馬の文献:大結腸左背方変位(Hardy et al. 2000)
文献 - 2015年10月16日 (金)
「馬における腎脾間捕捉:174症例の回顧的解析」
Hardy J, Minton M, Robertson JT, Beard WL, Beard LA. Nephrosplenic entrapment in the horse: a retrospective study of 174 cases. Equine Vet J Suppl. 2000; (32): 95-97.
この症例論文では、大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)に起因する腎脾間捕捉(Renosplenic entrapment)の臨床症状、診断手法、および内科的&外科的療法の治療効果を評価するため、1978~1997年にわたる174症例の腎脾間捕捉の診療記録(Medical records)の解析が行われました。結果としては、ローリング法(右側横臥位→背側臥位→左側横臥位→胸骨位→右側横臥位)を介しての内科的療法では、74%の整復率が達成されたことが示され、正中開腹術(Midline celiotomy)等を介しての外科的療法でも、93%の患馬が退院できたことが報告されています。このことから、馬の腎脾間捕捉では、内科的および外科的療法のいずれにおいても、比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。
この研究では、フェニレフリン投与による脾臓収縮(Splenic contraction)によって、捕捉されている大結腸の遊離を容易にする手法が試みられています。結果としては、ローリング法による腎脾間捕捉の整復が成功した患馬のうち、フェニレフリン投与が併用された場合には整復率が90%で、フェニレフリンを使用しない場合の整復率47%よりも、有意に高いことが示されました。フェニレフリン投与は、開腹術による外科的整復の際にも使用され、良好な成績を収めている事から、多くの腎脾間捕捉の罹患馬に対して実施できる有効な治療法であると考えられます。馬へのフェニレフリン投与では、稀に全身性高血圧(Systemic hypertension)、徐脈(Bradycardia)、早発性心室収縮(Premature ventricular contraction)などの副作用を呈する症例もあるため、慎重な循環器モニタリングを行いながら投与を実施することが重要であると考察されています。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬の72%において、直腸検査(Rectal examination)による診断が可能でしたが、腹部超音波検査(Abdominal ultrasonography)が行われた全ての患馬において、脾臓の背側に大結腸が変位して、それによって左側腎臓像が妨げられている所見が認められました。しかし、腎臓陰影が確認できない所見は、正常馬や他の消化器疾患においても見られる可能性があることから、この所見のみで腎脾間捕捉の推定診断を下すことは適当でないという警鐘が鳴らされています。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬の28%において、比較的多量(2L以上)の胃排出液(Gastric reflux)が認められました。これは、捕捉された大結腸の膨満による小腸の通過障害、十二指腸の圧迫(Compression of duodenum)、十二指腸間膜の緊張(Tension on duodenal mesentery)などに起因すると推測されています(腎脾間捕捉では大結腸の近位側にあたる左腹側大結腸の閉塞を生じるため)。このことから、この胃排出液の臨床所見は、多量の胃排出液を示すことの少ない大結腸便秘(Large colon impaction)などの類似疾患と、腎脾間捕捉との鑑別診断を下す際に、有用な指標になる場合があるかもしれません。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬の7.5%において、小腸閉塞(Small intestinal obstruction)、大結腸捻転(Large colon volvulus)、胃破裂(Gastric rupture)などの、他の消化器疾患の併発が認められました。このため、腎脾間捕捉の確定診断が下された患馬においても、慎重な直腸検査および超音波検査によって、他の併発疾患を除外診断することが必要で、また、開腹術による腎脾間捕捉の整復後にも、他の消化器部位の異常を十分に探索することが重要であると考えられます。
この研究では、5頭の罹患馬において、フェニレフリン投与を行った後に調馬索運動(Jogging)をすることで、馬体の振動で捕捉されていた大結腸の遊離が起こりました。この手法は、全身麻酔を要することなく腎脾間捕捉の整復が達成できるため、往診ベースの診療においても有効な治療法であると考えられます。しかし、重篤な大結腸膨満(Colonic distension)を呈した患馬での成功率は低く、外科的治療を遅延させる結果につながることから、疝痛症状の経過が短時間で、かつ、軽度の疼痛症状と正常な腹水検査(Abdominocentesis)の結果を示した症例に対してのみ実施するべきであるという提唱がなされています。
