、術中に畜主に連絡を取り、経済的な理由による安楽死を選択する場合に、その予後判定の目安として重要なデータになると思われます。
この研究では、腸管の切除および吻合術が行われた62頭の患馬のうち、空腸々々吻合術(Jejunojejunal anastomosis)の術式が用いられたのは32頭、空腸盲腸吻合術(Jejunocecal anastomosis)の術式が用いられたのは28頭でした(他の二頭は下行結腸吻合術:Descending colon anastomosis)。これらの患馬のうち、一年以上の生存を果たしたのは、空腸々々吻合術では22頭であったのに対して(長期生存率:69%)、空腸盲腸吻合術では12頭にとどまりました(長期生存率:43%)。このように、空腸々々吻合術に比べて空腸盲腸吻合術における予後が悪かった潜在的要因(Potential factors)としては、(1)回腸断端(Ileal stump)から腸内容物漏出(Ingesta leakage)を生じて腹腔汚染(Abdominal contamination)を起こしやすかったこと、(2)罹患している回腸全域を摘出するのは困難であったこと、(3)術後には回腸盲腸弁(Ileocecal valve)の機能が失われること、(4)術後イレウス(Post-operative ileus)を続発しやすかったこと、(5)栄養物の消化能または吸収能が低下したこと(Decreased nutrient digestibility/absorption)、等が挙げられています。一方、吻合術の方式(単々吻合 v.s. 側々吻合)や、縫合法(ステイプル v.s. 手縫い)などの違いによる、予後の有意差は認められませんでした。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、安楽死となった患馬は入院時心拍数が平均78/minであったのに対して、短期生存を果たした患馬の入院時心拍数は平均61/min、長期生存を果たした患馬の入院時心拍数は平均58/minと、いずれも有意に低いことが示されました。このため、心拍数は有茎性脂肪腫の重篤度を反映しており、その予後に有意に相関することが示され、また、入院時心拍数が80/min以上を示した症例では、術後に予後不良を呈する可能性が高いと考えられました。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、安楽死となった患馬は入院時ヘマトクリット(PCV)が平均47%であったのに対して、短期生存を果たした患馬のPCV値は平均40%、長期生存を果たした患馬の入院時心拍数は平均39%と、いずれも有意に低いことが示されました。このため、PCV値は有茎性脂肪腫の重篤度を反映すると考えられましたが、生存馬郡(Survivor group)と非生存馬郡(Non-survivor group)のPCV値には重なりが大きく、明確なカットオフ値を決定するのは困難であったため、有茎性脂肪腫の治療に際しては、PCV値だけでなく臨床所見や他の血液検査を考慮して、慎重に予後判定を試みる必要があると考えられました。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬の平均体重は489kgで、同病院の症例全体の平均体重(415kg)、および他の疝痛症例の平均体重(448kg)よりも有意に高いことが示されました。これは、腹腔脂肪の蓄積(Abdominal fat accumulation)の多い肥満馬(Obese horses)ほど、脂肪腫が形成されやすかったことを示すデータであると考えられますが、正常な体重でも有茎性脂肪腫を発症したり、肥満体重でも有茎性脂肪腫を起こしていない個体もあることから、今後の研究では、体重よりも肥満度を正確に示すボディスコアのデータ、および各馬の運動量や飼料内容を加味して、より包括的な危険因子の検証を行う必要があると考えられました。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬の平均年齢は18.7歳で、同病院の症例全体の平均年齢(8.2歳)、および他の疝痛症例の平均年齢(8.5歳)よりも有意に高いことが示されました。有茎性脂肪腫が高齢馬に好発する要因としては、腹腔脂肪蓄積の少ない若齢馬では腸管膜に脂肪腫ができにくいこと、形成された脂肪腫が疝痛の原因となる大きさまで成長するには長期間を要すること、などが挙げられています。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、去勢馬(Gelding)が57%を占め、同病院の症例全体に占める去勢馬の割合(33%)、および他の疝痛症例に占める去勢馬の割合(33%)よりも有意に高いことが示されました。有茎性脂肪腫が去勢馬に好発する要因としては、精巣が切除されることで脂肪代謝(Lipid metabolism)が変化して、腹腔内での脂肪腫形成が起きやすくなること、一般的に去勢馬よりも成績や血統が優秀な種牡馬のほうが、管理が行き届いている場合が多く、運動量低下やカロリー過多を生じる可能性が低いこと、などが挙げられています。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、サドルブレッドおよびアラビアンがそれぞれ31%および20%を占め、同病院の症例全体に占める二品種の割合(5%および7%)、および他の疝痛症例に占める二品種の割合(14%および9%)よりも有意に高いことが示されました。このため、サドルブレッド品種およびアラビアン品種では、有茎性脂肪腫の遺伝性素因(Genetic predisposition)が存在することが示唆されましたが(インシュリン耐性の違いなど)、これらの二品種の特有な飼養環境、給餌内容、運動様式の違いが、有茎性脂肪腫の有病率に影響している可能性もあると考察されています。
