馬の文献:砂疝(Ragle et al. 1989b)
文献 - 2015年10月12日 (月)
「馬の砂疝の外科的治療、40症例の結果」
Ragle CA, Meagher DM, Lacroix CA, Honnas CM. Surgical treatment of sand colic. Results in 40 horses. Vet Surg. 1989 Jan-Feb;18(1):48-51.
この症例論文では、馬の砂疝(Sand enteropathy)における外科的療法の治療効果を評価するため、開腹術(Celiotomy)が応用された40頭の砂疝の罹患馬における診療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。この研究における外科的療法では、開腹術および骨盤曲結腸切開術(Pelvic flexure colotomy)を介して、大結腸内に貯留している砂(Sand accumulation)の洗浄および除去が実施されました。
結果としては、40頭の砂疝の罹患馬のうち、四頭が手術中に安楽死(Euthanasia)となったため、麻酔覚醒生存率(Anesthesia recovery rate)は90%(36/40頭)で、五頭が退院前に安楽死となったため、短期生存率(Short-term survival rate)は78%(31/40頭)でした。また、術後の一年以内に七頭が死亡&安楽死となったため、長期生存率(Long-term survival rate)は60%(24/40頭)であったことが報告されています。このため、開腹術を要するほど病態の悪化した砂疝では、その予後は中程度にとどまり、予後不良(Poor prognosis)を呈する症例も比較的に多いことが示唆されました。
この研究では、砂疝の罹患馬に多く見られた臨床症状としては、食欲不振(Anorexia)、抑鬱(Depression)、下痢(Diarrhea)、腹痛症状(Abdominal pain)などが挙げられました。しかし、これらはいずれも砂疝に特異的な症状(Pathognomonic clinical signs)ではなく、また、砂疝の罹患馬では、直腸検査(Rectal examination)や腹水検査(Abdominocentesis)に異常が認められることは殆どないことが知られています。さらに、この研究では、術前に砂疝の推定診断(Presumptive diagnosis)が下されたのは58%の症例のみで、その手法は糞塊の沈渣に砂粒を探知する手法(Sand precipitation)、もしくは腸穿刺術(Enterocentesis)によって腸内容物に砂の存在を確認する手法が用いられ、腹部レントゲン検査(Abdominal radiography)が実施されたのは二頭のみでした。このため、病歴や症状から砂疝の発症が疑われる症例に対しては、腹部レントゲン検査や超音波検査(Abdominal ultrasonography)などを積極的に用いて、砂貯留の早期発見、および貯留量の推測に努めることが重要なのかもしれません。
この研究では、砂疝の罹患馬のうち、難治性疼痛(Intractable pain)、重篤な腹部膨満(Marked abdominal distension)、48~72時間の内科的治療に不応性を示す場合(Failure to respond to medical therapy within 48-72 hours)、および“進行性生理的な症状悪化”(Progressive physiologic deterioration)などを呈した症例において、開腹術を介しての外科的治療が選択されました。さらに、この研究では、無事に麻酔覚醒した後、退院前に五頭が安楽死となっており、その原因としては、腹膜炎(Peritonitis)、蹄葉炎(Laminitis)、ショック、持続性の不応性疝痛(Continued nonresponsive abdominal pain)などが挙げられています。これらの症状や術後合併症(Post-operative complications)は、砂の存在そのものと言うよりも、砂の重みによる慢性的な腸壁損傷(Chronic intestinal wall damage)や、貯留した砂が原因で起こった重篤な二次性病態(便秘、変位、捻転、etc)に起因すると考えられ、砂疝の早期診断および積極的な外科治療(Aggressive surgical treatments)の必要性を示唆する結果である、と言えると思います。
この研究では、数頭の砂疝罹患馬の開腹術において、貯留していた砂の重量から大結腸を持ち上げて腹腔外に引き出すのは、大結腸破裂(Colonic rupture)を起こす可能性があり、危険だと判断されました。このため、これらの症例では、背臥位(Dorsal recumbency)から横臥位(Lateral recumbency)へと馬体を傾けることで大結腸を体外へと滑り出させて、結腸切開による砂除去が行う術式が実施されており、これは、極めて多量の砂が大結腸内に貯留していたことを意味すると推測されます。この論文は、まだ砂疝の危険性がそれほど認知されておらず、砂排出を促す飼料添加物(Supplementation)もあまり普及していなかった時代に書かれた報告であるため、尋常でない量の砂貯留を生じた症例が含まれていたのかもしれません。
