馬の文献:術後腸閉塞(Cohen et al. 2004)
文献 - 2015年10月08日 (木)
「馬の術後腸閉塞の発症に関わる危険因子の評価」
Cohen ND, Lester GD, Sanchez LC, Merritt AM, Roussel AJ Jr. Evaluation of risk factors associated with development of postoperative ileus in horses. J Am Vet Med Assoc. 2004; 225(7): 1070-1078.
この症例論文では、術後腸閉塞(Postoperative ileus)の危険因子(Risk factors)を評価するため、開腹術(Laparotomy)が行われた251頭の疝痛馬の医療記録(Medical records)の解析が行われました。
結果としては、251頭の外科的疝痛馬のうち、術後腸閉塞を続発した症例は47頭(罹患率:19%)で、特に小腸病変(Small intestinal lesion)を呈した馬では、50%の術後腸閉塞の罹患率(26/52頭)が認められました(その他の病変では罹患率11%)。このうち、術後腸閉塞の罹患馬の斃死率(Mortality rate)は41%であったのに対して、術後腸閉塞を起こさなかった馬の斃死率は6%に過ぎず、また、生存馬(Survivors)の医療記録を見ると、術後腸閉塞の罹患馬のほうが、非罹患馬に比べて、平均の入院期間が有意に長く(罹患馬:13日 v.s. 非罹患馬:8日)、平均の治療費も有意に高かったことが示されました(罹患馬:5600ドル v.s. 非罹患馬:3300ドル)。このため、術後腸閉塞は外科的疝痛の罹患馬において、医学的にも経済的にも重要な術後合併症(Postoperative complication)であることが示唆されました。
この研究では、リドカインの術中投与(Intra-operative administration)が行われた馬では、術後腸閉塞の発症率が9%(6/65頭)に抑えられたのに対して、リドカインの術中投与が行われなかった馬では、術後腸閉塞の発症率が22%(41/186頭)に達したことが報告されています。そして、多重ロジスティック回帰分析(Multiple logistic regression analysis)の結果から、リドカインの術中投与が行われた場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が半分まで低くなることが示されました(オッズ比:0.5)。リドカインは、交感神経副腎反応(Sympathoadrenal response)の抑制による循環カテコールアミンの減少作用(Reduction of circulatory catecholamine)や、消化管運動の減退を司る一次求心性神経の抑制作用(Inhibition of primary afferent neuron)、および直接性の平滑筋刺激(Direct smooth muscle stimulation)などの作用を介して、術後腸閉塞における腸蠕動の活性化を起こすと考えられています。このため、外科的疝痛(特に小腸疾患)の罹患馬においては、開腹術の最中からリドカイン投与を実施することで、術後の腸閉塞を予防する効果が期待できると考えられました。
この研究では、術後腸閉塞の罹患馬のほうが、非罹患馬に比べて、PCV値、白血球数、好中球数、血漿蛋白濃度、腹水白血球数、腹水蛋白濃度などが、それぞれ有意に高い値を示しました。このうち、特にPCV値が40%以上であった場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が三倍近くも高くなることが示されました(オッズ比:2.9)。これは、重篤な脱水(Dehydration)、血液量減少症(Hypovolemia)、内毒素血症(Endotoxemia)などを呈した馬ほど、術後に小腸運動の減退を起こしやすかったためと考えられ、術前の血液検査結果から術後腸閉塞を発症する危険が高い馬をスクリーニングして、補液療法(Fluid therapy)や経鼻カテーテルの留置、腸管運動促進剤(Prokinetic agent)の投与など、術後腸閉塞の積極的な予防処置(Aggressive preventive treatments)を早期に開始する診療指針が有効であると考察されています。
