馬の文献:大結腸捻転(Suthers et al. 2013b)
文献 - 2015年10月23日 (金)
「英国での馬の大結腸捻転の危険因子」
Suthers JM, Pinchbeck GL, Proudman CJ, Archer DC. Risk factors for large colon volvulus in the UK. Equine Vet J. 2013; 45(5): 558-563.
この症例論文では、馬の大結腸捻転(Large colon volvulus)の発症に関わる危険因子(Risk factors)を解明するため、2010~2012年にかけて、四つの獣医大学病院に来院した症例馬の中から、開腹術(Laparotomy)または剖検(Necropsy)で大結腸捻転(ねじれが270度以上の病態)の確定診断(Definitive diagnosis)が下された69頭の馬と、無作為に抽出(Random selection)した204頭の対照馬(Control horse)における、医療記録(Medical records)の多因子ロジスティック回帰分析(Multivariable logistic regression analysis)が行われました。
結果としては、大結腸捻転を発症する危険性は、雄馬と比較した場合、未経産の雌馬(Mare never foaled)では四倍以上、一産以上の雌馬(Mare with one or more foaling)では十二倍以上も高かったことが示されました(オッズ比はそれぞれ4.55および12.86)。他の文献でも、繁殖牝馬のほうが疝痛そのものの有病率が高いと報告されています(Kaneene et al. Prev Vet Med. 1997;30:23)。この理由としては、出産によって腹腔内に空間が生じて消化管が動き易くなることが、大結腸捻転の発症に関与しているためと推測されます。また、繁殖シーズンに様々な管理法の変更が行われることも、大結腸捻転の危険因子になりうる、という考察もなされています。
この研究では、体の大きい馬ほど大結腸捻転を発症する危険性が高い傾向が認められ、体高が1cm多いごとに、大結腸捻転を起こしている確率が6%高い(1cmごとのオッズ比:1.06)ことが示されました。この理由としては、体の大きい馬ほど腹腔の容積も大きくなり、腹腔内で消化管が動き易くなって、大結腸がねじれ易くなっていた、という考察がなされています。この研究のデータ解析では、他の因子を含めた統計モデルにおいても、体高が有意な危険因子であることが証明されている事から、品種の違い(体高の低い馬郡にはポニーが多く含まれる)や飼養管理の違いとは別に、馬体の大きさ自体が大結腸捻転に関与しているという結論は、極めて信頼性の高い知見であると考察されています。
この研究では、入院前の12ヶ月のあいだに疝痛症状が複数回見られていた馬では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が八倍以上も高い(オッズ比:8.73)ことが示されました。この理由としては、胃腸機能に影響する根底病態(Underlying lesion affecting gastrointestinal dysfunction)がある場合には、大結腸捻転を発症しやすかったことが挙げられています。他の文献では、大結腸疾患を起こした馬では、腸蠕動を制御するカハール介在細胞の密度(Density of the interstitial cells of Cajal)が減退していた、という知見も示されています(Fintl et al. EVJ. 2004;36:474)。また、大結腸の食滞や鼓張を起こした馬では、Streptococci菌やLactobaccilli菌は増え、Fibrobacter菌が減っていたという知見もあります(Daly et al. Br J Nutr. 2012;107:989)。つまり、これらの要因が存在したことで、疝痛の病歴があったこと、および、大結腸捻転の発症の両方に影響がでた可能性もあると考えられます。
この研究では、担当厩務員の数が三人以上である場合には、三人未満である場合に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が十一倍以上も高い(オッズ比:11.86)ことが示されました。また、同じ牧場で飼われている馬の頭数(Number of horses on premises)が多いほど、大結腸捻転を発症する危険性が高い傾向が認められ、飼養馬数が一頭増えるごとに、大結腸捻転を起こしている確率が6%高い(一頭ごとのオッズ比:1.01)ことも示されていましたこれらの理由としては、担当厩務員や飼養頭数が多いと、馬の給餌や管理が不均一(Inconsistency)になって消化器疾患の発症につながった、という考察がなされています。また、他の文献では、馬主自身によって管理されている馬は、預託されている馬よりも疝痛が少ないという知見もあり(Hillyer et al. EVJ. 1997;33:380)、これらは、馬の飼養管理を一人または少人数でやっている方が、馬の体調に応じて細やかに給餌量を変更できたり、軽い疝痛症状を見逃すことも無い、等の要因につながっているのかもしれません。
