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馬の文献:有茎性脂肪腫(Beccati et al. 2011)

「急性疝痛を呈した馬における超音波所見と確定診断は統計的に相関するのか?」
Beccati F, Pepe M, Gialletti R, Cercone M, Bazzica C, Nannarone S. Is there a statistical correlation between ultrasonographic findings and definitive diagnosis in horses with acute abdominal pain? Equine Vet J. 2011; 43 Suppl 39: 98-105.

この症例論文では、疝痛診断における腹腔超音波検査(Abdominal ultrasound)の有用性を評価するため、2006~2010年にかけて、疝痛症状のため来院し、術前の超音波検査が行われ、かつ、開腹術(Celiotomy)または剖検(Necropsy)による確定診断(Definitive diagnosis)がなされた158頭の患馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、小腸疾患の特徴的所見を、その他の疾患と比較すると、小腸ループが完全に膨満(Complete distended loop appearance)している場合には、小腸疾患を発症している可能性が23倍以上も高く(オッズ比:23.5)、この所見での小腸閉塞の診断の感度(Sensitivity)は83%、特異度(Specificity)は85%でした。また、十二指腸蠕動が減退(Reduced duodenum motility)している場合には、小腸疾患を発症している可能性が四倍近くも高く(オッズ比:3.8)、この所見での小腸閉塞の診断の感度は28%、特異度は89%でした。さらに、小腸壁が肥厚(Thickened small intestinal wall)している場合には、小腸疾患を発症している可能性が二倍以上も高く(オッズ比:2.3)、この所見での小腸閉塞の診断の感度は37%、特異度は82%でした。このため、馬の疝痛症例に対しては、腹腔超音波検査によって小腸の膨満、蠕動減退、小腸壁肥厚などを確かめることで、信頼性の高い大腸疾患との鑑別診断(Differential diagnosis)ができることが示唆されました。しかし、小腸の蠕動減退や腸壁肥厚においては、陽性的中率(Positive predictive value)は60%前後にとどまったことから(=例えこれらの異常所見が見られても五頭に二頭は偽陽性である)、超音波検査のみから推定診断(Presumptive diagnosis)を下すのは適当ではないと考えられ、聴診(Auscultation)、直腸検査(Rectal palpation)、腹水検査(Abdominocentesis)などの結果を考慮して、総合的に診断を下すことの重要性が再提起されています。

この論文では、小腸疾患の内訳のうち、絞扼性の小腸閉塞(Strangulated obstruction of small intestine)の特徴的所見を、その他の疾患と比較すると、小腸ループが完全に膨満している場合には、絞扼性小腸閉塞を発症している可能性が六倍以上も高く(オッズ比:6.3)、この所見での絞扼性小腸閉塞の診断の感度は76%、特異度は73%でした。この絞扼性の小腸閉塞には、有茎性脂肪腫(Pedunculated lipoma)、網嚢孔捕捉(Epiploic foramen entrapment)、小腸捻転(Small intestinal volvulus)、小腸重積(Small intestinal intussusception)、鼠径ヘルニア(Inguinal hernia)などが含まれました。しかし、非絞扼性や炎症性の小腸疾患である、馬回虫便秘症(Ascarid impaction)、浸潤性腸疾患(Infiltrative bowel disease)、回腸便秘(Ileal impaction)、十二指腸近位空腸炎(Duodenitis-proximal jejunitis)などの罹患馬は、症例数が少ないため、どのタイプの超音波所見が診断基準になるかに関しては、詳細な統計的解析はなされていません。

この論文では、小腸に多量のガスや液体が貯留して、円形の断面像(Round shape)になっていた場合を“完全な膨満”と定義し、ガスや液体の貯留が軽度で、四角い断面像(Square shape)になっていた場合を“部分的な膨満”(Partial distension)と定義しています。そして、“完全な膨満”が小腸疾患における有用な診断指標になるという結果は、他の文献とも合致していました(Klohnen et al. Proc ECVS. 2008:181, Busoni et al. Vet J. 2010;188:77)。一方で、“部分的な膨満”は大結腸や盲腸の疾患でも見られる場合がある、という知見が示されており、またこの場合には、小腸の蠕動減退はあまり認められないと考えられました。このうち、“完全な”と“部分的な”の見分けが明瞭でなかったり、病態の結果によっては蠕動減退が限られた箇所にしか起こっていない場合も考えられるため、より信頼性の高い鑑別診断を下すため、例えば小腸内径の測定値から鑑別診断のカットオフ値を算出したり、小腸の断面像のうち円形とそうでないものの比率を算出する、もしくは、大結腸から最も遠い十二指腸が膨満している時には、大腸疾患に伴う二次性の小腸膨満は除外診断する、などの解釈指針が有用であるかもしれません。

