馬の文献:大結腸右背方変位(Gardner et al. 2005)
文献 - 2015年10月18日 (日)
「馬の大結腸右背方変位および左背方変位における血清GGT活性」
Gardner RB, Nydam DV, Mohammed HO, Ducharme NG, Divers TJ. Serum gamma glutamyl transferase activity in horses with right or left dorsal displacements of the large colon. J Vet Intern Med. 2005; 19(5): 761-764.
この症例論文では、馬の大結腸右背方変位(Large colon right dorsal displacement)および大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)における、ガンマグルタミン酸転移酵素(Gamma glutamyl transferase: GGT)の活性の変化と、その測定値による診断の有用性を評価するため、37頭の大結腸右背方変位の罹患馬、および48頭の大結腸左背方変位の罹患馬の診療記録(Medical records)の解析が行われました。
結果としては、37頭の大結腸右背方変位の罹患馬では、その約半数(18頭)においてGGT活性値が正常範囲よりも高い所見が認められたのに対し、48頭の大結腸左背方変位の罹患馬では、そのうちたった一頭においてGGT活性値が正常範囲よりも高い所見が認められました。このことから、血清GGT活性値の上昇は、大結腸の左背方変位よりも右背方変位において特徴的に見られる所見であることが示され、大結腸右背方変位の診断における補助的指標として有用であることが示唆されました。
馬の大結腸右背方変位がGGT値上昇を示す病因論としては、大結腸の変位によって総胆管圧迫(Common bile duct compression)が起こり、胆汁うっ滞(Cholestasis)に至るという説と、大結腸の変位によって小腸通過障害(Small intestinal obstruction)が起こり、小腸内容物の逆流(Regurgitation of small intestinal contents)または胆管の上行性細菌感染(Ascending bacterial infection)に至るという説があります。しかし、この研究では、大結腸右背方変位の罹患馬のうち、4頭において肝臓生検(Liver biopsy)が行われ、胆管炎(Cholangitis)または胆管肝炎(Cholangiohepatitis)の所見が認められましたが、細菌の存在は確認されなかったことから、総胆管圧迫に起因する胆汁うっ滞が、GGT値上昇の原因となる症例が多いという考察がなされています。
馬の近位十二指腸(Proximal duodenum)は、肝臓の右葉と中間葉(Right and middle lobes of the liver)のあいだで、肝十二指腸靭帯(Hepatoduodenal ligament)によって吊り下げられており、胆管はこの靭帯の付着部位で十二指腸に開口しています。また、この肝十二指腸靭帯は、十二指腸間膜(Mesoduodenum)の一部であるシート状の繊維組織と合流して、右背側大結腸(Right dorsal colon)へと付着しています。このため、大結腸右背方変位が生じると、このシート状組織および肝十二指腸靭帯に緊張が掛かります。その結果、軽度の変位では十二指腸の内径を狭めることなく総胆管の圧迫のみを起こしますが、重篤な変位では肝十二指腸靭帯に生じる過度の緊張から、十二指腸そのものの圧迫および閉塞を起こすと考えられています。
この研究では、GGT活性値に基づく大結腸の左背方変位および右背方変位の鑑別診断では、49%の感度(Sensitivity)と98%の特異度(Specificity)が示されました。つまり、直腸検査(Rectal examination)などによって大結腸の変位が確認された場合には、GGT活性値が低いからと言って右背方変位を除外診断することは出来ませんが(偽陰性の確立=100-49=51%)、GGT活性値が高ければ右背方変位であるという判断を下してほぼ間違いない(偽陽性の確立=100-98=2%)という結果が示されました。
この研究では、大結腸右背方変位の罹患馬のうち3頭において、変位の外科的整復後の3~8日目にGGT値の再測定が行われ、いずれの患馬も正常値を示しました。このことから、GGT活性値の上昇は一過性の変化(Transient change)で、速やかに大結腸変位の整復が行われれば、その後は慢性の肝疾患(Chronic hepatic disease)を発症することなく、比較的に良好な予後が期待できると考察されています。
この研究では、GGT活性値に合わせて、直接ビリルビン濃度(Direct bilirubin concentration)の測定も行われ、大結腸右背方変位の罹患馬では、その33%において濃度上昇が認められたのに対して、大結腸左背方変位の罹患馬では一頭も濃度上昇を示していませんでした。このため、ビリルビン測定値単独による診断感度は低いものの、GGT活性値と併行してビリルビン濃度も評価することで、大結腸右背方変位の診断の信頼性を向上できることが示唆されました。
この研究では、大結腸右背方変位の外科的整復後には、直接ビリルビン濃度は速やかに正常値まで回復したのに対して、GGT活性値は数日~一週間を経て正常値まで回復しました。これは、ビリルビンとGGTの半減期(Half life)が異なることに合わせて、大結腸変位の整復によって総胆管圧迫が取り除かれれば、胆汁流動(Bile flow)は直ちに回復しますが(=ビリルビン濃度減少)、GGT活性上昇を起こしていた胆管炎の治癒には、それなりの時間を要することを反映していると考察されています。このため、大結腸右背方変位の罹患馬において、経済的な理由などから内科的療法が選択された場合には、GGT活性値よりも直接ビリルビン濃度を指標として、変位した大結腸の整復度合いを推測する指針が有効であるかもしれません。