この研究では、より初期の年代(1992年以前、または1992~1996年)における生存率のほうが、後期の年代(1996年以降)における生存率よりも低い傾向が示されました。この要因については、この論文内では明確には結論付けられていませんが、術者の技術向上や吻合術のための新しい術式および外科器具の開発などが考えられるかもしれません。
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この症例論文では、馬の有茎性脂肪腫(Pedunculated lipoma)の有病率(Prevalence)、およびその外科的切除(Surgical removal)における予後に関わる危険因子(Risk factors)を評価するため、1987~2002年にわたる102頭の有茎性脂肪腫の罹患馬の診療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。この研究では、開腹術が行われた全症例(1017頭)のうち、有茎性脂肪腫はその約10%(102頭)を占めていました。
この研究では、102頭の有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、麻酔覚醒(Anesthesia recovery)されたのは76頭で、このうち二週間以上生存したのは61頭(短期生存率:80%)、一年以上生存したのは49頭(長期生存率:64%)であったことが報告されています。また、七割以上の症例が術後合併症(Post-operative complications)を続発し、その内訳としては、イレウスが34%、下痢が26%、術創感染が26%、癒着が16%、等となっています。このため、馬の有茎性脂肪腫における予後は良好~中程度ですが、術後には合併症を呈する危険がかなり高いことが示唆されました。
この研究では、多重ロジスティック解析(Multiple logistic regression)の結果から、入院時の心拍数が80/minである場合、体重が409kg以上である場合、腹水の色が異常であった場合などには、術後合併症を起こす可能性、および二週間以内に安楽死(Euthanasia)となる可能性が、40~50%近くも高まることが示唆されました(相対危険度:1.36~1.49)。このため、入院時の所見&腹水検査(Abdominocentesis)は、予後を予測する際の参考になりうると考察されていますが、算出されている相対危険度(Relative risk)はいずれも1.5以下と必ずしも顕著に高いわけではなかったため、これらの危険因子のみに基づいて予後判定(Prognostication)を下すのは適当でないと考えられます。
この研究では、全身麻酔時の平均動脈圧(Mean arterial pressure: MAP)が100mmHg以下であった患馬では、MAP値が100mmHg以上であった患馬に比べて、有意に高い合併症の発現率(87% v.s. 68%)、有意に低い短期生存率(46% v.s. 85%)、および有意に低い長期生存率(38% v.s. 68%)が示されました。このため、術中血圧は全身症状の重篤度を反映しており、その予後に有意に相関することが示されました。また、60mmHgのMAP値は有意な予後指標にはならないことが示されたことから、有茎性脂肪腫の罹患馬では、一般的に用いられる術中MAP値を60mmHg以上に保つという方針ではなく、より高い術中血圧(>100mmHg)を維持する処置を施すことで、循環不全に伴う合併症を予防して、良好な予後が期待できる可能性があると考察されています。
この研究では、麻酔覚醒された76頭の患馬のうち、脂肪腫の切除のみが行われて、腸管の切除および吻合術(Intestinal resection and anastomosis)を要しなかった馬は14頭で、この全頭が一年以上の生存を果たしました(長期生存率:100%)。一方、腸管の切除および吻合術が行われた62頭の患馬では、一年以上の生存を果たしたのは35頭にとどまりました(長期生存率:56%)。これは、腸管切除&吻合術を要するほど虚血性病変(Ischemic lesion)の悪化した馬では、術後合併症を起こして予後不良を呈する危険が高かったためと考えられ、術中に畜主に連絡を取り、経済的な理由による安楽死を選択する場合に、その予後判定の目安として重要なデータになると思われます。
