馬の文献:大結腸左背方変位(Munoz et al. 2013)
文献 - 2015年10月17日 (土)
「起立位での用手腹腔鏡的手術による大結腸左背方変位の治療および腎脾間隙の閉鎖」
Munoz J, Bussy C. Standing hand-assisted laparoscopic treatment of left dorsal displacement of the large colon and closure of the nephrosplenic space. Vet Surg. 2013; 42(5): 595-599.
この研究論文では、大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)の新治療法を確立するため、2007~2010年にかけて大結腸左背方変位および腎脾間捕捉(Nephrosplenic entrapment)を発症して、起立位での用手腹腔鏡的手術(Standing hand-assisted laparoscopic surgery)による大結腸左背方変位の治療、および、腎脾間隙の閉鎖(Closure of the nephrosplenic space)が行われた12頭の症例馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究で試験された術式では、最後肋骨と寛結節の中間点(Midway between the last rib and the tuber coxa)で、内腹斜筋の背側縁(Dorsal border of the internal oblique abdominal muscle)からすぐ腹側に切開創を設けて、腹腔鏡カメラのポータルとしました。次に、腹腔鏡によって腎脾間捕捉を確定診断(Definitive diagnosis)してから、第17肋骨と第18肋骨のあいだに別の切開創を設けてカメラを入れなおしてから、膁部の切開創を腹側と背側に広げて、術者の右手が挿入されました。そして、膁部切開創から左側大結腸を引き出して、針吸引による除圧とその後の洗浄(Lavage of the exteriorized colon after decompression)が行われ、脾臓を腹側に押し下げることで、捕捉されていた大結腸が遊離されました。その後、膁部切開創から独自作成したステンレス製の楕円型カニューレ(Stainless steel oval custom-made cannula)が挿入され、それを通して腹腔鏡用把針器(Laparoscopic needle holder)が挿入されて、腎脾間隙の縫合閉鎖が施されました。最後に、腹膜と筋層、および切開創の縫合閉鎖が通常通り行われました。
結果としては、起立位での用手腹腔鏡的手術によって、大結腸左背方変位の整復と、腎脾間隙の閉鎖が達成され、術後合併症(Post-operative complications)としては、軽度の皮下気腫と(Subcutaneous emphysema)と浮腫が認められたのみでした。術後の二ヶ月目の腹腔鏡検査および直腸検査(Rectal examination)では、九頭において腎脾間隙の完全閉鎖(Complete closure)が確認されました。その後、二頭の症例において、五ヶ月目および十二ヶ月目に、疝痛症状が再発し、大結腸が腹壁と脾臓のあいだに変位していましたが、これらは保存性療法(Conservative treatment)で回復しました。このため、大結腸左背方変位の罹患馬に対しては、腹腔鏡を介した用手整復および腎脾間隙の閉鎖をおこなう事で、全身麻酔(General anesthesia)を要することなく外科的治療が可能であり、比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。
この研究では、大結腸左背方変位に対して腹腔鏡手術を応用する際には、制御不能な腹痛(Uncontrollable abdominal pain)や大結腸への重度な摂食物充填(Severe large colon food overload)が予測される場合には、馬が術中に座り込んだり、腸壁裂傷(Intestinal wall laceration)や他の腸管異常を治療できなくなる事(Inability to resolve another intestinal abnormality)を考慮して、通常の開腹術を選択するべきであると提唱されています。また、腹腔へアプローチする時には、開放型のトロカーカニューレ(Open trocar-cannula unit)を用いて、組織損傷を防ぐことが推奨されています(Desmaizieres et al. Vet Surg. 2003;32:501, Busschers et al. Eq Vet Educ. 2007;19:60)。
この研究では、腎脾間隙の縫合閉鎖における難しさは報告されていませんが、他の文献では、EtilefrinまたはPhenylephrineの投与によって脾臓を収縮させて、縫合線の緊張を緩和(Tension-reduction in the suture line)する処置も推奨されています(Rocken et al. Vet Surg. 2005;34:637, Farstvedt et al. Vet Surg. 2005;34:642)。この研究の著者も、脾臓の背側縁(Dorsal border of the spleen)と腎臓包膜(Perirenal fascia)の距離が遠すぎる場合には、これらの薬剤を使用するべきであると提唱していますが、高齢馬に対しては、重篤な出血(Severe hemorrhage)が起こる危険性があるため(Frederick et al. JAVMA. 2010;237:830)、投与は禁忌(Contraindication)または極めて慎重に実施する必要があると考察されています。