この研究では、入院前の14日間のあいだに馬房内で過ごす時間が増えていた馬(Increase in hours stabled in previous 14 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が五倍以上も高い(オッズ比:5.48)ことが示されました。他の文献では、馬房飼養の度合いが増すと、腸管蠕動が減退するという知見や(Williams et al. EVJ. 2011;43:93)、放牧時間が減ることで、大結腸疾患が増えるという報告もあります(Hillyer et al. EVJ. 2002;34:455)。このため、この論文の中では、舎飼いの時間を減らすことで、大結腸捻転の危険を減少できるという考察がなされています。しかし、その一方で、放牧地での青草の過剰摂取が、大結腸疾患の一つの誘因になりうることも考慮すると、いたずらに放牧時間を増やすことが、必ずしも馬の大腸疾患の予防につながるとは限らない、という考え方もあるのかもしれません。
この研究では、入院前の七日間のあいだに薬物が投与されていた馬(Received medication in last 7 days)では(ただし駆虫剤は除く)、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が六倍以上も高い(オッズ比:6.44)ことが示されました。この理由は明確ではありませんが、疼痛や炎症などの薬剤療法を要するような馬の体調変化が、大結腸捻転と何かしらの関係を持っていた場合も考えられます。また、抗菌剤(Antimicrobials)や非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)によって大結腸の細菌叢(Colonic microbiota)やpHに変化をきたして、大結腸捻転を誘発した可能性もあると考察されています。
この研究では、入院前の90日間のあいだに飼料をボロボロ落とす仕草が認められた馬(Horse noted to quid in last 90 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.77)ことが示されました。そのような仕草には、歯科病態(Dental pathology)が関わっている事が多く、適切な咀嚼できないことが大結腸疾患の発症につながった可能性がある、という考察がなされています。
この研究では、入院前の28日間のあいだに放牧地が変更されていた馬(Change in pasture in last 28 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が四倍以上も高い(オッズ比:4.50)ことが示されました。また、入院前の七日間のあいだに粗飼料の給餌量が変更されていた馬(Change in amount of forage fed in last 7 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.41)ことが示されました。このような摂食物や飼料の変更がなされた際には、大結腸内環境の変化(Alteration of the luminal environment of the large colon)や、蠕動の異常(Dysmotility)を生じて、大結腸の変位や捻転の原因になるという知見も示されています(Medina et al. J Anim Sci. 2002;80:2600, Lopes et al. AJVR. 2004;65:687)。
この研究では、入院前の28日間のあいだにシュガービート(テンサイ、サトウダイコン)が給餌されていた馬(Fed sugar-beet in last 28 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.23)ことが示されました。他の文献では、シュガービートと同様な加水分解性の炭水化物(Hydrolysable carbohydrate)を含むペレット等が給餌された時には、好酸性細菌(Acidophilic bacteria: Streptococci and Lactobacilli)が増えて、乳酸濃度の上昇(Increased concentration of lactate)や、腸内pHの減少を起こすことが報告されています(Respondek et al. J Anim Sci. 2008;86:316, Willing et al. EVJ. 2009;41:908)。その結果として、二酸化炭素生成の増加につながった場合には、大結腸の鼓張や捻転を引き起こす危険性もある(Shirazi-Beechey et al. EVJ. 2008;40:414)、という考察がなされています。
この研究では、四つの病院のあいだで、入院馬が大結腸捻転を起こしている割合に有意な差が認められ、最も大結腸捻転の診療件数が多い病院では、他の病院に比べて、有病率は八倍以上に達していました(オッズ比:8.70)。この理由としては、この病院が開腹術に長けているという評判があり、大結腸捻転のように、外科的治療を要すると推測される重篤な疝痛症例が多く依頼される傾向にあった、という考察がなされています。
この研究では、サンプル数を増やすために、複数の病院のデータを集めて解析されており、その場合には、病院によって治療法の違い(=予後の良し悪しに影響しうる)や診断法の違い(=危険因子となる診断項目の取り方に差異がでる)が存在するというバイアスは取り除けないため、解析結果の解釈は慎重に行う必要がある、という警鐘が鳴らされています。一方、サンプル数が多ければ、ロジスティック回帰分析を単因子ではなく多因子で実施することが可能になり、複数の危険因子のあいだに有意な相互関係(Significant interaction)があるか否かを判断できる、という利点もあります。