この研究では、腸管の切除および吻合術が行われた62頭の患馬のうち、空腸々々吻合術(Jejunojejunal anastomosis)の術式が用いられたのは32頭、空腸盲腸吻合術(Jejunocecal anastomosis)の術式が用いられたのは28頭でした(他の二頭は下行結腸吻合術:Descending colon anastomosis)。これらの患馬のうち、一年以上の生存を果たしたのは、空腸々々吻合術では22頭であったのに対して(長期生存率:69%)、空腸盲腸吻合術では12頭にとどまりました(長期生存率:43%)。このように、空腸々々吻合術に比べて空腸盲腸吻合術における予後が悪かった潜在的要因(Potential factors)としては、(1)回腸断端(Ileal stump)から腸内容物漏出(Ingesta leakage)を生じて腹腔汚染(Abdominal contamination)を起こしやすかったこと、(2)罹患している回腸全域を摘出するのは困難であったこと、(3)術後には回腸盲腸弁(Ileocecal valve)の機能が失われること、(4)術後イレウス(Post-operative ileus)を続発しやすかったこと、(5)栄養物の消化能または吸収能が低下したこと(Decreased nutrient digestibility/absorption)、等が挙げられています。一方、吻合術の方式(単々吻合 v.s. 側々吻合)や、縫合法(ステイプル v.s. 手縫い)などの違いによる、予後の有意差は認められませんでした。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、安楽死となった患馬は入院時心拍数が平均78/minであったのに対して、短期生存を果たした患馬の入院時心拍数は平均61/min、長期生存を果たした患馬の入院時心拍数は平均58/minと、いずれも有意に低いことが示されました。このため、心拍数は有茎性脂肪腫の重篤度を反映しており、その予後に有意に相関することが示され、また、入院時心拍数が80/min以上を示した症例では、術後に予後不良を呈する可能性が高いと考えられました。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、安楽死となった患馬は入院時ヘマトクリット(PCV)が平均47%であったのに対して、短期生存を果たした患馬のPCV値は平均40%、長期生存を果たした患馬の入院時心拍数は平均39%と、いずれも有意に低いことが示されました。このため、PCV値は有茎性脂肪腫の重篤度を反映すると考えられましたが、生存馬郡(Survivor group)と非生存馬郡(Non-survivor group)のPCV値には重なりが大きく、明確なカットオフ値を決定するのは困難であったため、有茎性脂肪腫の治療に際しては、PCV値だけでなく臨床所見や他の血液検査を考慮して、慎重に予後判定を試みる必要があると考えられました。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬の平均体重は489kgで、同病院の症例全体の平均体重(415kg)、および他の疝痛症例の平均体重(448kg)よりも有意に高いことが示されました。これは、腹腔脂肪の蓄積(Abdominal fat accumulation)の多い肥満馬(Obese horses)ほど、脂肪腫が形成されやすかったことを示すデータであると考えられますが、正常な体重でも有茎性脂肪腫を発症したり、肥満体重でも有茎性脂肪腫を起こしていない個体もあることから、今後の研究では、体重よりも肥満度を正確に示すボディスコアのデータ、および各馬の運動量や飼料内容を加味して、より包括的な危険因子の検証を行う必要があると考えられました。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬の平均年齢は18.7歳で、同病院の症例全体の平均年齢(8.2歳)、および他の疝痛症例の平均年齢(8.5歳)よりも有意に高いことが示されました。有茎性脂肪腫が高齢馬に好発する要因としては、腹腔脂肪蓄積の少ない若齢馬では腸管膜に脂肪腫ができにくいこと、形成された脂肪腫が疝痛の原因となる大きさまで成長するには長期間を要すること、などが挙げられています。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、去勢馬(Gelding)が57%を占め、同病院の症例全体に占める去勢馬の割合(33%)、および他の疝痛症例に占める去勢馬の割合(33%)よりも有意に高いことが示されました。有茎性脂肪腫が去勢馬に好発する要因としては、精巣が切除されることで脂肪代謝(Lipid metabolism)が変化して、腹腔内での脂肪腫形成が起きやすくなること、一般的に去勢馬よりも成績や血統が優秀な種牡馬のほうが、管理が行き届いている場合が多く、運動量低下やカロリー過多を生じる可能性が低いこと、などが挙げられています。
この研究では、有茎性脂肪腫の罹患馬のうち、サドルブレッドおよびアラビアンがそれぞれ31%および20%を占め、同病院の症例全体に占める二品種の割合(5%および7%)、および他の疝痛症例に占める二品種の割合(14%および9%)よりも有意に高いことが示されました。このため、サドルブレッド品種およびアラビアン品種では、有茎性脂肪腫の遺伝性素因(Genetic predisposition)が存在することが示唆されましたが(インシュリン耐性の違いなど)、これらの二品種の特有な飼養環境、給餌内容、運動様式の違いが、有茎性脂肪腫の有病率に影響している可能性もあると考察されています。
この研究では、より初期の年代(1992年以前、または1992~1996年)における生存率のほうが、後期の年代(1996年以降)における生存率よりも低い傾向が示されました。この要因については、この論文内では明確には結論付けられていませんが、術者の技術向上や吻合術のための新しい術式および外科器具の開発などが考えられるかもしれません。
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