馬の文献:大結腸右背方変位(McGovern et al. 2012)
文献 - 2015年10月19日 (月)
「上行結腸変位が疑われる馬への内科的療法の実施」
McGovern KF, Bladon BM, Fraser BS, Boston RC. Attempted Medical Management of Suspected Ascending Colon Displacement in Horses. Vet Surg. 2012; 41(3): 399-403.
この症例論文では、上行結腸変位(Ascending colon displacement)に対する内科的療法(Medical management)の治療効果を評価するため、1998~2008年にかけて、大結腸右背方変位(Right dorsal displacement of large colon)または大結腸左背方変位(Left dorsal displacement of large colon)の発症が疑われて、経静脈補液療法(Intravenous fluid therapy)、鎮痛剤(Analgesia)の投与、および、フェニレフリン投与(左背方変位に対する脾臓収縮のため)などが行われた127頭の患馬(右背方変位が77頭、左背方変位が50頭)の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、上行結腸変位が疑われた患馬のうち、内科的療法による疝痛症状の改善が達成され退院した馬の割合は、大結腸右背方変位では64%、大結腸左背方変位では76%で、開腹術(Laparotomy)による変位の整復が行われた後に、無事に退院した馬を加えると、症例郡全体の短期生存率(Short-term survival rate)は94%であったことが報告されています。このため、馬の上行結腸変位においては、三分の二程度の症例が、内科的療法によってまずますの治療成績を示し、外科的療法が選択された場合でも、良好な予後を呈する場合が多いことが示唆されました。一方で、内科的療法が長引いてしまうよりは、早期に外科的療法に踏み切ったほうが、治療効率が高く、治療費も安価に抑えられることから、この症例報告のデータのみに基づいて、いたずらに開腹術を遅延させる治療指針は適当ではない、という警鐘も鳴らされています。
この症例報告では、内科的療法を選択する場合には、前掻き(Pawing)、膁部をかえりみる仕草(Flank watching)、静かに寝そべっている仕草(Lying quietly)、フレーメンをする、などの軽度~中程度の疝痛症状のみを示した場合、という基準が挙げられており、持続的かつ劇的に転げ回る仕草(Persistent/Violent rolling)などの、重篤な疝痛症状が認められた場合には、速やかに開腹術を実施するべきである、と提唱されています。しかし、疝痛症状の経過時間を見ると、内科的療法が奏功した馬と、外科的療法を要した馬のあいだで、あまり顕著な差は見られておらず、稟告に依存することの多い疝痛経過の長さは、必ずしも信頼性の高い予後判定(Prognostication)の指標とはならないことが示唆されました。
この症例報告の限界点(Limitation)としては、内科的療法が奏功した場合には開腹術が行われなかったことから、これらの患馬における上行結腸変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下されていないことが挙げられています。そして、特に術前診断が難しいことが多い大結腸右背方変位では、内科的療法の治療効果が過大評価(Over-estimation)されている危険性(実際には変位していなかった症例が含まれている可能性)があると考察されています。また、予後の良し悪しを判定する基準として、患馬の退院(Discharge)がイコール“治療成功”と見なされているため、退院後に疝痛を再発して安楽死(Euthanasia)となった馬がいた場合には、この論文のデータよりも実際の長期生存率(Long-term survival rate)は低くなる可能性もあると考えられました。
この症例報告では、七頭の患馬において、来院から48時間以上にわたる内科的療法が試みられ、開腹術を要することなく退院したことが報告されていますが、これらの症例はいずれも、直腸検査(Rectal examination)によって、重度のガス貯留は触知されていませんでした。しかし、別の五頭の患馬においては、48時間以上にわたる内科的療法にも不応性(Refractory)で、ガス貯留の悪化から、開腹術を要したことが報告されています。馬の上行結腸変位では、ガス貯留による腸管膨満(Intestinal distension)から、絞扼(Strangulation)、鬱血(Congestion)、浮腫(Edema)などを続発して、腸管粘膜破裂(Rupture of abdominal viscous)を引き起こす危険性があります。このため、見た目の疼痛症状ばかりに目を奪われることなく(多くの症例では鎮痛剤や鎮静剤が併用されるため)、経時的な直腸検査や超音波検査(Ultrasonography)を介しての腸管膨満のモニタリングに努めて、開腹術の実施のタイミングを見誤らないようにすることが重要である、という考察がなされています。
この症例報告では、大結腸左背方変位が疑われて、フェニレフリン投与が行われた馬のうち一頭が、興奮(Excitement)、鼻出血(Epistaxis)、頻脈(Tachycardia)などの症状を示して斃死し、フェニレフリン投与が死因になったという剖検結果が示されました(剖検の詳細は記述なし)。他の文献では、フェニレフリン投与に起因して死亡した四頭の高齢馬の症例報告もなされており、選択性アルファ1アドレナリン受容体作動薬(Selective α1-adrenergic receptor agonist)であるフェニレフリンによって、全身性血管収縮(Systemic vasoconstriction)が起こった際に、血管壁がもろくなっている個体では、致死性の胸腔内や腹腔内出血(Life-threatening hemothorax or/and hemoabdomen)に至った、という病因論(Etiology)が仮説されています(Frederick et al. JAVMA. 2010;237:830)。