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この症例論文では、馬の大結腸捻転(Large colon volvulus)の発症に関わる危険因子(Risk factors)を解明するため、2010~2012年にかけて、四つの獣医大学病院に来院した症例馬の中から、開腹術(Laparotomy)または剖検(Necropsy)で大結腸捻転(ねじれが270度以上の病態)の確定診断(Definitive diagnosis)が下された69頭の馬と、無作為に抽出(Random selection)した204頭の対照馬(Control horse)における、医療記録(Medical records)の多因子ロジスティック回帰分析(Multivariable logistic regression analysis)が行われました。
結果としては、大結腸捻転を発症する危険性は、雄馬と比較した場合、未経産の雌馬(Mare never foaled)では四倍以上、一産以上の雌馬(Mare with one or more foaling)では十二倍以上も高かったことが示されました(オッズ比はそれぞれ4.55および12.86)。他の文献でも、繁殖牝馬のほうが疝痛そのものの有病率が高いと報告されています(Kaneene et al. Prev Vet Med. 1997;30:23)。この理由としては、出産によって腹腔内に空間が生じて消化管が動き易くなることが、大結腸捻転の発症に関与しているためと推測されます。また、繁殖シーズンに様々な管理法の変更が行われることも、大結腸捻転の危険因子になりうる、という考察もなされています。
この研究では、体の大きい馬ほど大結腸捻転を発症する危険性が高い傾向が認められ、体高が1cm多いごとに、大結腸捻転を起こしている確率が6%高い(1cmごとのオッズ比:1.06)ことが示されました。この理由としては、体の大きい馬ほど腹腔の容積も大きくなり、腹腔内で消化管が動き易くなって、大結腸がねじれ易くなっていた、という考察がなされています。この研究のデータ解析では、他の因子を含めた統計モデルにおいても、体高が有意な危険因子であることが証明されている事から、品種の違い(体高の低い馬郡にはポニーが多く含まれる)や飼養管理の違いとは別に、馬体の大きさ自体が大結腸捻転に関与しているという結論は、極めて信頼性の高い知見であると考察されています。
この研究では、入院前の12ヶ月のあいだに疝痛症状が複数回見られていた馬では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が八倍以上も高い(オッズ比:8.73)ことが示されました。この理由としては、胃腸機能に影響する根底病態(Underlying lesion affecting gastrointestinal dysfunction)がある場合には、大結腸捻転を発症しやすかったことが挙げられています。他の文献では、大結腸疾患を起こした馬では、腸蠕動を制御するカハール介在細胞の密度(Density of the interstitial cells of Cajal)が減退していた、という知見も示されています(Fintl et al. EVJ. 2004;36:474)。また、大結腸の食滞や鼓張を起こした馬では、Streptococci菌やLactobaccilli菌は増え、Fibrobacter菌が減っていたという知見もあります(Daly et al. Br J Nutr. 2012;107:989)。つまり、これらの要因が存在したことで、疝痛の病歴があったこと、および、大結腸捻転の発症の両方に影響がでた可能性もあると考えられます。
この研究では、担当厩務員の数が三人以上である場合には、三人未満である場合に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が十一倍以上も高い(オッズ比:11.86)ことが示されました。また、同じ牧場で飼われている馬の頭数(Number of horses on premises)が多いほど、大結腸捻転を発症する危険性が高い傾向が認められ、飼養馬数が一頭増えるごとに、大結腸捻転を起こしている確率が6%高い(一頭ごとのオッズ比:1.01)ことも示されていましたこれらの理由としては、担当厩務員や飼養頭数が多いと、馬の給餌や管理が不均一(Inconsistency)になって消化器疾患の発症につながった、という考察がなされています。また、他の文献では、馬主自身によって管理されている馬は、預託されている馬よりも疝痛が少ないという知見もあり(Hillyer et al. EVJ. 1997;33:380)、これらは、馬の飼養管理を一人または少人数でやっている方が、馬の体調に応じて細やかに給餌量を変更できたり、軽い疝痛症状を見逃すことも無い、等の要因につながっているのかもしれません。
この研究では、入院前の14日間のあいだに馬房内で過ごす時間が増えていた馬(Increase in hours stabled in previous 14 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が五倍以上も高い(オッズ比:5.48)ことが示されました。他の文献では、馬房飼養の度合いが増すと、腸管蠕動が減退するという知見や(Williams et al. EVJ. 2011;43:93)、放牧時間が減ることで、大結腸疾患が増えるという報告もあります(Hillyer et al. EVJ. 2002;34:455)。このため、この論文の中では、舎飼いの時間を減らすことで、大結腸捻転の危険を減少できるという考察がなされています。しかし、その一方で、放牧地での青草の過剰摂取が、大結腸疾患の一つの誘因になりうることも考慮すると、いたずらに放牧時間を増やすことが、必ずしも馬の大腸疾患の予防につながるとは限らない、という考え方もあるのかもしれません。