また、この研究では、フェニレフリン投与と調馬索運動による治療に際して、腹壁を介しての大結腸の穿刺術(Large colon trocarisation)も試みられており、大結腸内のガスを抜くことで、捕捉されている大結腸の遊離が容易になる可能性が論じられています。しかし、腹壁を介しての大結腸穿刺では、腸管裂傷(Bowel laceration)や重度の腹膜炎(Peritonitis)を生じる危険が高いことから、その実施に関しては賛否両論(Controversy)があると思います。
この研究では、2頭の腎脾間捕捉の罹患馬において、左側膁部開腹術(Left flank laparotomy)を介しての外科的整復が行われました。膁部開腹術は、正中開腹術に比べて、全身麻酔を要せず、費用も安価であるという利点がありますが、腎脾間捕捉が発症しているという確証がある症例に対してのみ実施することが重要です。また、大結腸内容物の排出や、他の消化器疾患の治療を要する場合には、正中開腹術に切り替えなければならない場合もあることから、外科的治療が応用される腎脾間捕捉の罹患馬は、出来る限り全身麻酔を行える施設に搬送して、正中開腹術による治療を実施するべきなのかもしれません。
この研究では、9頭の罹患馬において、大結腸が脾臓と腹壁のあいだに位置していて、腎脾間靭帯(Nephrosplenic ligament)の上部までは達しておらず、これらの症例では、補液療法(Fluid therapy)のみによる治療で、良好な回復が見られました。このことから、大結腸が軽度の左背方変位を示すのみで、完全な腎脾間捕捉には至っていない症例に対しては、ローリング法や開腹術を要することなく、保存性治療(Conservative treatment)による治癒が期待できることが示唆されました。
この研究では、161頭の腎脾間捕捉の罹患馬のうち、13頭において腎脾間捕捉の再発(Recurrence)が認められ(=合計174症例)、再発率は8%であったことが示されていますが、結腸固定術(Colopexy)や腎脾間隙の縫合閉鎖などの、予防的処置を講じる基準や必要性についての考察は行われていません。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬のうち、62%を雄馬(種牡馬+去勢馬)、38%を牝馬が占めていましたが、なぜオス馬のほうがメス馬よりも発症率が高かったのかに関する考察は行われていません。
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この症例論文では、大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)に起因する腎脾間捕捉(Renosplenic entrapment)の臨床症状、診断手法、および内科的&外科的療法の治療効果を評価するため、1978~1997年にわたる174症例の腎脾間捕捉の診療記録(Medical records)の解析が行われました。結果としては、ローリング法(右側横臥位→背側臥位→左側横臥位→胸骨位→右側横臥位)を介しての内科的療法では、74%の整復率が達成されたことが示され、正中開腹術(Midline celiotomy)等を介しての外科的療法でも、93%の患馬が退院できたことが報告されています。このことから、馬の腎脾間捕捉では、内科的および外科的療法のいずれにおいても、比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。
この研究では、フェニレフリン投与による脾臓収縮(Splenic contraction)によって、捕捉されている大結腸の遊離を容易にする手法が試みられています。結果としては、ローリング法による腎脾間捕捉の整復が成功した患馬のうち、フェニレフリン投与が併用された場合には整復率が90%で、フェニレフリンを使用しない場合の整復率47%よりも、有意に高いことが示されました。フェニレフリン投与は、開腹術による外科的整復の際にも使用され、良好な成績を収めている事から、多くの腎脾間捕捉の罹患馬に対して実施できる有効な治療法であると考えられます。馬へのフェニレフリン投与では、稀に全身性高血圧(Systemic hypertension)、徐脈(Bradycardia)、早発性心室収縮(Premature ventricular contraction)などの副作用を呈する症例もあるため、慎重な循環器モニタリングを行いながら投与を実施することが重要であると考察されています。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬の72%において、直腸検査(Rectal examination)による診断が可能でしたが、腹部超音波検査(Abdominal ultrasonography)が行われた全ての患馬において、脾臓の背側に大結腸が変位して、それによって左側腎臓像が妨げられている所見が認められました。