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この症例論文では、馬の大結腸右背方変位(Large colon right dorsal displacement)および大結腸左背方変位(Large colon left dorsal displacement)における、ガンマグルタミン酸転移酵素(Gamma glutamyl transferase: GGT)の活性の変化と、その測定値による診断の有用性を評価するため、37頭の大結腸右背方変位の罹患馬、および48頭の大結腸左背方変位の罹患馬の診療記録(Medical records)の解析が行われました。
結果としては、37頭の大結腸右背方変位の罹患馬では、その約半数(18頭)においてGGT活性値が正常範囲よりも高い所見が認められたのに対し、48頭の大結腸左背方変位の罹患馬では、そのうちたった一頭においてGGT活性値が正常範囲よりも高い所見が認められました。このことから、血清GGT活性値の上昇は、大結腸の左背方変位よりも右背方変位において特徴的に見られる所見であることが示され、大結腸右背方変位の診断における補助的指標として有用であることが示唆されました。
馬の大結腸右背方変位がGGT値上昇を示す病因論としては、大結腸の変位によって総胆管圧迫(Common bile duct compression)が起こり、胆汁うっ滞(Cholestasis)に至るという説と、大結腸の変位によって小腸通過障害(Small intestinal obstruction)が起こり、小腸内容物の逆流(Regurgitation of small intestinal contents)または胆管の上行性細菌感染(Ascending bacterial infection)に至るという説があります。しかし、この研究では、大結腸右背方変位の罹患馬のうち、4頭において肝臓生検(Liver biopsy)が行われ、胆管炎(Cholangitis)または胆管肝炎(Cholangiohepatitis)の所見が認められましたが、細菌の存在は確認されなかったことから、総胆管圧迫に起因する胆汁うっ滞が、GGT値上昇の原因となる症例が多いという考察がなされています。
馬の近位十二指腸(Proximal duodenum)は、肝臓の右葉と中間葉(Right and middle lobes of the liver)のあいだで、肝十二指腸靭帯(Hepatoduodenal ligament)によって吊り下げられており、胆管はこの靭帯の付着部位で十二指腸に開口しています。また、この肝十二指腸靭帯は、十二指腸間膜(Mesoduodenum)の一部であるシート状の繊維組織と合流して、右背側大結腸(Right dorsal colon)へと付着しています。このため、大結腸右背方変位が生じると、このシート状組織および肝十二指腸靭帯に緊張が掛かります。その結果、軽度の変位では十二指腸の内径を狭めることなく総胆管の圧迫のみを起こしますが、重篤な変位では肝十二指腸靭帯に生じる過度の緊張から、十二指腸そのものの圧迫および閉塞を起こすと考えられています。
この研究では、GGT活性値に基づく大結腸の左背方変位および右背方変位の鑑別診断では、49%の感度(Sensitivity)と98%の特異度(Specificity)が示されました。つまり、直腸検査(Rectal examination)などによって大結腸の変位が確認された場合には、GGT活性値が低いからと言って右背方変位を除外診断することは出来ませんが(偽陰性の確立=100-49=51%)、GGT活性値が高ければ右背方変位であるという判断を下してほぼ間違いない(偽陽性の確立=100-98=2%)という結果が示されました。
この研究では、大結腸右背方変位の罹患馬のうち3頭において、変位の外科的整復後の3~8日目にGGT値の再測定が行われ、いずれの患馬も正常値を示しました。このことから、GGT活性値の上昇は一過性の変化(Transient change)で、速やかに大結腸変位の整復が行われれば、その後は慢性の肝疾患(Chronic hepatic disease)を発症することなく、比較的に良好な予後が期待できると考察されています。
この研究では、GGT活性値に合わせて、直接ビリルビン濃度(Direct bilirubin concentration)の測定も行われ、大結腸右背方変位の罹患馬では、その33%において濃度上昇が認められたのに対して、大結腸左背方変位の罹患馬では一頭も濃度上昇を示していませんでした。このため、ビリルビン測定値単独による診断感度は低いものの、GGT活性値と併行してビリルビン濃度も評価することで、大結腸右背方変位の診断の信頼性を向上できることが示唆されました。
この研究では、大結腸右背方変位の外科的整復後には、直接ビリルビン濃度は速やかに正常値まで回復したのに対して、GGT活性値は数日~一週間を経て正常値まで回復しました。これは、ビリルビンとGGTの半減期(Half life)が異なることに合わせて、大結腸変位の整復によって総胆管圧迫が取り除かれれば、胆汁流動(Bile flow)は直ちに回復しますが(=ビリルビン濃度減少)、GGT活性上昇を起こしていた胆管炎の治癒には、それなりの時間を要することを反映していると考察されています。このため、大結腸右背方変位の罹患馬において、経済的な理由などから内科的療法が選択された場合には、GGT活性値よりも直接ビリルビン濃度を指標として、変位した大結腸の整復度合いを推測する指針が有効であるかもしれません。
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