この研究では、入院前の七日間のあいだに薬物が投与されていた馬(Received medication in last 7 days)では(ただし駆虫剤は除く)、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が六倍以上も高い(オッズ比:6.44)ことが示されました。この理由は明確ではありませんが、疼痛や炎症などの薬剤療法を要するような馬の体調変化が、大結腸捻転と何かしらの関係を持っていた場合も考えられます。また、抗菌剤(Antimicrobials)や非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)によって大結腸の細菌叢(Colonic microbiota)やpHに変化をきたして、大結腸捻転を誘発した可能性もあると考察されています。
この研究では、入院前の90日間のあいだに飼料をボロボロ落とす仕草が認められた馬(Horse noted to quid in last 90 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.77)ことが示されました。そのような仕草には、歯科病態(Dental pathology)が関わっている事が多く、適切な咀嚼できないことが大結腸疾患の発症につながった可能性がある、という考察がなされています。
この研究では、入院前の28日間のあいだに放牧地が変更されていた馬(Change in pasture in last 28 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が四倍以上も高い(オッズ比:4.50)ことが示されました。また、入院前の七日間のあいだに粗飼料の給餌量が変更されていた馬(Change in amount of forage fed in last 7 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.41)ことが示されました。このような摂食物や飼料の変更がなされた際には、大結腸内環境の変化(Alteration of the luminal environment of the large colon)や、蠕動の異常(Dysmotility)を生じて、大結腸の変位や捻転の原因になるという知見も示されています(Medina et al. J Anim Sci. 2002;80:2600, Lopes et al. AJVR. 2004;65:687)。
この研究では、入院前の28日間のあいだにシュガービート(テンサイ、サトウダイコン)が給餌されていた馬(Fed sugar-beet in last 28 days)では、そうでない馬に比べて、大結腸捻転を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.23)ことが示されました。他の文献では、シュガービートと同様な加水分解性の炭水化物(Hydrolysable carbohydrate)を含むペレット等が給餌された時には、好酸性細菌(Acidophilic bacteria: Streptococci and Lactobacilli)が増えて、乳酸濃度の上昇(Increased concentration of lactate)や、腸内pHの減少を起こすことが報告されています(Respondek et al. J Anim Sci. 2008;86:316, Willing et al. EVJ. 2009;41:908)。その結果として、二酸化炭素生成の増加につながった場合には、大結腸の鼓張や捻転を引き起こす危険性もある(Shirazi-Beechey et al. EVJ. 2008;40:414)、という考察がなされています。
この研究では、四つの病院のあいだで、入院馬が大結腸捻転を起こしている割合に有意な差が認められ、最も大結腸捻転の診療件数が多い病院では、他の病院に比べて、有病率は八倍以上に達していました(オッズ比:8.70)。この理由としては、この病院が開腹術に長けているという評判があり、大結腸捻転のように、外科的治療を要すると推測される重篤な疝痛症例が多く依頼される傾向にあった、という考察がなされています。
この研究では、サンプル数を増やすために、複数の病院のデータを集めて解析されており、その場合には、病院によって治療法の違い(=予後の良し悪しに影響しうる)や診断法の違い(=危険因子となる診断項目の取り方に差異がでる)が存在するというバイアスは取り除けないため、解析結果の解釈は慎重に行う必要がある、という警鐘が鳴らされています。一方、サンプル数が多ければ、ロジスティック回帰分析を単因子ではなく多因子で実施することが可能になり、複数の危険因子のあいだに有意な相互関係(Significant interaction)があるか否かを判断できる、という利点もあります。
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