この研究における六頭の症例では、術後に腎脾間隙が閉鎖されているか否かの診断は、直腸検査のみで行われていました。一般的に、腎脾間隙の評価は、直腸壁を介した触診のみでは、正確には実施できないと言われていますが、実際の症例においては、再検査のためだけに腹腔鏡手術の許可が馬主から得られるケースは、殆ど無かったことが報告されています。しかし、腹腔鏡検査と直腸検査の両方が行われた症例(全症例中の三頭)では、この二種類の検査の所見は良好に相関していた、という考察がなされています。
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この研究論文では、大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)の新治療法を確立するため、2007~2010年にかけて大結腸左背方変位および腎脾間捕捉(Nephrosplenic entrapment)を発症して、起立位での用手腹腔鏡的手術(Standing hand-assisted laparoscopic surgery)による大結腸左背方変位の治療、および、腎脾間隙の閉鎖(Closure of the nephrosplenic space)が行われた12頭の症例馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究で試験された術式では、最後肋骨と寛結節の中間点(Midway between the last rib and the tuber coxa)で、内腹斜筋の背側縁(Dorsal border of the internal oblique abdominal muscle)からすぐ腹側に切開創を設けて、腹腔鏡カメラのポータルとしました。次に、腹腔鏡によって腎脾間捕捉を確定診断(Definitive diagnosis)してから、第17肋骨と第18肋骨のあいだに別の切開創を設けてカメラを入れなおしてから、膁部の切開創を腹側と背側に広げて、術者の右手が挿入されました。そして、膁部切開創から左側大結腸を引き出して、針吸引による除圧とその後の洗浄(Lavage of the exteriorized colon after decompression)が行われ、脾臓を腹側に押し下げることで、捕捉されていた大結腸が遊離されました。その後、膁部切開創から独自作成したステンレス製の楕円型カニューレ(Stainless steel oval custom-made cannula)が挿入され、それを通して腹腔鏡用把針器(Laparoscopic needle holder)が挿入されて、腎脾間隙の縫合閉鎖が施されました。最後に、腹膜と筋層、および切開創の縫合閉鎖が通常通り行われました。
結果としては、起立位での用手腹腔鏡的手術によって、大結腸左背方変位の整復と、腎脾間隙の閉鎖が達成され、術後合併症(Post-operative complications)としては、軽度の皮下気腫と(Subcutaneous emphysema)と浮腫が認められたのみでした。術後の二ヶ月目の腹腔鏡検査および直腸検査(Rectal examination)では、九頭において腎脾間隙の完全閉鎖(Complete closure)が確認されました。その後、二頭の症例において、五ヶ月目および十二ヶ月目に、疝痛症状が再発し、大結腸が腹壁と脾臓のあいだに変位していましたが、これらは保存性療法(Conservative treatment)で回復しました。このため、大結腸左背方変位の罹患馬に対しては、腹腔鏡を介した用手整復および腎脾間隙の閉鎖をおこなう事で、全身麻酔(General anesthesia)を要することなく外科的治療が可能であり、比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。
この研究では、大結腸左背方変位に対して腹腔鏡手術を応用する際には、制御不能な腹痛(Uncontrollable abdominal pain)や大結腸への重度な摂食物充填(Severe large colon food overload)が予測される場合には、馬が術中に座り込んだり、腸壁裂傷(Intestinal wall laceration)や他の腸管異常を治療できなくなる事(Inability to resolve another intestinal abnormality)を考慮して、通常の開腹術を選択するべきであると提唱されています。また、腹腔へアプローチする時には、開放型のトロカーカニューレ(Open trocar-cannula unit)を用いて、組織損傷を防ぐことが推奨されています(Desmaizieres et al. Vet Surg. 2003;32:501, Busschers et al. Eq Vet Educ. 2007;19:60)。
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この研究における六頭の症例では、術後に腎脾間隙が閉鎖されているか否かの診断は、直腸検査のみで行われていました。一般的に、腎脾間隙の評価は、直腸壁を介した触診のみでは、正確には実施できないと言われていますが、実際の症例においては、再検査のためだけに腹腔鏡手術の許可が馬主から得られるケースは、殆ど無かったことが報告されています。しかし、腹腔鏡検査と直腸検査の両方が行われた症例(全症例中の三頭)では、この二種類の検査の所見は良好に相関していた、という考察がなされています。
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