馬の文献:術後腸閉塞(Malone et al. 2006)
文献 - 2015年10月08日 (木)

「リドカインの持続静脈点滴による馬の術後腸閉塞の治療」
Malone E, Ensink J, Turner T, Wilson J, Andrews F, Keegan K, Lumsden J. Intravenous continuous infusion of lidocaine for treatment of equine ileus. Vet Surg. 2006; 35(1): 60-66.
この症例論文では、リドカインの持続性静脈点滴(Intravenous continuous infusion)による術後腸閉塞(Postoperative ileus)の治療効果を評価するため、32頭の術後腸閉塞の罹患馬に対して、前向き二重盲検プラセボ対照臨床試験(Prospective double-blinded placebo-controlled clinical trial)が行われました。
結果としては、24時間にわたるリドカインの持続点滴が行われた17頭の患馬のうち、65%(11/17頭)において、30時間以内に経鼻カテーテルからの胃逆流液の排出(Nasogastric reflux)が止まったのに対して、生食(Saline)の持続点滴が行われた対照郡では27%(4/15頭)のみにおいて、30時間以内に胃逆流液の排出が止まりました。また、リドカインの持続点滴が行われた馬では、治療前には毎時平均2.4Lであった胃逆流液の排出量が、持続点滴中には毎時0.9L、持続点滴後には0.6Lにと、それぞれ有意に減少しました。さらに、退院した馬の割合(短期生存率:Short-term survival rate)は、治療郡(10/17頭)と対照郡(10/15頭)で有意差が無かったものの、入院期間は治療郡(平均12日)のほうが対照郡(平均17日)よりも有意に短かったことが示されました。
一般的に外科的疝痛馬では、腹膜炎(Peritonitis)、漿膜損傷(Serosal damage)、腸管膨満(Intestinal distension)などが交感神経刺激(Sympathetic stimulation)を生じて、平滑筋抑制と腸管運動減退に至ると考えられています。術後腸閉塞に対するリドカインの効能としては、(1)交感神経副腎反応(Sympathoadrenal response)の抑制による循環カテコールアミンの減少作用(Reduction of circulatory catecholamine)、(2)消化管運動の減退を司る一次求心性神経の抑制作用(Inhibition of primary afferent neuron)、(3)直接性の平滑筋刺激作用(Direct smooth muscle stimulation)、などが挙げられ、これらの作用を介して、術後腸閉塞の罹患馬における腸蠕動の活性化が達成されたものと考えられました。
この研究では、リドカインの持続点滴が奏功した馬では(=30時間以内に胃逆流液の排出が止まった馬)、平均16時間で最初の排糞(First fecal passage)が認められたのに対して、リドカインの持続点滴に不応性(Refractory)を示した馬では、最初の排糞までに要した時間が平均44時間と有意に長かったことが示され、また、リドカインへの反応性と排糞時間には有意な相関が確認されました。このため、リドカインの持続点滴が応用された疝痛馬のモニタリングにおいては、治療開始から30時間を待つことなく(=24時間の持続点滴とその後6時間の経過観察)、治療開始後の12~20時間以内に患馬が排糞する所見によって、リドカインの持続点滴への反応性を判断する指針が有効であると推測されています。
この研究では、リドカインの持続点滴が行われた17頭の患馬のうち、三頭において線維束性筋収縮(Muscle fasciculations)が見られたものの、不整脈(Arrhythmias)が認められた馬は一頭もおらず、また、頸静脈血栓症(Jugular thrombosis)、蹄葉炎(Laminitis)、下痢(Diarrhea)、術創感染(Incisional infection)などの術後合併症(Postoperative complication)を呈した馬の割合も、治療郡と対照郡のあいだに有意差は認められませんでした。このため、馬の術後腸閉塞に対するリドカインの持続点滴は、副作用の危険が少なく、安全性の高い治療法であることが示唆されました。リドカイン投与は、局所性刺激(Local irritation)の原因にはなりうるものの、神経線維や神経細胞(Nerve fibers/cells)への構造的損傷(Structural damage)は起こさないことが報告されており、この研究で観察された線維束性筋収縮は、薬物分布が均一になるまでの時間に見られた、一過性の反応(Transient reaction)であると考察されています。
この研究では、臨床所見(体温、心拍数、呼吸数)、疼痛の重篤度、白血球数、好中球数、フィブリノーゲン濃度、電解質濃度(Na、K、Ca、Cl)などにおいては、治療郡と対照郡のあいだに有意差は認められませんでしたが、桿状核好中球(Band neutrophil)の数は、治療郡(平均330/uL)よりも対照郡(平均50/uL)のほうが有意に低い結果を示しました。リドカインの長期的投与では、一時的な免疫抑制(Temporary immune suppression)が起きることが知られており、このため、細菌性腹膜炎を併発した馬においては、感染が制御されていると判断された場合にのみ、リドカイン投与を選択するべきであると推奨されています。しかし、一般的に、この免疫抑制作用は可逆的(Reversible)で自然に治まること(Self-limiting)が殆どであるため、この研究で見られた桿状核好中球数の減少と、リドカイン持続点滴の因果関係については、明瞭には考察されていません。
他の文献によれば、リドカイン投与では鎮痛効果(Analgesic effect)がもたらされる事が報告されており、馬においては蹄葉炎や胃拡張などの、疼痛性病態の臨床症状の発現が遅延する危険性が指摘されています。このため、疝痛馬に対してリドカインの持続点滴が行われる場合には、見かけ上の疝痛症状の重篤度に関わらず、蹄葉炎や胃拡張などの合併症を慎重にモニタリングすることが重要である、という警鐘が鳴らされています。
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