この研究では、術後腸閉塞の罹患馬のほうが、非罹患馬に比べて、手術時間(Surgery duration)および麻酔時間(Anesthesia duration)が、それぞれ有意に長い傾向を示しました。このうち、特に麻酔時間が三時間以上であった場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が三倍も高くなることが示されました(オッズ比:3.0)。このデータの解釈(Interpretation)としては、(1)重篤な腸管病態を持った馬ほど、より長時間の手術を要して、その一次性病変(Primary lesion)に起因して術後腸閉塞の発症率が高くなった、(2)手術&麻酔時間が長引くほど、手術侵襲に伴う消化管漿膜の乾燥や損傷、および麻酔覚醒後の全身状態の悪化につながり、二次的な副作用(Secondary adverse effect)として術後腸閉塞の発症率が増加した、という二つが可能であると考えられます。このため、麻酔時間が三時間を越えたからという理由のみで、腸管運動促進剤の投与などを選択するのは適当ではない、という提唱がなされている一方で、開腹術が長引きそうな症例では、術後腸閉塞の予防のために、複数の術者を入れる、ステイプル器具を積極的に使う、適切な麻酔深度を保って迅速な麻酔覚醒を行う、などの処置を講じて、出来る限り麻酔時間の短縮に努めることが重要であると考えられました。
この研究では、骨盤曲切開術(Pelvic flexure enterotomy)が応用された馬では、術後腸閉塞の発症率が13%(11/87頭)に抑えられたのに対して、リドカインの術中投与が行われなかった馬では、術後腸閉塞の発症率が22%(36/162頭)に達したことが報告されています。そして、多重ロジスティック回帰分析の結果から、骨盤曲切開術が行われた場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が半分以下まで低くなることが示されました(オッズ比:0.3)。このため、骨盤曲切開術を介しての大結腸内容物の除去(Aggressive ingesta removal)を行うことで、術後に大結腸内への消化液および摂食物の流入がスムーズとなり、術後腸閉塞の予防効果が期待できると考えられます。しかし一方で、小腸病変を有した馬のオッズ比が7.1であったのに、小腸病変+骨盤曲切開術を有した馬のオッズ比は6.4とあまり変化がなく、つまり、大結腸病変を呈した馬のほうが、小腸病変を呈した馬よりも、骨盤曲切開術による術後腸閉塞の予防効果は顕著であった傾向が認められました。骨盤曲切開術は新たな外科侵襲を生み、腹膜炎(Peritonitis)や癒着(Adhesion)の危険が高まり、また、手術時間の遅延や手術費の増加につながるため、骨盤曲切開術の実施の是非は、あくまで大結腸病変の有無や、大腸内容物の貯留量に基づいて判断されるべきである、という提唱がなされています。
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この症例論文では、術後腸閉塞(Postoperative ileus)の危険因子(Risk factors)を評価するため、開腹術(Laparotomy)が行われた251頭の疝痛馬の医療記録(Medical records)の解析が行われました。
結果としては、251頭の外科的疝痛馬のうち、術後腸閉塞を続発した症例は47頭(罹患率:19%)で、特に小腸病変(Small intestinal lesion)を呈した馬では、50%の術後腸閉塞の罹患率(26/52頭)が認められました(その他の病変では罹患率11%)。このうち、術後腸閉塞の罹患馬の斃死率(Mortality rate)は41%であったのに対して、術後腸閉塞を起こさなかった馬の斃死率は6%に過ぎず、また、生存馬(Survivors)の医療記録を見ると、術後腸閉塞の罹患馬のほうが、非罹患馬に比べて、平均の入院期間が有意に長く(罹患馬:13日 v.s. 非罹患馬:8日)、平均の治療費も有意に高かったことが示されました(罹患馬:5600ドル v.s. 非罹患馬:3300ドル)。このため、術後腸閉塞は外科的疝痛の罹患馬において、医学的にも経済的にも重要な術後合併症(Postoperative complication)であることが示唆されました。
この研究では、リドカインの術中投与(Intra-operative administration)が行われた馬では、術後腸閉塞の発症率が9%(6/65頭)に抑えられたのに対して、リドカインの術中投与が行われなかった馬では、術後腸閉塞の発症率が22%(41/186頭)に達したことが報告されています。そして、多重ロジスティック回帰分析(Multiple logistic regression analysis)の結果から、リドカインの術中投与が行われた場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が半分まで低くなることが示されました(オッズ比:0.5)。