この論文では、腹水(Abdominal fluid)が増量している場合には、小腸疾患を起こしている可能性が三倍以上も高くなる(オッズ比:3.16)という結果も示され、これは膨満および鬱血した小腸壁からの漿液漏出に起因すると推測されています。しかし、この所見による小腸疾患の診断では、特異度と陽性的中率はいずれも50%以下に過ぎず、同様の所見は大腸疾患やその他の消化器疾患でも見られる場合があり、診断指標としての信頼性はそれほど高くない事が示唆されました。一方で、腹水の量だけでなく、採取した腹水の蛋白濃度や白血球数から、小腸疾患の重篤度を判定する指針は、手術の必要性やタイミングを見極めるために有用であるのかもしれません。

この論文では、大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)とそれに伴う腎脾間捕捉(Renosplenic entrapment)の特徴的所見を、その他の疾患と比較すると、左側腎臓が発見できない(Unable to visualize left kidney)場合には、腎脾間捕捉を発症している可能性が30倍以上も高く(オッズ比:30.7)、この所見での腎脾間捕捉の診断の感度は87%、特異度は83%でした。しかし、この診断指標による陽性的中率は42%しかなく、これは、例え大結腸が変位していなくても、大結腸内へのガス貯留が多い場合には、腎臓が見えにくくなるケースもありうるため、と推測されています。そして、直腸検査が行われると超音波像で腎臓が見えにくくなるという知見もあるため(Reef et al. Eq Diagnostic US. 1998:pp273)、大結腸変位が疑われる症例に対しては、直腸検査の前に超音波検査を実施するべきである、という提唱もなされています。

この論文では、絞扼性の大結腸捻転(Strangulated large colon volvulus)の特徴的所見を、その他の疾患と比較すると、大腸壁が肥厚(Thickened large colonic wall)している場合には、大結腸捻転を発症している可能性が12倍以上も高く(オッズ比:12.1)、この所見での大結腸捻転の診断の感度は67%、特異度は86%でした。また、絞扼性の大結腸捻転では、大結腸蠕動が減退している所見によっても、63%の感度と77%の特異度が示されており、この二つの指標を併用することで、より信頼性の高い大結腸捻転の診断が下されると考えられました。また他の文献では、嚢形成が見られない左背側大結腸(Non-sacculated left dorsal colon)が、腹側に反転している所見によって、大結腸捻転の推定診断(360度捻転では陰性を示すという問題点あり)を下したり(Abuterbush et al. JAVMA. 2006;228:409)、大結腸捻転の外科的整復から20時間以内に腸壁肥厚が減退した場合には、その後に良好な経過を示す(超音波像上の腸壁肥厚を診断ではなく予後判定の指標とする手法)という報告もあります(Sheats et al. EVJ. 2010;42:47)。

この論文の限界点(Limitation)としては、含まれた全ての患馬において、探索的開腹術(Exploratory laparotomy)ではなく、治療目的での開腹術、または安楽死(Euthanasia)とその後の剖検が選択されたことが挙げられ、つまり、それぞれの原因疾患は手術や安楽死を要するほど重かったことになります。このため、超音波像では、かなり顕著な異常所見が発見され易かったと推測され、ここで報告されている診断感度や信頼性は、やや過剰評価(Over-estimation)されている可能性があると考えられます。また、疝痛検査以前の鎮静剤(Sedation)の投与は考慮されていないため、来院前に既に鎮静されていた馬では、医原性の腸管蠕動の減退が生じた可能性は否定できない、という考察もなされています。

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