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この症例論文では、上行結腸変位(Ascending colon displacement)に対する内科的療法(Medical management)の治療効果を評価するため、1998~2008年にかけて、大結腸右背方変位(Right dorsal displacement of large colon)または大結腸左背方変位(Left dorsal displacement of large colon)の発症が疑われて、経静脈補液療法(Intravenous fluid therapy)、鎮痛剤(Analgesia)の投与、および、フェニレフリン投与(左背方変位に対する脾臓収縮のため)などが行われた127頭の患馬(右背方変位が77頭、左背方変位が50頭)の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、上行結腸変位が疑われた患馬のうち、内科的療法による疝痛症状の改善が達成され退院した馬の割合は、大結腸右背方変位では64%、大結腸左背方変位では76%で、開腹術(Laparotomy)による変位の整復が行われた後に、無事に退院した馬を加えると、症例郡全体の短期生存率(Short-term survival rate)は94%であったことが報告されています。このため、馬の上行結腸変位においては、三分の二程度の症例が、内科的療法によってまずますの治療成績を示し、外科的療法が選択された場合でも、良好な予後を呈する場合が多いことが示唆されました。一方で、内科的療法が長引いてしまうよりは、早期に外科的療法に踏み切ったほうが、治療効率が高く、治療費も安価に抑えられることから、この症例報告のデータのみに基づいて、いたずらに開腹術を遅延させる治療指針は適当ではない、という警鐘も鳴らされています。
この症例報告では、内科的療法を選択する場合には、前掻き(Pawing)、膁部をかえりみる仕草(Flank watching)、静かに寝そべっている仕草(Lying quietly)、フレーメンをする、などの軽度~中程度の疝痛症状のみを示した場合、という基準が挙げられており、持続的かつ劇的に転げ回る仕草(Persistent/Violent rolling)などの、重篤な疝痛症状が認められた場合には、速やかに開腹術を実施するべきである、と提唱されています。しかし、疝痛症状の経過時間を見ると、内科的療法が奏功した馬と、外科的療法を要した馬のあいだで、あまり顕著な差は見られておらず、稟告に依存することの多い疝痛経過の長さは、必ずしも信頼性の高い予後判定(Prognostication)の指標とはならないことが示唆されました。
この症例報告の限界点(Limitation)としては、内科的療法が奏功した場合には開腹術が行われなかったことから、これらの患馬における上行結腸変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下されていないことが挙げられています。そして、特に術前診断が難しいことが多い大結腸右背方変位では、内科的療法の治療効果が過大評価(Over-estimation)されている危険性(実際には変位していなかった症例が含まれている可能性)があると考察されています。また、予後の良し悪しを判定する基準として、患馬の退院(Discharge)がイコール“治療成功”と見なされているため、退院後に疝痛を再発して安楽死(Euthanasia)となった馬がいた場合には、この論文のデータよりも実際の長期生存率(Long-term survival rate)は低くなる可能性もあると考えられました。
この症例報告では、七頭の患馬において、来院から48時間以上にわたる内科的療法が試みられ、開腹術を要することなく退院したことが報告されていますが、これらの症例はいずれも、直腸検査(Rectal examination)によって、重度のガス貯留は触知されていませんでした。しかし、別の五頭の患馬においては、48時間以上にわたる内科的療法にも不応性(Refractory)で、ガス貯留の悪化から、開腹術を要したことが報告されています。馬の上行結腸変位では、ガス貯留による腸管膨満(Intestinal distension)から、絞扼(Strangulation)、鬱血(Congestion)、浮腫(Edema)などを続発して、腸管粘膜破裂(Rupture of abdominal viscous)を引き起こす危険性があります。このため、見た目の疼痛症状ばかりに目を奪われることなく(多くの症例では鎮痛剤や鎮静剤が併用されるため)、経時的な直腸検査や超音波検査(Ultrasonography)を介しての腸管膨満のモニタリングに努めて、開腹術の実施のタイミングを見誤らないようにすることが重要である、という考察がなされています。
この症例報告では、大結腸左背方変位が疑われて、フェニレフリン投与が行われた馬のうち一頭が、興奮(Excitement)、鼻出血(Epistaxis)、頻脈(Tachycardia)などの症状を示して斃死し、フェニレフリン投与が死因になったという剖検結果が示されました(剖検の詳細は記述なし)。他の文献では、フェニレフリン投与に起因して死亡した四頭の高齢馬の症例報告もなされており、選択性アルファ1アドレナリン受容体作動薬(Selective α1-adrenergic receptor agonist)であるフェニレフリンによって、全身性血管収縮(Systemic vasoconstriction)が起こった際に、血管壁がもろくなっている個体では、致死性の胸腔内や腹腔内出血(Life-threatening hemothorax or/and hemoabdomen)に至った、という病因論(Etiology)が仮説されています(Frederick et al. JAVMA. 2010;237:830)。
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