この研究では、砂貯留が最も好発していた消化管部位は右背側大結腸(Right dorsal colon)であったことが報告されており、これは、右背側大結腸から小結腸(Small colon)への移行部位で腸管内腔が急に細くなるため、砂粒の停滞を起こし易かったためと考えられます。しかし、40頭の砂疝の罹患馬のうち20頭において、消化管内の複数個所に砂貯留(Multiple sand accumulations)が起きていたことから、開腹時には消化管の全域をくまなく探索および洗浄して、貯留している砂を出来る限りすべて除去することが重要であると言えます。
この研究では、40頭の砂疝の罹患馬のうち10頭において、大結腸内への砂貯留の他に、大結腸の変位または捻転(Large colon displacement/volvulus)が認められ、このうち、三頭は180度捻転、一頭は270度捻転、一頭は360度捻転、あとの五頭は大結腸の後屈(Retroflexion)を発症していました。また、これらの馬では、砂の重量で重くなった右背側&左背側大結腸が、重力で腹側へと滑り落ちて捻転を生じている所見や、砂の貯留部位で大結腸便秘が起こり、腸管が折れ曲がって後屈に至った所見が認められました。このため、軽度の砂貯留が発見された症例においても、速やかに砂の排出を促す内科治療を開始したり、外科治療で溜まっている砂を摘出するなどして、重篤な大結腸変位&捻転を予防することが重要であると考察されています。
この研究では、24頭の長期生存馬のうち、少なくとも三頭において、砂疝の再発(Recurrence)が認められましたが、これらの馬において、術後にどのような給餌管理法の変更(Alteration of dietary management)が行われたのかは記述されていません。開腹術によって良好な治癒が認められた砂疝の罹患馬においても、砂を誤嚥するような環境が改善されなければ、砂貯留とそれに伴う重篤な大結腸疾患を再発する危険は高いと考えられることから、患馬を放牧地から舎飼い飼養へと切り替えたり、放牧地における乾草置き場を定期的に移動させて砂地面の露出(Exposure of sand surface)を最小限にする、などの予防処置を講じることが大切であると考えられます。
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この症例論文では、馬の砂疝(Sand enteropathy)における外科的療法の治療効果を評価するため、開腹術(Celiotomy)が応用された40頭の砂疝の罹患馬における診療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。この研究における外科的療法では、開腹術および骨盤曲結腸切開術(Pelvic flexure colotomy)を介して、大結腸内に貯留している砂(Sand accumulation)の洗浄および除去が実施されました。
結果としては、40頭の砂疝の罹患馬のうち、四頭が手術中に安楽死(Euthanasia)となったため、麻酔覚醒生存率(Anesthesia recovery rate)は90%(36/40頭)で、五頭が退院前に安楽死となったため、短期生存率(Short-term survival rate)は78%(31/40頭)でした。また、術後の一年以内に七頭が死亡&安楽死となったため、長期生存率(Long-term survival rate)は60%(24/40頭)であったことが報告されています。このため、開腹術を要するほど病態の悪化した砂疝では、その予後は中程度にとどまり、予後不良(Poor prognosis)を呈する症例も比較的に多いことが示唆されました。
この研究では、砂疝の罹患馬に多く見られた臨床症状としては、食欲不振(Anorexia)、抑鬱(Depression)、下痢(Diarrhea)、腹痛症状(Abdominal pain)などが挙げられました。しかし、これらはいずれも砂疝に特異的な症状(Pathognomonic clinical signs)ではなく、また、砂疝の罹患馬では、直腸検査(Rectal examination)や腹水検査(Abdominocentesis)に異常が認められることは殆どないことが知られています。さらに、この研究では、術前に砂疝の推定診断(Presumptive diagnosis)が下されたのは58%の症例のみで、その手法は糞塊の沈渣に砂粒を探知する手法(Sand precipitation)、もしくは腸穿刺術(Enterocentesis)によって腸内容物に砂の存在を確認する手法が用いられ、腹部レントゲン検査(Abdominal radiography)が実施されたのは二頭のみでした。このため、病歴や症状から砂疝の発症が疑われる症例に対しては、腹部レントゲン検査や超音波検査(Abdominal ultrasonography)などを積極的に用いて、砂貯留の早期発見、および貯留量の推測に努めることが重要なのかもしれません。