しかし、腎臓陰影が確認できない所見は、正常馬や他の消化器疾患においても見られる可能性があることから、この所見のみで腎脾間捕捉の推定診断を下すことは適当でないという警鐘が鳴らされています。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬の28%において、比較的多量(2L以上)の胃排出液(Gastric reflux)が認められました。これは、捕捉された大結腸の膨満による小腸の通過障害、十二指腸の圧迫(Compression of duodenum)、十二指腸間膜の緊張(Tension on duodenal mesentery)などに起因すると推測されています(腎脾間捕捉では大結腸の近位側にあたる左腹側大結腸の閉塞を生じるため)。このことから、この胃排出液の臨床所見は、多量の胃排出液を示すことの少ない大結腸便秘(Large colon impaction)などの類似疾患と、腎脾間捕捉との鑑別診断を下す際に、有用な指標になる場合があるかもしれません。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬の7.5%において、小腸閉塞(Small intestinal obstruction)、大結腸捻転(Large colon volvulus)、胃破裂(Gastric rupture)などの、他の消化器疾患の併発が認められました。このため、腎脾間捕捉の確定診断が下された患馬においても、慎重な直腸検査および超音波検査によって、他の併発疾患を除外診断することが必要で、また、開腹術による腎脾間捕捉の整復後にも、他の消化器部位の異常を十分に探索することが重要であると考えられます。
この研究では、5頭の罹患馬において、フェニレフリン投与を行った後に調馬索運動(Jogging)をすることで、馬体の振動で捕捉されていた大結腸の遊離が起こりました。この手法は、全身麻酔を要することなく腎脾間捕捉の整復が達成できるため、往診ベースの診療においても有効な治療法であると考えられます。しかし、重篤な大結腸膨満(Colonic distension)を呈した患馬での成功率は低く、外科的治療を遅延させる結果につながることから、疝痛症状の経過が短時間で、かつ、軽度の疼痛症状と正常な腹水検査(Abdominocentesis)の結果を示した症例に対してのみ実施するべきであるという提唱がなされています。
また、この研究では、フェニレフリン投与と調馬索運動による治療に際して、腹壁を介しての大結腸の穿刺術(Large colon trocarisation)も試みられており、大結腸内のガスを抜くことで、捕捉されている大結腸の遊離が容易になる可能性が論じられています。しかし、腹壁を介しての大結腸穿刺では、腸管裂傷(Bowel laceration)や重度の腹膜炎(Peritonitis)を生じる危険が高いことから、その実施に関しては賛否両論(Controversy)があると思います。
この研究では、2頭の腎脾間捕捉の罹患馬において、左側膁部開腹術(Left flank laparotomy)を介しての外科的整復が行われました。膁部開腹術は、正中開腹術に比べて、全身麻酔を要せず、費用も安価であるという利点がありますが、腎脾間捕捉が発症しているという確証がある症例に対してのみ実施することが重要です。また、大結腸内容物の排出や、他の消化器疾患の治療を要する場合には、正中開腹術に切り替えなければならない場合もあることから、外科的治療が応用される腎脾間捕捉の罹患馬は、出来る限り全身麻酔を行える施設に搬送して、正中開腹術による治療を実施するべきなのかもしれません。
この研究では、9頭の罹患馬において、大結腸が脾臓と腹壁のあいだに位置していて、腎脾間靭帯(Nephrosplenic ligament)の上部までは達しておらず、これらの症例では、補液療法(Fluid therapy)のみによる治療で、良好な回復が見られました。このことから、大結腸が軽度の左背方変位を示すのみで、完全な腎脾間捕捉には至っていない症例に対しては、ローリング法や開腹術を要することなく、保存性治療(Conservative treatment)による治癒が期待できることが示唆されました。
この研究では、161頭の腎脾間捕捉の罹患馬のうち、13頭において腎脾間捕捉の再発(Recurrence)が認められ(=合計174症例)、再発率は8%であったことが示されていますが、結腸固定術(Colopexy)や腎脾間隙の縫合閉鎖などの、予防的処置を講じる基準や必要性についての考察は行われていません。
この研究では、腎脾間捕捉の罹患馬のうち、62%を雄馬(種牡馬+去勢馬)、38%を牝馬が占めていましたが、なぜオス馬のほうがメス馬よりも発症率が高かったのかに関する考察は行われていません。
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