リドカインは、交感神経副腎反応(Sympathoadrenal response)の抑制による循環カテコールアミンの減少作用(Reduction of circulatory catecholamine)や、消化管運動の減退を司る一次求心性神経の抑制作用(Inhibition of primary afferent neuron)、および直接性の平滑筋刺激(Direct smooth muscle stimulation)などの作用を介して、術後腸閉塞における腸蠕動の活性化を起こすと考えられています。このため、外科的疝痛(特に小腸疾患)の罹患馬においては、開腹術の最中からリドカイン投与を実施することで、術後の腸閉塞を予防する効果が期待できると考えられました。
この研究では、術後腸閉塞の罹患馬のほうが、非罹患馬に比べて、PCV値、白血球数、好中球数、血漿蛋白濃度、腹水白血球数、腹水蛋白濃度などが、それぞれ有意に高い値を示しました。このうち、特にPCV値が40%以上であった場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が三倍近くも高くなることが示されました(オッズ比:2.9)。これは、重篤な脱水(Dehydration)、血液量減少症(Hypovolemia)、内毒素血症(Endotoxemia)などを呈した馬ほど、術後に小腸運動の減退を起こしやすかったためと考えられ、術前の血液検査結果から術後腸閉塞を発症する危険が高い馬をスクリーニングして、補液療法(Fluid therapy)や経鼻カテーテルの留置、腸管運動促進剤(Prokinetic agent)の投与など、術後腸閉塞の積極的な予防処置(Aggressive preventive treatments)を早期に開始する診療指針が有効であると考察されています。
この研究では、術後腸閉塞の罹患馬のほうが、非罹患馬に比べて、手術時間(Surgery duration)および麻酔時間(Anesthesia duration)が、それぞれ有意に長い傾向を示しました。このうち、特に麻酔時間が三時間以上であった場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が三倍も高くなることが示されました(オッズ比:3.0)。このデータの解釈(Interpretation)としては、(1)重篤な腸管病態を持った馬ほど、より長時間の手術を要して、その一次性病変(Primary lesion)に起因して術後腸閉塞の発症率が高くなった、(2)手術&麻酔時間が長引くほど、手術侵襲に伴う消化管漿膜の乾燥や損傷、および麻酔覚醒後の全身状態の悪化につながり、二次的な副作用(Secondary adverse effect)として術後腸閉塞の発症率が増加した、という二つが可能であると考えられます。このため、麻酔時間が三時間を越えたからという理由のみで、腸管運動促進剤の投与などを選択するのは適当ではない、という提唱がなされている一方で、開腹術が長引きそうな症例では、術後腸閉塞の予防のために、複数の術者を入れる、ステイプル器具を積極的に使う、適切な麻酔深度を保って迅速な麻酔覚醒を行う、などの処置を講じて、出来る限り麻酔時間の短縮に努めることが重要であると考えられました。
この研究では、骨盤曲切開術(Pelvic flexure enterotomy)が応用された馬では、術後腸閉塞の発症率が13%(11/87頭)に抑えられたのに対して、リドカインの術中投与が行われなかった馬では、術後腸閉塞の発症率が22%(36/162頭)に達したことが報告されています。そして、多重ロジスティック回帰分析の結果から、骨盤曲切開術が行われた場合には、術後腸閉塞を発症する可能性が半分以下まで低くなることが示されました(オッズ比:0.3)。このため、骨盤曲切開術を介しての大結腸内容物の除去(Aggressive ingesta removal)を行うことで、術後に大結腸内への消化液および摂食物の流入がスムーズとなり、術後腸閉塞の予防効果が期待できると考えられます。しかし一方で、小腸病変を有した馬のオッズ比が7.1であったのに、小腸病変+骨盤曲切開術を有した馬のオッズ比は6.4とあまり変化がなく、つまり、大結腸病変を呈した馬のほうが、小腸病変を呈した馬よりも、骨盤曲切開術による術後腸閉塞の予防効果は顕著であった傾向が認められました。骨盤曲切開術は新たな外科侵襲を生み、腹膜炎(Peritonitis)や癒着(Adhesion)の危険が高まり、また、手術時間の遅延や手術費の増加につながるため、骨盤曲切開術の実施の是非は、あくまで大結腸病変の有無や、大腸内容物の貯留量に基づいて判断されるべきである、という提唱がなされています。
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