この研究では、砂疝の罹患馬のうち、難治性疼痛(Intractable pain)、重篤な腹部膨満(Marked abdominal distension)、48~72時間の内科的治療に不応性を示す場合(Failure to respond to medical therapy within 48-72 hours)、および“進行性生理的な症状悪化”(Progressive physiologic deterioration)などを呈した症例において、開腹術を介しての外科的治療が選択されました。さらに、この研究では、無事に麻酔覚醒した後、退院前に五頭が安楽死となっており、その原因としては、腹膜炎(Peritonitis)、蹄葉炎(Laminitis)、ショック、持続性の不応性疝痛(Continued nonresponsive abdominal pain)などが挙げられています。これらの症状や術後合併症(Post-operative complications)は、砂の存在そのものと言うよりも、砂の重みによる慢性的な腸壁損傷(Chronic intestinal wall damage)や、貯留した砂が原因で起こった重篤な二次性病態(便秘、変位、捻転、etc)に起因すると考えられ、砂疝の早期診断および積極的な外科治療(Aggressive surgical treatments)の必要性を示唆する結果である、と言えると思います。
この研究では、数頭の砂疝罹患馬の開腹術において、貯留していた砂の重量から大結腸を持ち上げて腹腔外に引き出すのは、大結腸破裂(Colonic rupture)を起こす可能性があり、危険だと判断されました。このため、これらの症例では、背臥位(Dorsal recumbency)から横臥位(Lateral recumbency)へと馬体を傾けることで大結腸を体外へと滑り出させて、結腸切開による砂除去が行う術式が実施されており、これは、極めて多量の砂が大結腸内に貯留していたことを意味すると推測されます。この論文は、まだ砂疝の危険性がそれほど認知されておらず、砂排出を促す飼料添加物(Supplementation)もあまり普及していなかった時代に書かれた報告であるため、尋常でない量の砂貯留を生じた症例が含まれていたのかもしれません。
この研究では、砂貯留が最も好発していた消化管部位は右背側大結腸(Right dorsal colon)であったことが報告されており、これは、右背側大結腸から小結腸(Small colon)への移行部位で腸管内腔が急に細くなるため、砂粒の停滞を起こし易かったためと考えられます。しかし、40頭の砂疝の罹患馬のうち20頭において、消化管内の複数個所に砂貯留(Multiple sand accumulations)が起きていたことから、開腹時には消化管の全域をくまなく探索および洗浄して、貯留している砂を出来る限りすべて除去することが重要であると言えます。
この研究では、40頭の砂疝の罹患馬のうち10頭において、大結腸内への砂貯留の他に、大結腸の変位または捻転(Large colon displacement/volvulus)が認められ、このうち、三頭は180度捻転、一頭は270度捻転、一頭は360度捻転、あとの五頭は大結腸の後屈(Retroflexion)を発症していました。また、これらの馬では、砂の重量で重くなった右背側&左背側大結腸が、重力で腹側へと滑り落ちて捻転を生じている所見や、砂の貯留部位で大結腸便秘が起こり、腸管が折れ曲がって後屈に至った所見が認められました。このため、軽度の砂貯留が発見された症例においても、速やかに砂の排出を促す内科治療を開始したり、外科治療で溜まっている砂を摘出するなどして、重篤な大結腸変位&捻転を予防することが重要であると考察されています。
この研究では、24頭の長期生存馬のうち、少なくとも三頭において、砂疝の再発(Recurrence)が認められましたが、これらの馬において、術後にどのような給餌管理法の変更(Alteration of dietary management)が行われたのかは記述されていません。開腹術によって良好な治癒が認められた砂疝の罹患馬においても、砂を誤嚥するような環境が改善されなければ、砂貯留とそれに伴う重篤な大結腸疾患を再発する危険は高いと考えられることから、患馬を放牧地から舎飼い飼養へと切り替えたり、放牧地における乾草置き場を定期的に移動させて砂地面の露出(Exposure of sand surface)を最小限にする、などの予防処置を講じることが大切であると考えられます。
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